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若者たち

作者: 古数母守

 戦争のない世界を実現したい。呉田は授業中にそんなことを考えている学生だった。そして戦争だけではなくて、貧困や環境破壊といった人々の暮らしを脅かすもの一切を世界から一掃したいと願っていた。巨大IT企業がとてつもない力を保有している現代では、貧富の格差は広がるばかりだった。持続可能な社会の実現という掛け声も、すでに企業のPRに取り込まれてしまって骨抜きにされている印象は否めなかった。エネルギー消費が増え続け、やがて地球は火の玉になると予言する科学者もいたが、今を生き延びることが精一杯の人々にとっては未来のことなど、どうでも良かった。そうしている間に環境破壊が進み、地球温暖化が進み、超大国が不在になった世界のあちこちで戦争が勃発し、核兵器の使用をちらつかせる国まで出現する有り様だった。

「私たちが中心となって、世界を変えて行かなければならない」

呉田はそう思った。彼は一人では何もできないので何もしないというタイプの人間ではなかった。どちらかというと、自分が非力であることにすら気付かない夢見がちな人間だった。そんな性格もあって現実に打ちのめされることなく日々の活動を継続していた。だからと言って何か成果がある訳でもなかった。

 そんな呉田だったが、ある日、空にオレンジ色の物体が浮かんでいるのを目撃した。あれは何だろうと思っていると、その物体は街から離れた森の方へと飛んで行った。呉田はバイト代で購入したかなり年式の古い車に乗って後を追いかけた。そしてその物体が森の中に降りるのを見た。彼は近くにに車を止め、オレンジ色に輝く物体に歩み寄った。その時、物体からすっと階段状のものが伸び、中から人が出て来た。それは呉田たち人間と同じような姿をしていたが、どう考えても宇宙人に違いなかった。

「お願いです。地球を救ってください。あちこちで戦争が起きています。環境破壊が進んでいます。貧困がなくなりません。格差が広がるばかりです。日々、核兵器の脅威に怯えています。あなた方のような進んだ文明を持つ人々はすでに克服されたことだと思います。どうすればこの危機を脱することができるでしょうか? どうかお力を貸してください」

呉田は考えるよりも先に行動していた。


 地球に着陸するや否や呉田の向こう見ずな直撃に遭遇した宇宙人は戸惑いを隠せなかった。彼はただの旅人だった。旅人というと聞こえがいいかもしれない。本当は無職だった。もうそれなりの年齢に達していたが、成人が社会で果たすべき何かしらの役割を決して引き受けようとはせず、モラトリアムから抜け出すつもりはないようだった。彼の乗って来た宇宙船は立派なものだったが、それは両親の所有であり、彼は半ば無断で借りていただけだった。どちらかというとくすねて来たようなものだった。彼は何かに束縛されることを殊の外、嫌っていた。何にも束縛されることなく、この広い宇宙をさすらいたい。そんな気持ちでひょっこり地球に立ち寄っただけだった。


 呉田はすがるような目つきでじっと回答を待っていた。

「愚かな行為は慎むべきです」

具体的にどうすれば良いかなんてわからない無職の宇宙人はそう言った。その言葉に呉田は感動していた。そして地球の危機を救うべく、呉田と宇宙人共同での活動が始まった。しばらくして呉田の友人たちがメンバーに加わった。呉田の言っていることに賛同していたという訳でもないのだが、なんか凄いバックがいるらしいという噂を聞きつけ、参加しようと思ったようだった。

「手を取り合って共に進みましょう」

未知の動力で飛ぶ宇宙船に乗って地球にやって来た圧倒的な科学力を持つ宇宙人が自分たちのような学生を助けてくれる。それだけで彼らは舞い上がっていた。すごいことになるかもしれない。そんな予感がしていた。

「今こそ、地球を救う時なのです」

無職の宇宙人は相変わらず中身のないことを語っていたが、やがて、その集まりは巨大な組織へと成長していった。地球に平和をもたらすために神の如き宇宙人が降臨したという噂が広がっていた。今まで希望を持てずにいた人々が続々と集結していた。


「あんた、いつまでほっつき歩いているの? そろそろ宇宙船を返してくれない? それからいつになったら就職するの? 親戚に息子さんどちらにお勤めですかと聞かれて、恥ずかしい思いをしているんだけど」

その頃、両親から宇宙人に電話が掛かって来た。

「こめん。当分帰れない」

宇宙人はもじもじしながら答えていた。地球が恒久平和と格差のない社会を実現するため、今がまさに正念場だった。


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