3話 試験 2
試験が始まって暫く。
最初に文字の綺麗さで評価を上げたツィトローナは、外国語や歴史、周辺領地及び周辺国との関係の筆記試験で見事に赤点を取っていくこととなった。
「……。」
「ツィトローナさんの課題が見えてきましたね」
「が、頑張ります…」
「楽しみにしていますよ」
リリアンネはツィトローナを激励しつつ、茶と茶菓子を用意させる。
「詰めすぎてもよくありません。ゆっくりと休憩をしてから試験を再開しましょうか」
「ありがとう、ございます」
よろよろと机を移動し、リリアンネとアプフェリアーネの所作を真似しながら喉を潤すツィトローナに対して、グラーニアが声をかける。
「ゼーゲルマン。貴女の字は非常に綺麗で正確で、代筆などの職務に就くことが可能なのですが、そういった道を志す気はありませんか?」
「代筆、ですか?」
「ええ。例えば侯爵家ならば、舞踏会などの社交の場を設ける際、招待客へと招待状を認める必要があります。それらは侯爵家の顔となり、各家々に送られることとなります」
「…綺麗な字のほうが、良いですね」
「その通り。故に正確で綺麗な文字を綴ることのできる人材は、多くの家で珍重されます。行儀見習いを終えた後の道の一つとして、念頭に置いていただければと考えております」
「…。」
(能力を買ってもらえている?)
グラーニアの瞳を覗くように視線を上げたツィトローナは、真剣そのものでからかう様子のない彼女に、目を丸くして驚いた。
(私は魔導具技師になりたい。けれど必要とされるのも、悪くないかも)
「考えたいと思います」
「色よい返事を待っています。侯爵家に仕える者として、多くを学んでいただく必要はありますが」
「…はい」
―
「筆記試験はこれで最後です」
長く続いた筆記試験が終わると聞いて、ツィトローナは胸を撫で下ろす。
グラーニアが机の上に並べたのは計算問題の用紙。
全体を掴むため大まかに流して確認すると、初歩的な四則演算から、高度な問題まで幅広く記載されている。
「当てずっぽうな回答が正解となってしまっては正確な能力が測りかねます。故に分からない問題は飛ばして先に進んでください」
「分かりました」
「それではどうぞ」
ツィトローナの筆の進みは早くない。
ゆっくりゆっくり、途中式をしっかりと組み立てながら、間違いがないように解答を記入していく。
とはいえそれはあくまで初歩的な問題まで。
高度な算術が必要となる区間に突入すると、眉間にしわを寄せてから問題を飛ばしていく。
―
(最後は帳簿?これは…ママの手伝いをした時に見たかも、出納帳だったかな)
ツィトローナが目にしているのは、収入と支払、残金を記入していく帳簿問題。
束になっている試験用の取引証紙を元に、出納帳に日付・内容・金額を記載し、一月の収支を導き出すものとなっている。
(次の用紙も帳簿だ。家の管理には必要なことなのかな? …とりあえずやり方は分かるし頑張ろう!)
「よしっ」
小さく掛け声を吐き出したツィトローナは、取引証紙を手に取り必要項目を埋めていき、最後に収支の合計、総残高を記載し次の問題へと移った。
そして、次の問題でツィトローナは小さな気付きを得る。
(一部の日付と品目が一致してるから、さっきの家と取引をしている感じなんだ。なら間違いがないように、さっきの用紙と照らし合わせながら解いたほうがいいかな)
ツィトローナが先ほどの帳簿を広げた所で、試験を眺めていた者たちは声に出さない程度に感心する。
(これは面白くなりそうだわ、うふふ)
ニマニマと嫌らしい笑みを浮かべたアプフェリアーネは、ツィトローナを眺めながら茶菓子を食む。
―
ある程度筆を進めていったツィトローナは、不思議そうに首を傾げる。
(なんでこの日だけ、取引証紙が合わないんだろう?地続きの問題に見せかけて、実は別問題だった、みたいな…?)
彼女の手元にあるのは同日の取引証紙で――。
甲家 購入 塩10袋 / 支払 5000ゴルドラオプ
乙家 受取 3000ゴルドラオプ / 販売 塩10袋
――と、内容が大きく異なる。
(取引証紙にはどこと取引したかは書かれていないし、流しちゃってもいいけど)
「あの、一ついいですか?」
「なんでしょうか?」
「あっ、ちょっと待ってください」
声を出したツィトローナだが、一応のこと次の設問がないか等を確かめてから、言葉を再開する。
「これ問題が間違ってます」
「というと?」
「こっちの帳簿を甲家、こっちの帳簿を乙家として見ると、同じ日に同じ内容の取引が数度行われているんです。 けれど、この日だけ金額が違っていて、問題が間違っているんじゃないかと思いました」
「その言葉は受け取りましょう。しかし今回は、その証紙の通りに記入をし、計算をお願いします」
「はい」
言われた通り記入と計算をしたツィトローナは、一通り間違いがないことを確認してから筆を置く。
「出来ましたっ」
「採点に移りますので、休憩なさっていてください」
休憩という言葉に表情を緩めたツィトローナは、机を移りアプフェリアーネの隣に腰を下ろす。
「なかなかやるじゃない」
「えっと、何がですか?」
「横領を暴けたことよ」
「横領?」
「もしかして純粋に問題が間違っていると思っていたの?」
「…はい」
彼女の回答にアプフェリアーネは明後日を向いて脱力した。
「はぁー…。アレはね、金額や物品の水増しをして行われる横領なの。女主人となれば帳簿を確認することもあるから、正しいお金の流れを追えるかどうかを見定める試験だったのよ」
「そう、なんですね」
(面白がってた私が馬鹿みたいじゃない…はぁー)
状況を飲み込みきれていないツィトローナの姿に、アプフェリアーネは小さなため息を吐き出した。
「ゼーゲルマン」
「は、はいっ!」
「解答のできていた問題に関しては全問正解で、先ほどの出題に関する指摘も評価に値します。及第点を上げましょう」
「ありがとうございます!」
グラーニアに褒められたことで、少し陰っていたツィトローナの気分がほんのりと晴れていく。
「では昼食で食事の作法を確認しつつ、食後は受け答えや所作についての試験といたしましょう」
誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。




