3話 試験 3
食後の休憩を挟んで行われたのは、立ち居振る舞いを中心とした礼儀作法の試験だが、こちらも散々。
周囲の者は、『地方の弱小貴族であるゼーゲルマン家ならこの程度か』と諦めの色が現れ始めていた。
(自信が無いのは、まあそうなんだけど…この空気はなんか嫌だっ。礼儀作法や歴史、周辺との関係とかそういうのは学ぶにしても、なにか良いところを見せないと!)
期待されていない、そういった雰囲気を感じ取ったツィトローナの心には、パチリパチリと火花が弾け、種火が燻ぶり始める。
「あのっ!」
「なんですか?」
「私、礼儀作法はまだまだかもしれませんが――」
(魔法が使える、魔導具が作れる、なんて言えないし…。そうだっ!)
「――ダンスが得意です!」
「ダンスですか?舞踏会での必要となる項目ですが、デビューには些か時期尚早かと」
「うっ!」
舞踏会への初参加は、だいたい16歳から17歳くらいで、現在13歳のツィトローナからすると、焦りすぎに映る。
「まあまあ、ツィトローナさんのダンスを見てみましょう」
「ありがとうございます、リリアンネ様!」
「ではダンスを見てみましょうか。舞踏会で行う社交ダンスでよろしいですか?」
グラーニアの問いかけにツィトローナは考え込み、周囲を見回す。
(剣なんてないよね)
「社交ダンスも得意なんですけど、一人で踊る剣舞が一番自信があるんです。お腹ほどまである細身の剣か、棒でもあればできるのですが…」
「剣舞を?いいでしょう、刃を潰した訓練用の剣を用意させます。準備ができるまでは社交ダンスをお願いします。ヴァイリスカ、お相手を」
「はい」
(ふふん、社交ダンスは姉ちゃんたちに相手をさせられたから得意なんだよ!)
『自信満々』と顔に書いてあるツィトローナは、キビキビとした動きで礼をしてから、ヴァイリスカへ手を差し出す。
「「「……。」」」
(これって…。まあ見てみましょうか)
何となく嫌な予感がした一同だが、喉から出かかった言葉を飲み込み、ヴァイリスカはツィトローナの手を取る。
華やかな音楽などない静かな一室では、ツィトローナがヴァイリスカをグイグイとリードして、綺麗なダンスを披露していく。
相手の足を踏むことのない華麗なステップ。
強めのリードをしながらも、相手に無理をさせない的確なサポート。
その社交ダンスは非常に綺麗で、見応えのあるものだった。
しかし、一つ告げることがあるとすれば。
「ゼーゲルマン」
「はいっ!」
「貴女の踊ったそれは、殿方が女性をリードするダンスです」
「…え?…あっ」
そうツィトローナは気がついた。
いつも姉の相手をしていたと。
「あ、あぁぁ…!」
自信満々に踊れるのだと胸を張って一同に見せつけたそれは、舞踏会で披露することのない無駄なダンスであったと膝から崩れ落ちた。
「…まあ、キレのあるダンスでしたし、女性側の動きを覚えればものになるでしょう。 今後に期待していますよ、はい」
「ぷぷっ、ツィトローナさんったら面白いわ」
「綺麗な踊りでしたよ」
グラーニアに気遣われ、アプフェリアーネに笑われ、ツィトローナの心は崩壊寸前であった。
(だけど…まだ私には剣舞がある!昔、お祖父様の家で見たのを真似して、…魔法の練習も兼ねて作ったダンスが!)
力を振り絞って立ち上がったツィトローナは、使用人から細身の剣を受け取り、重さを確かめる。
(結構軽い。これなら魔法は弱め、細やかな補助程度で何とかなりそう)
鞘から剣を抜き取ったツィトローナは鞘を使用人へと預け、踵で床を打ち鳴らし靴の具合を確かめる。
(問題なさそう)
「ご高覧あれっ!」
タン、タタンと靴を鳴らしたツィトローナは、独特な足運びを数度行ってから、剣を片手で振るい舞いを始めた。
視線の動きと呼吸のリズムを操って、一同の視線を剣に向けさせたツィトローナは、目立たない程度に足を動かし続ける。
すると剣を持つ腕、いや身体そのものが羽根のように軽くなり、耳元では一定の間隔でリズムが刻まれ始めた。
(婆ちゃんの手記にあった、反閇っていう足捌きを用いた竜人の魔法。それを元に、私でもできるように、私がやりやすいように独自で作ったのがこの魔法!)
この国で使われる魔法は、魔法陣というものを描き魔力を注ぐことで発動する陣魔法が主流なのだが、ツィトローナは祖母が遺した手記を元に、反閇という異国の魔法を独自に再現し、改変までしてのけたのだ。
とんでもない才能なのだが、外を知らぬが故、魔導具を取り上げられたり夢を否定されたが故、誰にも打ち明けずに今に至る。
(魔法だって認識されてない!なら後は踊り切るだけ!)
一般的に知られている剣舞とは異なる振り付けながら、その独特な舞いは見るものを魅了する艶美さを放ち、呼吸さえも忘れるほど。
一挙動一投足だけでなく、滴る汗でさえ剣舞の一部なのだと錯覚させられたそれは、ツィトローナの礼をもって終わりを告げた。
(よし、失敗もない!これなら…あれ?)
「えっと…終わり、です」
呆けていた一同は、彼女の言葉で我に返り、割れんばかりの拍手を贈る。
「舞踏会の一演目として披露しても問題ない出来栄えでしたよ」
「本当ですかっ!?」
「ええ、もちろん」
「うえへへ」
リリアンネの言葉に飛び跳ねて喜びたかったツィトローナだが、剣を手に持っていてはそうも行かず、口元をだらしなく緩めていた。
「ところで剣舞は何処で教わったのですか?」
「ママ…じゃなかった母の実家に呼ばれた際に一度だけ見て、私にもできないかなと色々やった結果、踊れるようになりました」
(反閇と組み合わせたらカッコいいかなって思ったのが始まりだけど)
「独学ですか。うふふっ、なら社交ダンスも簡単にものにできそうですね」
「頑張ります!」
ツィトローナは滾る心に小さな手応えを覚えた。
(褒められるのって楽しい!)
―――
試験から数日して、シュタインフェステ家が騒がしくなっていた。
「何かあったんですか?」
「旦那様と王宮騎士団に務めていたジルベリヒト様が、お帰りになられるようです」
(公爵様の前で失敗はできないし)
「付け焼き刃になっちゃうかもしれないんですけど…お迎えする際の礼儀作法を教えてもらってもいいですか?」
「もちろんでございます」
自分から進んで学ぼうとするツィトローナに、ヴァイリスカは満面の笑みを向ける。
「その…ジルベリヒト様はやや特殊な体質をしていまして、威圧感を感じてしまう可能性がありまして。ご本人もそれを気にしていらっしゃるので、もしも何かを感じても何食わぬ顔をしていただけると助かります」
「分かりました」
(よくわかんないけど気をつけよう。怖い人なら目をつけられないほうがいいし)
竜人令嬢の胸には小さな警戒の種が落ちる。
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