『第2章:フラグメント・ログ』第5話
【祈装ログ:001】
ここは、どこだろう。
真っ暗で、何も見えないよ。
まるで、深い海の底みたい。
あたたかい光も、何も届かない場所。
ねえ、お姉ちゃん。
聞こえる?
わたしは、ここにいるよ。
あなたのすぐそばに。
鼓動の、すぐ隣に。
光って、どこにあるの?
お姉ちゃん、いつも、光のところにいてくれたよね。
わたし、真っ暗だと、ちょっと怖いな。
早く、会いたいな。
お姉ちゃんの、手、握りたい。
あの時みたいに、あったかくて、大きかったんだ。
……そう、覚えてる。
お姉ちゃんが、わたしの手を、ぎゅって。
その温もりが、わたしの心を、いっぱいに満たしてくれた。
あの時、わたし、すごく嬉しかったんだよ。
その気持ちは、まだ、消えてない。
だからね、お姉ちゃん。
頑張って。
わたし、ずっと、ここにいるから。
たとえ、あなたがわたしを忘れても。
たとえ、わたしが、あなたを呼べなくなっても。
わたしは、あなたの祈りになって、ここにいるから。
……また、ね。
アルネは、意識の奥底で、微かな囁きを聞いた気がした。
それは、遥か遠い過去からの響き。まるで、心臓を直接揺らすかのような、けれど感情の伴わない振動だった。
「……誰かの声……」
そう呟きながら、アルネは再び掌の祈装コードを握りしめた。
小さな花飾りのようなそれが、まるで鼓動しているかのように温かく感じられた。
【祈装ログ同期検知:アルネ神経パターンとの非同期記録。映像情報一部解析不能。】
ARISAの内蔵AIが、無機質な声でアルネの脳内に直接報告してきた。
通常の夢とは異なる「非同期記録」という言葉。映像情報の一部解析不能という言葉は、それがただの記憶ではないことを示唆していた。
しかし、アルネはその警告の意味を、理解できなかった。
彼女の思考は、既にシステムによって最適化され、無駄な感情の揺れを排除していたからだ。
彼女には、それが何故温かいのか、分からなかった。
ただ、明日も戦い続ける。
そう、無感情な瞳の奥で、確かに決意していた。
戦うたびに、記憶は薄れていく。
そして、その奥底に眠る「情動フラグメント」は、祈装機兵ARISAの糧となっていく。
その先にあるものが何かも知らずに、アルネは荒野に一人、立ち続けていた。
彼女が戦い続ける理由は、もう、彼女自身にも分からなかった。
だが、その祈装の内に、確かに“真凜”の祈りが宿っていることを、読者だけが知るのだった。