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16話

ナディアがソフィーに手伝ってもらいながら外出の準備をしていると、暗い表情のレイヴノールがやってきた。ソフィーがふんと鼻を鳴らす。




「あの、どうされましたか? 顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」




「大丈夫じゃない……。午前中ごたごたがあったせいで仕事が全く進まなくて、ディランから外出禁止令が出されちゃったんだ。だから、出かけるのは 明日でもいいかな?」




「はい、私は大丈夫です。お仕事頑張ってくださいね」




微笑むナディアに癒しをもらったレイヴノールは、しゃきっと背筋を伸ばして執務室へ向かった。




「外出はいかがされますかな?」




ナディアは指輪をそっと撫で、微笑む。




「指輪のお返しをしたいんだけど、街で何か探せないかしら?」




ソフィーはぐっと言葉を詰まらせるが、ナディアの微笑みにほだされ、頷いた。




「お供致しますぞ」




「ありがとう。レイヴノール様の腹心のソフィーがいてくれたら心強いわ。何をプレゼントすれば喜んでもらえるか分かる?」




「ふ、腹心……。今はナディア様の腹心ですぞ」




「え? 私の?」




「私はそう思っていますぞ」




真剣な眼差しを向けるソフィーに、ナディアはふふっと笑みを返した。






馬車で街まで行き、ナディアはソフィーと一緒に、文具店、本屋、雑貨店、衣料品店などを見て回った。どの店の店員も、ナディアがハウゼン男爵夫人だとすぐに気付き、ハウゼン男爵夫妻に関する商品を持ってきて見せてくれた。レイヴノールの髪色に似たネイビーの羽ペンに、ナディアの髪色に近いシルバーのパールが光る便箋がセットで販売されていたり、ハウゼン男爵夫妻の出会いを大衆向けに美化した小説が大ヒット商品として山積みにされていたり、披露パーティーでハウゼン男爵夫妻が着たスカイブルーのデザインに似たスーツとドレスがペアで並んでいたり。今はハウゼン男爵夫妻ブームで大変ありがたいと店員から頭を下げられ、ナディアは恥ずかしさで買い物どころではなかった。




「はあー、どうしよう」




「主君はナディア様からもらえれば、そこら辺に落ちてる木の棒でも大喜びして飾りますぞ」




「まさか」




「本当ですぞ。試しにやってみますか?」




ソフィーが木の棒を拾おうとするので、ナディアは慌てて止めた。




「そんなことしないから、拾わないでいいわよ。それより、ちょっと休憩しましょう」




近くのベンチにソフィーを引っ張っていく。




「休憩できそうな店がないか見てきますぞ」




ソフィーはナディアをベンチに座らせると、店を探しに道の向こうへ歩ていった。




「ネリも元気そうだな」




どこからかレイヴノールの声が聞こえ、ナディアはさっとベンチを立ち、辺りを見回した。少し先の雑貨店の前に、日差しが暖かい日だというのに黒いローブをまといフードまで被っているレイヴノールらしき人物と、ナディアと同年代に見える小柄で明るい茶髪をツインテールの三つ編みにしているネリと呼ばれた女性がいた。


ナディアは各店の前に出ている看板に隠れながら、そろそろと近づいていく。ローブの人物の顔を見ようとするがフードのせいで口元しか見えない。もう少しよく見ようと目をこらすと、ローブの胸元にブルーサファイアの瞳の猫のペンダントがついていた。




「やっぱり、レイヴノール様だわ。午後は出かけられないと言っていたのに」




「相変わらずネリはちっちゃいな」




「もう! 同い年なのにいつもバカにするんだから!」




「ははっ、バカにはしてないさ。子供たちは元気か?」




「あんたに会えなくて寂しがってるよ」




「本当は今日行くつもりだったんだけど。明日行くから」




「分かった。じゃあ、明日待ってる」




「ああ。お前もたくさん食えよ」




「うるさい! 成長期は終わったの!」




レイヴノールはネリの頭をぽんぽんと軽く叩いてローブを翻して去って行った。ネリは触れられた頭を手で押さえ、頬を染めてレイヴノールの後ろ姿を見つめている。




「あの女性は誰? それに、子供たちって、どういうこと?」




ナディアは呆然として尻もちをつきそうになる。だが、何かが背中に当たり、支えになったおかげでドレスが地面につくことは免れた。




「うわー、あいつやるね」




「きゃっ!」




背後から男性の声が聞こえてナディアは飛び上がった。




「ごめん、ごめん。傷ついた顔してるお嬢さんが気になっちゃって」




レイヴノールと同じく黒いローブを身に着けフードを被っている男性が立っていた。フードから見える肩までの長さの煌めく金髪に、吸い込まれるような翠眼の男が、レイヴノールに負けずとも劣らない整った顔で微笑んだ。




「あ、あの、どちらさま」




ナディアが問いかけようとすると、金髪の男性は人差し指をナディアの口の前に立てた。ナディアは身動きできず、きらっと光る翠眼から目が離せない。




「あいつ、こんなに美しい女性がいるのに二股をかけるなんて、最低な男だね」




「二股……」




「あんな男は忘れて私とお茶しないかい?」




男性はナディアの手を取り、宝石のように輝く翠眼で、じっと見つめてくる。顔が熱くなってきたナディアは俯いた。男性はどこか遠くを見るように焦点の合っていない虚ろな瞳でナディアを見ている。


じっとして何も言ってこない男に戸惑っているナディアの耳に、自分を探すソフィーの声が聞こえてきた。




「あっ、行かないと。あの、手を」




ナディアが手を離そうとすると、男性はキュッと軽く握りしめ、口づけをした。




「残念、また今度会いましょう」




フードを深く被り直し、さっとローブを翻して男性は去って行った。




「何だったの、あの人」




口づけされた手の甲をさすっていると、片手にジュースの入った木製のコップを持ち、眉を八の字にしたソフィーが傍に来た。




「ナディア様、探しましたぞ。顔が赤いですが、いかがされましたか?」




「へっ? 赤い?」




ナディアは頬に両手を当てる。少し熱を帯びているのか熱く感じた。




「お疲れでしたら帰りますぞ」




「ううん、大丈夫。多分お日様が顔に当たってたせいよ。お店は見つかった?」




「それが、ここら辺はあまり見当たらず、露店でベリージュースを買ってきましたぞ。先ほどのベンチに座って飲んでくだされ」




「ありがとう、ソフィー」




ナディアは男が去って行った方に目を向けた後、ベンチの方へ歩いて行った。






裏路地にあるギルド「シャノワール」で、レイヴノールはソファーに座って報告書を読んでいる。ドアが開いて、ローブを着た金髪で翠眼の男性が入ってきた。レイヴノールはすっと立ち上がり、胸に手を当ててお辞儀をする。




「帝国の小さな太陽アリスター皇太子殿下に栄光があらんことを」




「2人きりなんだからそんなに畏まらないでよ。私たちの仲じゃないか」




アリスターはローブを脱いでソファーの背もたれにかけ、レイヴノールの向かいに座った。レイヴノールも座り、アリスターに報告書を渡し、ジャケットの内ポケットから金色の猫の封蝋印が押されている封筒を取り出す。




「それで、手紙を送るほどの急用とは? たまたまナディアと出かけるのが明日になったから良かったものの、予定どおり今日だったら無視してましたよ」




「ひどいな。皇太子の手紙を無視するなんてレイくらいだよ。夫人とはうまくいってるのかい?」




アリスターが報告書に目を通しながら尋ねる。レイヴノールはにんまりと笑みを浮かべた。




「もちろん」




アリスターはレイヴノールのにんまり顔を見てふっと鼻で笑った。




「この先の2人の未来、みてあげようか?」




「余計なお世話ですよ」




唇をつきだすレイヴノール。アリスターは報告書をローテーブルに置いてソファーの背もたれに背中を預け、足を組んでレイヴノールを斜め上から見下ろす。




「美人だよねえ、君の夫人は」




レイヴノールはアリスターをキッと睨む。




「新聞で見たのですか?」




「いや、さっき会ったよ。君のことを看板に隠れてこっそり見ている姿がかわいくてさ」




くすっと微笑むアリスター。レイヴノールはナディアを想像してうんうんと頷くが、はっとしてローテブルの上に両手をバンとついた。




「ちょって待ってください。さっき、俺のことを見てたって?」




「そう。君が他の女性といちゃついてるのを見て、かわいそうに、傷ついた顔をしていたよ。君も罪な男だねえ」




アリスターはやれやれと首を左右に振る。




「俺がいつ、他の女性といちゃついたって言うんですか!」




「道端で小柄な女性と楽しそうに話して、別れ際に頭をぽんぽんしていたじゃないか」




「あれは、孤児院で一緒に育った仲間で、今の院長ですよ。ネリのことは前に話しましたよね?」




「ああ、彼女がネリか。あんなに親しいとは思わなかったよ。いくら親しいとはいえ、夫人以外の女性に気安く触れるのはいただけないな」




「そ、それは……。いや、それよりも、ナディアが見てたって本当ですか?!」




「ああ。かわいそうだったから慰めてあげようとお茶に誘ったんだけど、君の精霊に邪魔されちゃったよ」




肩をすくめるアリスターにレイヴノールは詰めより、拳を握りしめて殺気立った目で睨み付けた。周囲の温度が数度下がったような寒気が漂う。




「皇太子とはいえ、ナディアに手を出したら容赦しませんよ」




アリスターは両手の平を肩の高さまで上げて苦笑した。




「分かったよ。でも、君も軽率だったんじゃないか?」




レイヴノールは殺気を引っ込めてがくっと肩をおとした。




「あー、誤解してたらどうしよう……」




「ちょっと煽っちゃったから、完ぺきに誤解してるかも」




ははっと他人事を楽しむ笑みを浮かべる。


レイヴノールは頭を抱えてソファーに沈み込んだ。




「性悪皇太子め」




「ひどいなあ。皇后に比べたら私なんて善人そのものさ」




レイヴノールは顔を上げて、ローテブルの上の報告書を手に取る。




「これも皇后の仕業なのですか?」




「ああ、間違いない。横行する違法な薬物の闇取引、薬物中毒者の増加、これは氷山の一角にすぎない。シャノワールのメンバーが目撃した件数だけみれば僅かだが、もっと闇深いところでどれだけの人が関わり、犠牲になっているかは計り知れない。この先も増えていくだろう」




アリスターは翠眼を曇らせ、眉をしかめる。




「先読みでそれを見たんですね」




「いや、皇后はもとい、皇后の私物に触れることは容易ではないから、皇后が関わっていると思ったのは私の勘だ。見たのは、父上、皇帝陛下の未来だ」




「陛下の容態はいかがですか?」




「悪くなる一方だ。見舞いを称して皇后が定期的に陛下の寝室を訪れているのだが、その度に香を焚いて、扇子で陛下の鼻に香りが届くようにしているのが見えた。皇后が寝室を去ってすぐ医師と室内に入ったのだが、香炉は皇后が持って出ていったようで、医師からは香りだけでは害があるかどうか分からないと言われた」




「では、本当に勘だけですか?」




「その勘の根拠を掴みたくて、君に会いに来たのさ。もしかしたら、皇后の使う香は、違法な薬物に関係しているかもしれない。だから、シャノワールで押収した薬物があれば持ち帰って医師に調べてもらおうと思う」




レイヴノールが口を引き結んで眉を下げた。




「申し訳ないのですが、押収した薬物はシャノワールでは管理していないのです。法を犯した者も、証拠品も、すべて神殿に送っています」




アリスターは額をパチンと叩いて顔をしかめた。




「そうか、神殿か。公に乗り込める場所じゃないな。こんな弱い先読みの力じゃ、役に立たない。君の精霊の力が羨ましいよ」




「そんなことないですよ。アリスター殿下と手を組めたおかげで、ここまでギルドも、事業も大きくできたし、男爵になることもできて、復讐計画には大いに役立ってます。


それに、精霊は力になるものの、思いどおりにはいかないものです。俺のことを主と呼びつつ、毒舌だし、子供扱いするし、生意気だし、怒って力を使ってくるし、扱いが難しすぎるんですよ」




「君の主としての器が未熟だからかもしれないけどね」




ニコッと笑みを浮かべるアリスターの棘のある言い方に胸を貫かれ、レイヴノールはがくっと肩を落とす。




「やっぱり性悪だ。共闘してるんだから、そこはフォローするところでしょう」




「精霊たちの苦労も分かるからねえ。夫人も大変な男に好かれたものだよ」




「そうだ、ナディアの誤解を解かないと! 明日出かける予定なのに」




「追い討ちをかけるようだが、今夜は新月だよ」




「そうだった! 今日中に誤解を解く時間がない……」




落ち込みすぎて溶けてなくなりそうなレイヴノールを、アリスターはくすくす笑いながら内心で呟いた。




(ナディア夫人に関する未来視についてはまた後日話そう)




アリスターは、しばらくはレイヴノールをナディアのことでからかうことにして、ナディアの手に触れた時に視えた未来については心の内に留めておくことにした。

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