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2始まった同居と知られたくない過去

 あれやこれやと話が進み、私は響お兄ちゃんの住む家に一緒に住まわせてもらうことになった。不動産屋さんに説明したら、ちょうどよかったですね、当分物件は見つからなさそうだから見つかるまでそのままそこに住めばいいとあっさり言われてしまった。ええ、そんなんでいいんだ……?


 そんなこんなで翌日。前の家から荷物を運び、私の部屋にしていいと言われた部屋に置いて一息つく。家電類はお兄ちゃんの家に既にあるので、とりあえず売り払うことにした。元々自分の家具は少なかったので、この部屋になんとか収まって一安心だ。


「楓、入ってもいいか?」

「あ、はい」


 コンコンというノックの音と共に、お兄ちゃんの声がする。返事をすると、お兄ちゃんが部屋に入ってきた。


「お、だいぶ片付いたな。部屋らしくなってきたじゃん」

「ありがとう。お兄ちゃんにも色々と手伝ってもらっちゃった」

「俺が手伝うのは当たり前だろ。気にすんなよ」


 そう言って、お兄ちゃんは私の頭にぽん、と手を優しく置く。ああ、お兄ちゃんの手だ、懐かしい。あれから何年も経つのに、暖かくて大きな手は何も変わってないんだ。



「あ、そうだ、一緒に住むんだし、家事は私もやるから。今日のご飯は私が作るよ。さっき食材も買ってきたんだ」

「えっ、楓料理できるの?」

「なっ、なんでそんな意外そうな顔するの!私だって料理くらいできるよ!これでも今まで立派に一人暮らししてきたんだから」


 私が思わずむくれてそう言うと、お兄ちゃんはははは、と楽しそうに笑う。


「ごめんごめん。一緒に住んでた時は楓のお母さんが作ってただろ?手伝えって言われて手伝っても楓はいつも失敗してたからそのイメージが強くて……でもそっか、楓が作ってくれるなら楽しみだな」


 フフッと嬉しそうに笑うお兄ちゃんはそう言って私の頭をぐしゃぐしゃと強引に撫でると、自分の部屋へ戻っていった。くっそぉ、なんてことない世間話とはいえ、なんだか悔しい。こうなったら、お兄ちゃんに美味しいって言わせてやるんだから!





「お、和風ハンバーグ!?めっちゃうまそう!」


 夕食の時間になり、お兄ちゃんはダイニングにやってくると開口一番そう言って目を輝かせた。


「ふふふ、お兄ちゃん昔、和風ハンバーグ好きだったでしょ?」

「俺の好物、覚えててくれたんだ?嬉しいな。早く食べようぜ、いただきます!」


 私が席に着くと、お兄ちゃんはすぐにいただきますをして食べ始めた。大葉と大根おろしの乗ったハンバーグに、ポン酢をかけてさっぱりといただく。季節関係なく体にも心にも優しい、お肉だけどあっさりとした料理だ。


「うまい!マジでこれ楓が作ったの?」

「私がちゃんと作りました!」

「すご……いつの間にこんなに料理が上手くなって。お兄ちゃんは嬉しいよ」


 そう言って泣きまねをしてから、お兄ちゃんはどんどん食べていく。お味噌汁もにんじんやこんにゃく、里芋や大根など具沢山にして、少しだけ濃い味にしたけれど、お口に合うかな?


「味噌汁もうまいし、ご飯の炊き加減も絶妙じゃん。本当に料理上手になったんだな」


 ふふふ、お兄ちゃんにそう褒められると嬉しくてつい頬が緩んじゃう。ごまかすように私も食べ始めると、お兄ちゃんが急に手を止めて考え込む仕草をする。どうしたんだろ?


「もしかして、元カレとかにも作ってたのか?まあそうだよな、楓だっていつまでも子供じゃないんだし。でもなんか妬けるなー。お兄ちゃんの知らないうちに、楓からこんな美味しい料理を食べさせてもらえる相手がいただなんて、ちょっと悔しい」


 揶揄うような声でそう言うお兄ちゃんは、私の顔を見てハッとするとすぐに黙り込んだ。きっと、私は今ものすごくひどい顔をしている。そうでなきゃ、お兄ちゃんがそんな複雑そうな顔で私を見るはずがないもの。


「ごめん、なんか地雷踏んだか?」

「……ううん、別に、大丈夫。ごめんね、気を使わせて」

「もしかして、仕事やめて引っ越ししたのも何か理由がーー」

「ね、冷めちゃうから食べよ?」


 笑顔を作ってお兄ちゃんの声を遮りそう言うと、お兄ちゃんは辛そうな顔をしながら黙り、すぐに笑顔になって言った。


「ああ、せっかくのうまい料理が冷めちゃうな。食べよう」





「ご馳走様、美味しかったよ。皿洗いは俺がやるから、楓は休んでて」

「えっ、いいよ、私が洗うよ」


 夕飯を食べ終わり、食器類を両手に持ってお兄ちゃんがシンクまで運んでいく。慌てて私もお兄ちゃんの後を追うとお兄ちゃんは、ん、と微笑んだ。


「それならさ、一緒にやろう。そのほうがはやく終わるし」

「わ、わかった」


 シンクに二人で並んで、お兄ちゃんがお皿を洗い、私がそれを拭く。なんてことない作業だけど、こうして二人で並んでいるとなんだか不思議な気分だ。


「なんだか懐かしいな。一緒に住んでた頃は、たまにこうして二人で皿洗いとかしてたもんな」

「そうだね、懐かしい」


 フフッと笑うと、お兄ちゃんが私の顔を見て優しそうに微笑んだ。うう、そんな顔で見つめないでほしい。思わず目をそらすけど、心の中が、じわじわと熱くなっていく。それと同時に、顔もなんだか熱くなっていくのがわかる。


「なあ。楓は、俺と離れていた期間、幸せだったか?」

「……え?」


 急に何を聞いてくるの。驚いてお兄ちゃんの顔を見上げると、そこには真剣な顔のお兄ちゃんがいた。どうして?どうしてそんな顔してるの?


「幸せ、だったよ。普通に、うん」

「そっか」


 私の答えに、お兄ちゃんはほっとしたように微笑むと、またお皿を洗い出した。





「幸せ、かぁ……」


 夕食の片付けが終わって、私は部屋に戻ってベッドに仰向けになって天井を見つめていた。


 お兄ちゃんにはあんな風に言ったけれど、正直言って胸を張って幸せだったとは言い切れない。なぜなら、私は前の会社で大失恋をしているから。


 同じ部署の先輩、(さとる)と二年も付き合っていたのに、実は聡には五年も付き合っていた彼女がいて、結婚の話が進んでいたらしい。その彼女に私の存在がばれたと同時に、私はあっけなく別れを告げられた。彼女は別部署の人で、私が浮気相手だと知ると社内に有る事無い事噂を流した。そのせいで私は社内で居場所を無くし、転職することになったのだ。


 聡に彼女がいるだなんて全く知らなくて、知った時はショックで頭が真っ白だった。さらに追い討ちをかけるように、彼女は私が二年も彼と付き合っていたことを知って怒り狂い、聡に対して怒るのではなく私へ怒りの矛先を向けて私が全て悪いように周囲へ言いふらしたのだ。


 そもそも噂を流されなかったとしても、あの場所に私の居場所なんてなかった。彼女の行動を止めることもなく私をあっさり見捨てた聡に心はズタズタに切り刻まれるような思いだったし、幸せそうな二人と肩を並べて仕事をしていられるほど、私は図太く生きられない。


 こんな私を、お兄ちゃんには絶対に知られたくない。知られたら、きっと呆れられてしまう。隠されていたとはいえ、人様の彼氏に手を出していただなんて最低な女だと軽蔑されてしまうかもしれない。

 お兄ちゃんにだけは、そんな風に思われたくないんだ。だから、私は絶対にこのことを知られてはいけない、知られたくない。




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