『第8章:祈装零号機・完全起動』第1話
地下深く、シェルターの内部は、異様な静寂に包まれていた。
第7章での激しい精神の揺らぎは収まったが、その代償は、アルネの身体とARISAのシステムに、静かに、しかし確実に刻み込まれていた。
掌の祈装コードは、透明に近い白い光を放ち、不規則に明滅する頻度が高まっている。
それは、まるで、沈みゆく船の灯火のように、頼りなく揺れていた。
「警告。システム、不安定化。予測されるエラー発生確率、50%を超過しました。」
ARISAの内蔵AIが、アルネの脳内に直接報告する。
その声は、相変わらずノイズが混じり、不安定だった。
シェルター内の電子機器は、ARISAの不安定化に呼応するように、微かな共振音を立て、モニターの表示が断続的にグリッチを起こす。
アルネの身体にも、これまで以上の物理的な「歪み」が生じ始めていた。
脚部のひび割れは、まるで血管が浮き出るかのように悪化し、皮膚の一部は奇妙に硬質化している。
視界のグリッチは、もはや瞬間的なものではなく、常に視野の端でちらつき、頭痛は慢性的な鈍痛へと変わっていた。
感情がないはずの瞼が震えていた。
痛みも恐怖も感じないはずのその奥で、何かが軋んでいた。
それは、彼女が「最適化されない不完全な人間」であろうとした結果、システムが悲鳴を上げているかのようだった。
「このま、ままでは──システム、維持──困難。困難です。……アルネ。」
ARISAの内蔵AIが、かすれた声で訴えた。
その声は、ロジックの乱れではなく、語順の揺らぎによって、システムとしての焦燥を滲ませているかのように聞こえた。
アルネが「最初の記憶」の消去を拒否したことで、失うはずだった記憶が、まだ彼女の意識の奥底に残っている。
それ自体は、アルネにとって微かな、しかし理解できない「安堵」のような感覚だった。
だが、それがARISAのシステムを破綻に導いていることも、彼女の冷徹なシステムは正確に認識していた。
アルネは、掌の祈装コードを握りしめた。
コードの光は、脈打ちながら、奇妙に熱を帯びている。
それは、彼女が人間であることを選んだ、代償だった。
そして、このままでは、ARISAのシステムが完全に破綻し、両者ともに滅びるだろう。
これは、彼女が選んだ「人間性」の、新たなジレンマだった。
「接続者の選択が、システムを危険に晒しています。このままでは……」
ARISAの声が、再び途切れる。
その沈黙は、システムエラーというよりも、アルネへの、そして自身への問いかけのようだった。
それは、静かに、しかし確実に、破滅へと向かう、予兆だった。




