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《祈装零号機 -シキガミコード:ARISA-》  作者: 中野 ポン太
『第1章:祈装コード、起動』
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『第1章:祈装コード、起動』第3話


 廻呪体の咆哮が、廃百貨店跡地の空間に響き渡る。

アルネは、まるで踊るように空間を滑走した。その動きは、無駄な一切を排し、流れるように洗練されている。

白銀の祈装の補助機構が、彼女の動きに合わせて発光し、空間に残響のような記録線を引いていく。

それは、祈りの波動の軌跡であり、同時に、失われゆくアルネの記憶が刻む、儚い残光でもあった。


 次々と襲いかかる廻呪体を、アルネは冷静に、そして正確に撃破していく。

彼女の刀身は、黒い液体と化した廻呪体の核を的確に貫き、空間を浄化していく。

その瞬間、廻呪体から放たれる断末魔のような声が、アルネの脳内に直接響いた。

それは、苦痛と、そしてどこか懐かしい感情を伴っていた。


 『……お姉ちゃん、いやだよ……もう、独りにしないで……』


 『……お願い、ここにいて……』


 声は、幾重にも重なり、ノイズと混じり合って、まるで遠い記憶の夢を見ているかのように曖昧模糊としていた。

それは、先ほどの《廃式》から発せられた言葉と同じ響きを帯びている。

その声が聞こえるたびに、アルネの心臓が、不規則に、けれど強く脈打った。


 ARISAのUIには、依然として「精神同期率:安定」と表示されている。

システムは正常。エラーなし。

 しかし、アルネの視界が、瞬間的に歪んだ。

 目の前で爆散した廻呪体の背景に、いたはずの廃ビルが、まるで墨で塗りつぶされたように“のっぺらぼう”になる。

その歪みは一瞬で、すぐに元の景色へと戻ったが、アルネの心に微かな違和感が残った。


 「……何、今の……」


 声には出さず、アルネは思考する。けれど、その原因を特定できる情報が、彼女の記憶の中にはない。それは、まるで、自分の意識の外で起こった出来事のようだった。


 廻呪体は、尽きることなく襲いかかってくる。

 アルネは再び刀身を構えた。その動きは、微塵も鈍らない。

感情が失われているからこそ、彼女は任務に集中できる。

迷いも、恐怖も、一切がない。それは、この戦場において、圧倒的な強みだった。


 だが、その完璧な動きの合間にも、脳裏にはあの声が、幻影のように響き続ける。


 『……お姉ちゃん……どうして、覚えててくれないの……』


 その言葉は、アルネの胸の奥深くに、微かな軋みを生み出した。

それは、失われた記憶の断片が、彼女の意識の淵で、もがき続けているかのようだった。


 「ARISA、記憶干渉の頻度、増加傾向にありますか?」


 アルネは、冷静に問いかけた。システムの報告は、感情を伴わない真実を告げるだろう。

 「はい。前回の戦闘と比較し、約15%増加しています。接続者の精神同期率の低下と、情動フラグメントの吸収加速が原因と推定されます。」

 ARISAの無機質な声が、容赦なく現実を告げる。


 つまり、戦えば戦うほど、強く、そして記憶は薄れていく。

 それが、彼女に課された宿命だった。

 感情を失い、記憶を削り取られても、彼女は戦い続ける。

 なぜなら、その祈装の内に、確かに“誰か”の祈りが宿っているから。

 その「誰か」の名前は、もう思い出せない。

 ただ、その存在だけが、彼女を動かす唯一の原動力だった。

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