3話 試験 1
「おはようございます、ルースさん。ゼーゲルマン様にご用事でも?」
「ぺにゃっ」
「ふむ、いつも通り変わったお声ですね」
ヴァイリスカはツィトローナの部屋の前で寝転んでいたルースをそっと脇へ移し、使用人と共に入室する。
寝室の鍵を開ける前に、扉を優しく叩く。すると小さな声が聞こえた。
「おき、ます…」
なんとも頼りない宣言だ。
「失礼してもよろしいでしょうか?」
「…はい」
解錠して足を踏み入れると、ポヤポヤとした状態のツィトローナがベッドの上で揺れており、一目で寝起きなのだと理解できる。
(朝は苦手なのでしょうか?)
「ふぁぁ…」
ツィトローナはベッドの縁まで移動し、大欠伸を一つ。
目蓋をゆっくりと持ち上げれば、黄色い瞳が朝日に揺れる。
「…おはようございます」
「はい、おはようございます。昨晩はしっかりと眠れましたか?」
「ふかふかですごい寝心地がよかったです」
「それは何より」
差し伸べられた手を取ったツィトローナは、ヴァイリスカに連れられて朝の支度をしていると、ルースが足元に擦りつき、床を転がった。
「おはようございます、ルースさん」
くにゃくにゃ、とあまり猫らしくない鳴き声をあげつつ、ルースはツィトローナから漏れ出る魔力を蓄えていく。
「ルースさんは誰か一人にすり寄ることはないのですが…不思議です」
「私は魔力が多いので、気兼ねなく食べれるんだと思います」
「食べる?魔力を、ですか?」
「はい。ルースさんはスネッコさんみたいですし」
「スネッコというと、動物の姿をした魔物ですよね?」
「そうです。人から魔力をちょっとずつもらって、気ままに生きる魔物です」
『無害ならまあ』とヴァイリスカは呟く。
その後、リリアンネに報告が上がったものの、無害という証言がモルゲンレーエラントの騎士団から得られ、ネズミ捕り担当侍女の役職が継続となったとか。
―――
朝食を終えた昼前のこと。
ツィトローナはヴァイリスカに連れられて、屋敷の一室へと入る。
部屋にはリリアンネやアプフェリアーネ、家政長と使用人が数名待機していた。
「おはようございます、ツィトローナさん。夜は休めましたか?」
「柔らかな寝具に心までもが沈み込むほど、ゆったりとした夜を過ごせました」
「それは良かったわ。さて、この部屋にお呼びしたのは、行儀見習いとして勉強をするにあたり、ツィトローナさんがどれだけの実力をお持ちかを測り、必要な教育を準備するための試験となります。試験とはいいますが、問題が解けなかったり、礼儀作法が分からずとも恥じることはありません。それらはこれから学んでいくことですからね」
「は、はいっ!」
ツィトローナが居住まいを正し、リリアンネが手で指し示す机に着くと、家政長がいくつかの紙を用意する。
「私は侯爵家の家政長を務めるグラーニア・トゥルム。以後、貴女の教育を担当する侍女の一人でもあります故、試験中に不明な点やおかしいと思った点がありましたら、気兼ねなくお声掛けくださいませ」
「…よろしくお願いします」
強めの威圧感にツィトローナは縮こまるが、家政長グラーニアは気にする風もなく、試験用紙を机に並べる。
「先ずは文字の読み書きから。用紙左側にある問いを、右側に記載してください」
「分かりました」
恐る恐る、といった様子で視線を下ろしたツィトローナだが、試験用紙に連なっている問題の数々は非常に簡単なもので。
・自身の氏名を書きなさい
・自身の所属する国を書きなさい
といった具合。別段困ることはなく、軽々と解答を記入していく。
(簡単な問題で良かったぁ…)
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すらすらと筆を走らせるツィトローナの姿、いや彼女が記入する文字を見て、リリアンネたちは小さな驚きを露わにする。
(非常に整った文字。宮廷の書記官にも引けを取らないほどなのではないかしら?)
(ほう、これは中々ね)
試験を眺める者たちの期待が高まっていく。
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「記入は終わりましたね」
「はいっ」
「次は私が読み上げる文章を、用紙に記入してください。再度読み上げることはしませんので、不敬な箇所は間を空けて飛ばし、続きを記入するように」
ツィトローナは筆を固く握り、力強く頷く。
(少し早口目で、難語を入れてみましょうか)
グラーニアは彼女の実力を測るため、難易度を一段階上げるも、書体が崩れる程度でこれといった障害にはなっていなかった。
さて、ツィトローナが何故ここまで字が綺麗で、読み書きに長けているかと言えば、彼女の秘密基地に答えがある。
ゼーゲルマン家の書庫に収められている魔法に関する書物を読み解き、自分で読み返せているよう写本を制作していた時のこと。
裕福とはいえないゼーゲルマン家の蔵書は、どれも印刷元の原稿の字が汚く、安価なものが多い。
それらを再度読みやすいようにと、丁寧に写しているうちに、ツィトローナの字体が洗練されていき、今に至るというわけだ。
(ふぅー…なんとかなった。読み書きは沢山やったから自信あるんだよね、ふふん!)
「書き間違えも少なく、書体も崩れていない。公用語の読み書きは満点とします」
「やった!」
「それでは諸外国の言語に移りましょうか」
「あっ…」
調子に乗っていたツィトローナは、『きゅー』と喉を鳴らし顔を強張らせるのであった。
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