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7話

黒いローブに身を包んだレイヴノールは、馬に乗ってベルヴィーの中心部へ向かった。




大通りには、貴族を乗せた馬車が往来し、道の両脇には貴族向けのホテルや、レストランが軒を連ねている。レイヴノールはホテルやレストランに目を向けながら通りすぎ、市民の暮らす都市の外れへ馬を走らせた。




街中では、道の両脇に野菜や果物、魚などの飲食系、貝殻やシーグラスのアクセサリーなどの雑貨系の露店が建ち並び、客を呼び込む声で賑わっている。人通りも多く、皆忙しない足取りで行き来している中を、レイヴノールは馬を下りて歩いていく。




そのまま進むと、露店は減っていき、肉、魚、パン、大衆食堂などの飲食店が増えていく。レイヴノールは、金色の猫のマークの横に『ボーノ』と書かれている看板が出ている肉屋に入って行った。




「よう、メ―リック」




ローブを脱いで顔を見せると、店の奥から、筋肉隆々の日焼けした大男が、盛り上がった腕の筋肉より太くて大きい肉切り包丁を片手に出てきた。




「レイじゃないかい」




「調子はどうだ?」




「ガハハハハッ。おかげさまで大繁盛だい。さっきまで客でいっぱいだったんだぞい」




「それは良かった。じゃあ、また夜に」




「ああ、そういえば今日は新月かい」




肉屋を後にしたレイヴノールは、向かいにあるパン屋に出向いた。店の上には食パンの中央に金色の猫のマークが描かれ、その横に『リアン』と書かれた看板が掲げられている。お世辞にも広いとは言えない店内は、客であふれかえっている。レイヴノールはパン屋の窓から、パンの出し入れをしている、整った顔立ちでブラウンの髪をひとつに束ねた男性に手を振った。それに気づいた男性は、空になったトレイを持ったまま外に出てきた。




「どうした、レイ」




「リアン、大盛況だな」




「まあ、俺のモテ顔パワーだな」




「ははっ、違いない。今夜、来れそうか」




「ああ、大丈夫だ」




レイヴノールは馬を引いて歩き、隣の店に移った。店の扉には魚をくわえた猫の顔の形をした金色の看板があり、猫がくわえている魚に『メル』と書かれている。レイヴノールは店の前の柱に馬を繋ぎ、扉を開けて中に入った。




「やあ、ポール」




黒縁の眼鏡をかけている細見の男性が、客にお釣りを渡した後、レイヴノールに無言で片手を上げた。




「上手くいってそうだな」




店内の陳列棚には魚がほとんどなく、売り切れの立て札がいくつも立っている。




「魚は鮮度が大事だから、早朝獲った魚は大体午前中に買われて、昼時にはほとんど残ってないんだったな」




ポールは頷き、ずれた眼鏡を人差し指で持ち上げる。店の奥からにゃーんと鳴きながら茶色のトラ猫が出てきて、ポールの足元にすり寄る。ポールはさっと抱きかかえ、猫のお腹に顔をうずめた。




「やっぱり、魚屋に猫はどうかと思うぞ」




レイヴノールの言うことにもお構いなく、ポールは猫から顔を離さない。暴れ始めた猫が顔面にキックをお見舞いして、店の外に走って行った。鼻の頭に斜めの引っ掻き傷ができたポールは、しょんぼりと肩を落とした。




「まあ、そんな時もあるさ。じゃあ、夜にな」




寂しそうな表情のポールはレイヴノールに親指を立ててから、鼻の傷をひと撫でした。




それからレイヴノールは、数軒先にある大衆食堂に入って行った。店の上の方には、金色の猫が歩いている絵の中に『ロワール』と書かれた看板が掲げられている。


昼時ということもあって店内は混み合い、店員が慌ただしく駆け回っている。一席だけ空いているカウンターに座ったレイヴノールは、厨房から両手に皿を持って出てきたグレーのショートカットの女性に片手をあげ、声を張り上げた。




「テラ!」




「レイじゃないか。ちょっと待ってな!」




テラは皿を客のテーブルの上に置くと、レイヴノールのもとへやってきた。




「何か食べていくかい」




「じゃあ、今日のおすすめの魚のフライで」




「オッケー」




「繁盛しているようで何より」




「まあね。忙しすぎて死にそうだけど」




肩をすくめるテラに、レイヴノールはうんうんと頷く。




「分かるぞ、その気持ち。現実逃避したくなる」




「へっ、そんなしてる暇もないさ」




「今夜はどうだ?」




「もちろん行くさ。じゃあ、ちょっと待ってな、すぐ作ってくるよ」




レイヴノールは、ガヤガヤと騒々しい店内を見回す。




(あそこも毎日騒々しかったな)




目を閉じると、昔の記憶がふと蘇ってきた。 






✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ 






都市の外れにある農村の片隅、フェリチ孤児院と手書きで書かれた看板が掲げられている廃れた修道院の庭で、10歳前後の子供たちが元気に走り回っている。庭の木の下に、少年時代のレイヴノールが座り、背後には同じ年齢に見えるディランが立っている。




「主は遊ばないのか?」




ディランが、膝を抱えて俯いているレイヴノールに声をかけた。




「僕はいい」




レイヴノールは、孤児院でもらったつぎはぎだらけのズボンのポケットから、銀貨サイズの青、緑、赤の玉を手のひらに取り出して見つめた。




「他の精霊はいつになったら出てくるんだ」




「分からない。主を助けた後、皆は封印が解かれたばかりの僅かな力を我に集めてくれ、再び眠りについてしまった。主が精霊術師としての力を身に着けたら、皆にも力を与えられるから封印が解けるはずだ」




「どうやって力をつけるんだよ。お前はただ傍にいるだけで、何も教えてくれないじゃないか」




「今はまだ早い。精霊術師は強靭な精神力が必要だ。主は心に深い傷を負った。その傷を癒さないことには、精神力を鍛えることはできない」




「いつもそればっかりだ。どうすればいいんだよ」




手のひらの3つの玉を握りしめる。そこへ、白い顎髭を胸まで伸ばした司祭服を着た老人が、杖を突いてゆっくり歩いてきた。ディランは老人に一礼をし、老人も丁寧にお辞儀をする。




「よっこらしょ」




レイヴノールの隣に腰掛け、杖を置いてふーっと息を吐く。




「調子はどうじゃ」




レイヴノールは顔を上げないまま首を横に振る。




「そうか、元気か」




「どこが元気に見えるんだ!」




レイヴノールは顔を上げて老人を見上げる。




「ほっ、ほっ、ほっ。元気じゃないか」




「うっ」




レイヴノールは言葉に詰まり、口を尖らせた。




「精霊様もお掛けになってくだされ」




ディランとレイヴノールは顔を強張らせて老人を見つめる。




「なぜ、我が精霊だと」




「数日前、ここに来た時から分かっておりましたぞ。何やら人とは違う気配がしましたからなあ」




あごひげを上下に撫でながら老人は頷く。




「では、主の出自については」




「ふむ。ヨハンブルグ伯爵のご令息、レイヴノール様ではございませぬか」




ディランは腕を蔓に変え、老人の首元に巻き付けようとする。




「よせ!」




レイヴノールが制止すると、ディランは腕を人間のそれに戻し、レイヴノールの前に出て老人を睨み付けた。




「デメトリア、いい。僕に危害を加えるつもりならとっくにしていたさ。そうだろう、ケイドリック院長」




「ほっ、ほっ、ほっ。何があったか詳しくは分からぬが、お主がここに来た時に着ておったシャツのボタンに、ヨハンブルグ伯爵家の紋章があったのじゃよ」




ディランは警戒を解いてレイヴノールの背後に控える。




「デメトリアが精霊ってことも、僕の出自も誰にも言わないでくれ」




「わしは帝国一口が堅いのじゃ。安心しなされ。フェリチ孤児院では皆、わしの子どもじゃ。子どもの秘密を漏らす親はおらぬ。ああ、精霊様もここにいる間は皆と同じ子供として扱いたいのですが、よろしいかな」




「分かった」




ディランが頷く。




「よろしい。では、馴染みやすいように、レイヴノールはレイ、デメトリアは、もっと人間っぽい名前がいいのう。……ディラン、と呼んでもよろしいかな」




レイヴノールが頷くと、ディランも頷いた。




「レイ、ディラン、よろしくたのむぞ」




ケイドリックはレイヴノールとディラン、それぞれと握手をかわした。そこへ、駆け回っていた子供たちが集まって来て、レイヴノールたちを取り囲んだ。




「院長先生、何やってるの?」




「私達とも握手してー」




「ほっ、ほっ、ほっ。皆、改めて紹介しよう。レイとディランじゃ。仲良くしてやっておくれ」




「はーい!」




子供たちは元気よく返事をすると、次々レイヴノールとディランへ声をかけてきた。




「おいらはメ―リック。肉大好きだぜい」




体格の良いメ―リックが、レイヴノールとディランと握手を交わす。




「オレはリアン。お前ら、オレには負けるがまあまあ良い顔してるな」




リアンは肩まで伸ばしたブラウンの髪をさらっとかきあげながら、レイヴノールとディランを見つめた。




「……ポール」




猫を抱いたポールがぼそっと自分の名前を呟く。




「あたいはテラ。よろしく」




少年にも見えるグレーのショートカットのテラが片手を上げる。




「ぼくはタロンっていうんだあ。よろしくなあ」




一番背の高いタロンがのんびりとした口調で言う。




「わたしはララよ~。歌うの大好きなの~、よろしくね~」




タロンの後ろから、赤茶色の髪を三つ編みに結っているララが歌いながら出てきた。




「私はネリっていうの。ねえ、レイ、ディラン、一緒に遊ぼう!」




肩まで伸ばした明るい茶色の髪を揺らして、レイヴノールとディランの手を取り、ネリが走り出した。




「ちょ、ちょっと」




戸惑うレイヴノールは、ネリの小さな温かい手を振りほどけず、引っ張られるようについていった。他の子供たちも追いかけてきて、明るい笑い声が孤児院の庭に広がっていった。






✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳






今は店を構えて店主として働いている昔馴染みたちとの出会いを思い出し、レイヴノールはふっと口元を緩めた。




ロワールで食事を済ませたレイヴノールは、ローブを被って店の外に繋いでいた馬を引いて歩き出した。


その内大通りから外れ、昼間でも薄暗い裏通りを進んでいき、角を曲がった先にある黒猫のマークが書かれている扉の前で立ち止まった。扉横の杭に馬を繋いで中に入って行く。




室内には、簡素な机がコの字型に3台並べられており、中央には向い合せになっている硬そうなソファと木製のローテブルがあり、壁際には本棚が並んでいる。




「タロン、来ていたのか」




レイヴノールはローブを脱いで、壁側の机で羽ペンを走らせているタロンに手を上げ、ソファに座った。




「やあ、レイ。今の時間はあ、奥さんに宿を任せてるからあ、ここに来たんだあ」




「そうか。宿の仕事も忙しいのに、シャノワールの仕事も任せて悪いな。いつも助かってるよ」




「いやあ、僕ができるのは裏ギルドのシャノワールのお手伝いだけだよお。夜警の後の日誌とか、日中の街のトラブルとか、危険人物の目撃情報とかを書類にまとめるぐらいさあ。表ギルドのゴールデンキャッツに関することはあ、仮面男爵のディランが主導してくれてるからあ、僕らは安心してお店を出せているんだあ。あっ、ディランはもうすぐ仮面男爵じゃなくなるんだよねえ」




「そう。結婚式が終れば、ディランは仮面男爵の役目から解放される。一応俺がゴールデンキャッツの方にも顔を出すけど、ディランには引き続き補佐官としてゴールデンキャッツの事業を主導してもらうから、今までと変わることはほとんどない」




「そうなんだあ。ディランもレイも凄いよねえ。レイが事業を始めてどんどん拡大してくれたおかげでえ、僕らはお店を持てたんだよお。みんなレイとディランに感謝してるんだあ」




「店が繁盛しているのは、皆が頑張ってくれてるからだよ」




「そうだねえ。皆頑張ってるよお。特にララは凄いよねえ。今人気のオペラホテルの支配人になったんだからあ」




「ララが発案してくれたおかげだな。俺とディランじゃ思いつかなかった。今じゃ、ハウゼン家のホテル事業の中で一番のホテルさ。ララは今夜来れるかな」




「どうだろう。でも、ララもシャノワールを大事にしてるから来るんじゃないかなあ。みんな自分達の街を守りたいって気持ちは同じだからさあ。シャノワールがあるのもギルド長のレイのおかげだよお」




「それこそ俺だけの力じゃない。新月の夜以外はあの方の配下が見回ってくれてるしな」




「ああ、そうだよねえ。まさかあの方が力を貸してくれるなんて思ってもみなかったよお。庶民は一生関われない方だからさあ、みんなあの方の前だと緊張しちゃうんだよねえ」




タロンは、言葉と裏腹にあはははと呑気に笑う。




「身分はともかく、人間性はそんなに緊張するような人じゃないけどな」




「さすがレイだねえ。僕なんかあの目で見られると全部見透かされている気がしちゃってえ、緊張しちゃうなあ。はい、これあげるねえ。まとめた書類の確認よろしくう」




タロンは腕いっぱいに抱えた書類の束をレイヴノールへ手渡した。




「あ、ああ。凄い量だな」




レイヴノールは一番奥の机の上に書類を置き、椅子に座って一枚、一枚書類に目を通していった。

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