第八話 とある愛子
男は孤児院にいた。さして立ち寄るつもりも用もなかったのだが、一点だけ気になったことがあったのだ。
係員に軽くあいさつし、中に通してもらう。以前来たのが何年前かわからなかったが中の様子は変わらず、子供の顔ぶれだけが変わっていた。
多くの子供が一緒に遊んでいる中で一人だけ孤立している少年がいた。
男はたくさんの子供がいる中でその少年に近づいた。少年には名前がなかった。男はまだ年端も行かぬ少年に問う。
『お前は、どうなりたい?』
知らない大人に話しかけられたことに警戒を見せるが、質問にすぐに答えた。
『強く…なりたい』
『ほぉ…なぜ?』
男は心底不思議だった。その少年は権力も力も何も求めてなさそうにその男には見えたから。
無欲で、何に対しても無関心で不愛想。それがこの少年を見たときに思った印象だ。
『俺には…力がないから。』
『力?』
今でもそこら辺の大人なら一発で気絶させることができそうな技量と才能を持っているのに、と疑問は深まるばかりだった
『うん。なんていうんだろう?俺だけ、持ってない』
男は心底納得した。
最初に感じた違和感もこれか、と。
男は人の気配や能力を把握できる能力を持っている。ものすごい超能力だ、と創ったモノもそう感じているぐらいのぶっ壊れ。
この世界では通常、自身の能力は自分が明かさなければ誰にも知られない
それを超えて勝手に視ることができるのだ。悪く言えば…というかただのプライバシーの侵害というほかないだろう。
『お前は珍しいな』
『だから、自分の力を強くしたい』
何も持ってないから、ただ珍しいから、そういう理由ではなく。
『ついてこい、ラキナ』
次の瞬間迷うことなく、口から出てきたのはこんな言葉だった。男自身、条件反射のように飛び出してきた言葉に驚きを感じた。しかし、なぜか納得できた。
『ラキナ?』
『お前の名前だ』
『?』
子供…ラキナは意味がわかってないようだった
しかし、ついていった。子が親に何も考えずについて行くように。
それから何年たっただろうか、ラキナは今も訓練を続けていた。変わらず、毎日。狂ったように。そして、ラキナを育てた男は死にかけていた。体は元気だ。精神系に異常があるわけでもない。しかし、とある病にかかってしまったのだ。それ以外ならこの世界同にでもできたのに。そして、その病は感染して一か月で人を死に至らしめる。
『ラキナ…北雪方へ行け』
『なんで?俺は、最後まで、あなたのそばにいたい』
『とにかく行け。お前の守るものが生まれる。』
『守る、もの?』
『そうだ…』
『守るものなんて…そんな、あなただけで十分だ。どれだけ、俺が、助けられたと…思ってる…』
『そりゃあ、たくさんだろうな』
『理解してるなら、なぜっ』
『北雪方にとあるお姫様が生まれる』
『それが?』
『そのお姫様は、孤独だ。孤独になる。自分を理解してくれるやつがいなくなる。俺ら、政府のせいで。』
その言葉をラキナに告げる男の顔は申し訳なさそうな、悲しいような、よくわからない顔でいった。
『俺が行く理由になんてならない』
たかだがそんな自分に関係ないような子供のために、なんでこの人を置いていかなければならないのか疑問しか浮かばない上に嫌だった。
『行け。』
一段と強い口調
それでもラキナは動かない。
『ラキナっ』
渾身の一喝
『ッ……はい…』
ラキナはやっと返事をした。そしてそこには、最期の願いを愛子に託せて安心する老人と納得がいかないその老人の愛子が残った。
ラキナは北雪方へといった。話はもとから入ってたのかスムーズにすべてのカリキュラムが終了した。
また月日がたった。
北雪方に来てから早数年。たったそれだけでラキナは臨時執事長を任せられるまで昇格した。しかし、ラキナの心には満足感など何もなかった。自分で望んでなったわけではなかったから。そしてその数カ月後、女児が産まれた。ゆーのだ。ラキナは自然とその子へ憎悪が出た。自分の師匠であり、親がその最後を持ってして守りたかった何か。それが理解できてないラキナにはただただ、憎悪する対象にしかならなかったのだ。だが…
「んうぁ?」
「!?」
その子に指を握られて一瞬で胸は暖かくなった。
「うっ、う…」
泣いた。その老人と別れてから一度も泣いたことのなかったラキナは泣いた
なぜか?心が温かくなったのだ。よく物語で比喩として使用される灰色の世界。本当にそんな世界に存在していたラキナにとって物も人もすべて等しく無機物のように冷たかった。ゆーのの温かさが無機物の世界に一つ、色を加えた。
「ラキナさん、大丈夫ですか?」
一人のメイドが聞いてくる。彼女はラキナの同期でラキナと同じく臨時メイド長を任せられる出世頭だった。メイドは一度も泣いたところを見たこともないうえに感情もあまり動かない無愛想な彼が泣いて本気で心配していた。
「うっ…」
「私を置いて泣かないでくれる?ラキナ。」
ゆーのの母、カレラだ。ゆーのの義父は数日前に病によって亡くなった。その病は最悪の特性…1か月で人をしに至らせるというものを持っている。ゆーのの義父はそれで亡くなった。ゆーのの本当の父もそれでなくなっているらしい。
「すみません、奥様。」
「いいのよ、ラキナ…そうね、あなたを執事長に任命するわ。」
「なぜですっ!?」
「本気でこの子のために泣いてくれたから。ただそれだけよ。」
「ラキナさんっ、さっさと離れてください。赤ちゃんが濡れちゃいます。」
「あぁごめん。」
少し離れた
「ラキナさぁん?」
「あぁ、もう。わかりましたよ。」
きちんと離れた
「執事長任命ありがとうございます。」
「早く目を拭きなさい。顔がひどいわ。」
「はい」
そんな幸せな時間が続いた。ゆーのの力が発見されるまでは。
あぁ、お嬢様。
「ラキナ、がんばろ?」
「えぇ。もちろんです。奥様も本当の当主様もいなくなってしまった今、私たちが支えなければ。」
「あのさ、そのことなんだけどさ。ラキナ…私、たぶん今から数日以内に死んじゃうんだよね」
「はい?」
急にぶっこまれた話に冗談だろ、という思いしか出てこない。
しかし、彼女のこれ以上ないほどに真剣な声色と表情で冗談ではなく事実ということを察するしかなかった。
「私も、あの病にかかっちゃって」
「嘘、でしょう?」
「ううん。体に全然異変がないからわかりにくいけど、かかってる。昨日、お休みもらった時に医師に見せたんだよね。」
フッと自嘲するように笑った。
「そしたらこの通りよ。笑ってほしいわ。だってお嬢様を支えることが使命なのに、さ。こんなことになって。」
「あきらめないでくださいよ…」
「どうせ、死ぬんだったらお嬢様が成年になること見届けてからがよかった。」
「そんなこと言わないで、仕事しましょう。仮にも現在の公爵邸の最高権力者の執事長とメイド長ですよ?」
「最高権力者はゆーの様ですけど?」
「フッ、それは当然でしょう?誰がそこを間違えるというのですか。」
「そうね。」
「アハハっ」
「フフッ」
「さ、がんばりましょう?やることは山ほどありますよ。」
「そうですね。」
二人は歩いていく。広い廊下を仲良くどこか寂しげに。
数日後
メイド長が死んだ。その知らせを聞いた時、どれほど嘘であってほしいと思ったか。
事前に言われて身構えていたとしてもその気持ちが変わることはないし、ショックは当然受ける。
なぜ、こうも私の周りから、大切な人々が砂のようにこの世から零れ落ちて行ってしまうのだろう…
ラキナはいつも通り執務をこなす。ほぼ、すべてがいつも通りだった。しかし、メイド長がいなくなってからラキナの机の上に積まれる書類は多くなった。ざっと、2倍ほど。
はぁ…
どんなに陰鬱でも顔にも態度にも出さないところはさすがはプロだとほめるべきであろうか。それとも、感情をもっと出せと注意すべきだろうか。
お嬢様も戸惑っておられた。急に変わったのだから、仕方のないことなのであろう。
お嬢様は最近、笑わなくなった。感情が少しづつそぎ落とされていっていたのがわかる。そして、メイド長の辞任…
まぁ気づいているのはきっと私だけだろうな。
「執事長、当主様がお呼びです。」
「わかりました。すぐ向かうと伝えください。」
「はい。」
当主は補充された。そういっても過言はない。北雪方は由緒正しき家だ。ゆーのの特別な力も加味されたとすれば親のような人を入れ、感情の安定をはかる必要もある。
はっ。まともに公務もできず、お嬢様の父親もできないとは。とんだ無能を押し付けてくれたものだ。
早歩きで歩くラキナ。現・当主に時間を取られることほど無駄で意味のないことはない。そう本気で思っているのがきっと、今は亡きメイド長にはわかっただろう。他のものは絶対気づけない、そんなかすかな感情の変化は確かにそこにあったのだから。
あんな奴に当主の座を渡すのなら、西葉方や東花方の当主に臨時自治権を与えたほうがよかった。何をしてるんだ、中央タワーの役人ども
中央タワーに一つけりでも入れてやろうかと本気で悩む。そして、ついに当主の部屋まで来たラキナ
はぁ…
当主の部屋にラキナが入る
「お呼びでしょうか?当主」
尊大な態度で椅子に座り込んでいる当主がいた
「やっと来たか。遅いぞぉ?」
「すみません」
「はっ、素直でいいことだ。おい、執事。あの、ゆーのとかいう小娘を処分したいんだ」
卑下た笑みを浮かべる当主。
は?
ラキナの顔が強張り、目に険が宿ったのを気持ちよさそうに語る当主は気付かない
「それは…」
「いいだろう?この公爵邸も地位もすべて俺のものだぁッはッはッ」
人を殺せそうなほどに強い殺気が放たれた。
「ッひ…ひぃ、」
当主はかろうじて気絶せず、ガタガタと震えラキナに向かって指をさす。
「お、お前ぇ、上が知ったら」
「フッ、お前の命とお嬢様の命。上から見てもどこから見ても、もしそれが国家転覆をはかろうとするテロリストだったとしても、お嬢様の命の方がずーと大切で価値が高いのですよ?何をいまさら当然のことを言わせるのですか?」
ラキナは胸倉を思いっきりつかんだ
「がぁっ、」
豚のように醜く吠える現・当主
あぁ、なんて愚かで醜いんだろうか。
「巨万の富が得られるのだぞっ!?」
「それが、どうした?」
それ以上醜く吠えないでくれ。殺してしまいそうだ
「ぐぬ、ぐがぁっ…人生をかえ」
ばんっ
当主が壁にたたきつけられた。5メートルは優に空中を浮いて
「か…は…………」
当主の意識は消えた。気絶。更に蹴りを入れようとするラキナ。しかしそこで
「お待ちください、ラキナ様」
カチャリというドアが閉まる音ともに声がかかり、ストップがかかった。ラキナと当主の間に一人の女性がたっていた。
入り口はここから10メートルはある。ドアの空いた音は聞こえなかった。ということは一瞬でドアを開け、さらにここまで飛んだということだ。
この女…こいつを救出するため中央タワーから派遣されたか?
ラキナは頭の中で二人まとめて殺す方法を目まぐるしく計算していた。女が自分より強いということも今の動きでわかっていたが、ゆーのが危険にさらされる可能性があるため相打ちを前提とした策を迷いなく立てていた。
「なぜだ?」
「こいつはこちらで十分に罪の意識を味合わせ、処理いたしますのでお引き取り願えますか?」
「こいつはお嬢様を侮辱した」
「そちらについてはすべて証拠がそろっております。ミファイア様でなくとも、北雪方の血筋の跡取りを殺す計画を立てたのですから、処理と断罪は当然です。考えるだけでも処理の対象です。他にもいろいろと断罪の計画をしておりますので」
ラキナは救出ではないのか、と思い、中央タワーの役人どもも少しは考える頭があるようでよかったと安心した。
「・・・いいだろう。」
「ご賢明な判断、心より感謝いたします。ジュウライ様の愛子様」
自分が北雪方当主の愛子?
カツカツとヒールの音を響かせ、その場を離れようとする女
しかし、今の言葉はラキナにとっては聞き捨てならなかった。
「まってくれっ」
「はい、なんでしょうか?」
「今、ジュウライさまといったか?」
「はい、そうですが」
「俺を拾ったのは、まさか…」
「えぇ、北雪が一人。きちんとした血筋でゆーの様が生まれる前に亡くなった前当主、ジュウライ様です」
「そうだった、のか」
あぁ、師匠。あなたは何を俺に求めていたのか、今ならわかる。
「ありがとう。止めてすまない。」
「それでは、また会う機会があれば」
その女は一瞬で目の前から消えた
私より強いものなどたくさん存在することは理解していたが、まさかここまで離れているとは、な。
顔が思わず天井を向く
あぁ、お嬢様。我らがお姫様。あなたを守り抜けるようにこれからも精進していきたい所存です。
元気に、生きていってくださいませ。
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