「祈りの残響(のこりおと)」第2話
その静寂を破るように、アルネの耳元に、無機質な音声が直接流れ込んできた。
それは、彼女の脳神経に直接接続された補助AI、《ARISA》の声だった。
しかし、その声は単なる機械的な合成音声ではなかった。
僅かに、データ転送時に生じるような微細なノイズが混じり、そして、時折、特定の音節が、どこか懐かしい響きを帯びるように加工されていた。
──再生ログ、ナンバー57。再生者:ARISA。
──目標、座標コードB7-α、確認。
──廃棄区域ノイズレベル:レッドゾーン突入。
──対話不能指定種、接触まで45秒。
ARISAの声が空気を震わせた瞬間、アルネの足元の祈装基盤が、まばゆい銀色の光を放ち始めた。
光は瞬く間に放射状に広がり、空間に複雑な幾何学式が展開されていく。
それは、古代の神話に登場する魔法陣のようでもあり、最新の量子演算プロセスを示す回路図のようでもあった。科学と神秘が、この一瞬に融合する。
アルネの背後から、噴き上がるような光の帯が現れた。
それは、まるで巨大な翼が広がるかのように、彼女の身体を包み込む。
光の粒子が宙に舞い、渦を巻きながら、徐々に流麗なシルエットを成していく。
剥き出しの脚には、白銀の装甲が吸い付くように展開されていくが、その表面には、使用と引き換えに刻まれたかのような細かなひび割れが幾筋も走っていた。
それは装甲の傷ではなく、アルネ自身の肉体に刻まれた、不可逆的な浸食の痕跡だった。
かつて何かを掴んだ手は、完全に装甲に覆われる直前、掌のわずかな隙間から、血のような紫色の光をまとっていた。
それは、彼女の生命力を、あるいは失われた感情そのものをエネルギーに変換する、祈装の苛烈な輝きだった。その光は、美しくも残酷な、アルネの宿命を象徴していた。
「祈装完全展開。神祈式・第四段階。」
アルネは、感情のこもらない平坦な声で呟いた。
その言葉と共に、全身を覆う白銀の祈装が、カチリ、と音を立てて完全に結合する。
装甲の表面を走る無数の文字列は、起動シークエンスを示すかのようだ。
その中央には、小さく【ARISA:Ver.03.5】と刻まれていた。
最新バージョンを示すその刻印は、アルネがどれだけの戦いを経て、どれだけの代償を支払ってきたかを無言で物語っていた。
彼女の視線の先、崩れた廃ビルの隙間から、巨大な影が蠢きながら姿を現した。
それは、KAIJIU-13。対話不能指定種に分類される、この世界にとっての絶対的な敵性体。鈍色の巨体は、見る者に根源的な恐怖を抱かせた。