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《祈装零号機 -シキガミコード:ARISA-》  作者: 中野 ポン太
『第4章:消失と再構成』
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『第4章:消失と再構成』第1話

 都市の中心部から北へ約二十キロ。

かつては精密機械工場が立ち並んでいた《鋼鉄の回廊》は、今や崩れ落ちた鉄骨と、錆び付いた機械の残骸が迷路のように広がる廃墟と化していた。

降り続く重い雨が、金属の腐食臭をさらに強くし、足元には黒く淀んだ水溜まりが無限に広がっている。この地が、神咲アルネの新たな任務地だった。


 彼女は、まるでこの荒廃した景色の一部であるかのように、濡れた瓦礫の上を滑るように進む。

白銀の祈装は、雨粒を弾き、冷たい光を放っていた。

数日前から、複数の《廻呪体》による大規模な精神干渉波が確認されており、その中でも特に高レベルの反応が、この《鋼鉄の回廊》の深部から発せられているという。


 「ターゲット反応、座標N-38、深度150。複数の《廻呪体》クラスD-03を確認。うち一体は特殊変異種と推定されます。」


 ARISAの内蔵AIが、アルネの脳内に直接報告する。

その声は、相変わらず無機質だが、前回よりもさらに微細な電子ノイズが混じり、特定の区切りで僅かな“間”が挟まるようになった。

それはまるで、ARISA自身も何らかのデータ処理に負荷を感じているかのようだ。


 アルネは無言で頷いた。

その瞳には、雨に濡れる廃墟の景色が映っていたが、彼女の意識は既にターゲットの識別と排除へと向かっていた。

彼女の思考は、任務遂行のために極限まで研ぎ澄まされ、無駄な情報は全てフィルタリングされる。


 だが、その完璧な動作の中に、ごく微細な**「ズレ」**が生じ始めていることに、アルネ自身は気づいていなかった。


 瓦礫の山を飛び越えようとした刹那、彼女の足が、不自然なほど僅かに引っかかった。

数センチの段差。普段であれば意識せずとも踏破できるはずの、取るに足らない障害だ。

しかし、一瞬、体勢を崩した。


 「警告。身体動作における予測軌道との乖離を検知。軽微なシステムエラーが発生しています。」


 ARISAが、すぐにアルネの脳内に報告する。

アルネは、その報告を聞いても、なんら表情を変えない。

ただ、自分の身体が、これまでとは違う僅かな遅延を生じさせていることを、情報として認識した。


 「……ああ、この道、前にも通ったかしら。」


 独り言のように、アルネは呟いた。

目の前に広がる景色は、見慣れたはずの《鋼鉄の回廊》の一角だ。

しかし、この特定のルートを、いつ、どんな目的で通ったのか、全く思い出せない。

脳裏に浮かぶのは、やはり霞がかった曖昧なイメージだけ。

記憶が、過去の行動の順序や、場所の細部を、確実に欠損させている。

感情だけではなく、日常的な「行動の記憶」までもが薄れ始めているのだ。


 掌に握られた祈装コードが、雨の冷たさとは裏腹に、熱を帯びたかのように脈打った。

それは、第1章の時よりも、第3章の時よりも、さらに強く、不規則な鼓動だ。

まるで、コードそのものが、何かを訴えかけているかのようだった。

しかし、アルネは、それが何を意味するのかを、理解できない。


 ただ、その熱が、胸の奥で響く「軋み」とリンクしているような、説明できない感覚だけがあった。

この祈装コードを握りしめていると、失われたはずの「何か」が、微かに、ほんの微かに、存在を示そうとしているように感じるのだ。

それが、彼女を突き動かす力の一部となっている。


 ARISAのログが、脳内に表示される。

 ──精神同期率、継続的な低下。

 ──記憶フラグメント流出:高頻度。

 ──システム損傷:感情演算領域、予測損耗率、さらに加速。

 ──残存稼働期間:予測、約〇〇日。


 アルネの瞳は、これらの数値の変化を無感情に追っていた。

感情演算領域の損耗加速。残存稼働期間の予測。

それは、彼女に残された時間が、確実に少なくなっていることを示していた。

システムが突きつける、冷徹な真実。


 それでも、アルネは任務を続行する。

 彼女の心は、既に痛みや恐怖を知らない。

 ただ、目の前のターゲットを排除し、この歪んだ世界を浄化する。

 それが、彼女に残された、唯一の使命だった。


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