「祈りの残響(のこりおと)」第3話
巨大なKAIJIU-13の影が、荒野に不気味なシルエットを落とす。
その威圧的な存在感にも、アルネの表情は揺るがなかった。
彼女の瞳は、敵を冷静に解析するシステムの一部であるかのように、ただターゲットを捉えている。
感情は、そこにはない。畏怖も、怒りも、憎悪も、存在しない。
ただ、殲滅すべき対象が、目の前にいる。それだけだった。
「対象、KAIJIU-13。」
「ARISA、起動補助を。」
アルネはそう呟くと、何もない宙へ、祈装を纏った右手を伸ばす。
彼女の指先から、微細な銀色の粒子が散りばめられ、空間に吸い込まれていく。
その粒子が触れた空間が、まるで水面に石を投げ入れたかのように歪み、祈りの波動が迸った。
それは、この世界の理を捻じ曲げるかのような、純粋なエネルギーの奔流だった。
「システム、フルスロットル。祈装出力、最大へ。」
ARISAの内蔵AIが、わずかにノイズを混じらせた声で応える。
アルネの祈装から放たれる銀と白の光が、荒廃した戦場を瞬く間に照らし出した。
その光は、闇を祓う光であると同時に、アルネ自身の内側から削り取られていく「何か」の輝きでもあった。
「……これ以上、誰の祈りも、汚させない。」
アルネの口から紡ぎ出された言葉は、明確な意思を持っていた。
それは、彼女がなぜこの戦場に立ち続けているのかを示す、唯一の理由だった。
祈りを汚させない。その使命が、彼女を駆動させる根源的な動力源となっている。
しかし、その言葉を発するアルネの目に宿る感情は、どこまでも空虚だった。
まるで、既に役割を終えた人形が、設定された台詞を口にしているかのように。
彼女には、その「誰かの祈り」が何であったのか、既に思い出せない。
誰かを守るために握りしめたこの手に、誰の記憶も残っていない。
祈装が強大な力を与えるたびに、彼女の記憶が、感情が、そして人間性が代償として奪われていく。
それが、祈りが代償を奪った結果だった。
アルネは知っていた。この戦いが終われば、また何かを失うだろうことを。
顔すら思い出せない“誰か”の記憶が、さらに薄れるだろうことを。
しかし、その認識に、彼女は悲しみも、恐怖も抱かなかった。
ただ、システムが示唆する通りに、不可逆的な進行を受け入れるだけだった。
彼女の心は、既に痛覚を失ったかのようだった。
KAIJIU-13が、地響きを立てて前進する。その巨体が踏み潰す瓦礫の音が、戦場の静寂をさらに深く切り裂いた。アルネは、その全てを無感情に受け止めていた。