別れの秋
「おはよう咲。今日もいい天気だね。」
「おはよう蜜柑。今日はいつもより早いね。」
私がいつものようにコーヒーを飲みながらニュースを見ていると蜜柑が起きて来る。こんな早い時間に私が起こさなくても起きて来るなんて今日は良くないことが起こるんじゃ?
「んー、もうすぐ文化祭本番でしょ?だから私も気合い入れないとと思って。それに私気づいたんだ、朝早く起きればその分咲をぎゅっとできるってことに。」
蜜柑はいつもと変わらずずっと私に抱きついてくる。寒くなってきてるのもあって蜜柑がとても暖かく感じる。しかしあまり蜜柑にくっつかれると恥ずかしくて困る。とりあえず私は蜜柑から離れて朝ごはんを作ることにする。
「朝ごはん作りたいから離れるね。それにしても蜜柑の方の準備は順調?」
「まあ、大体の塗装は終わったし後は教室に張り付けたりするだけだと思うよ。それにしても咲のメイド姿が楽しみだよ。私もメイド咲にご奉仕してもらいたいなあ。」
「いや、蜜柑は私のメイド服見たじゃん。それにご奉仕って言ってもご飯を運んだりちょっとお話しするだけだよ。」
メイド喫茶と言っても高校の文化祭だ。特に変なことをするわけでもなくメイド服を着ていること以外は普通の喫茶店と変わらない。いや、お化け屋敷と合わせてる時点で普通の喫茶店ではないけれど。
「それでもメイド服となると全然変わるよ。咲のメイド服なんて需要ありまくりなんだから絶対にたくさんの客が来るよ。だから私が先を守らないと!」
「いや、そんなことないから。それこそ蜜柑やひまりの方が来るって。それに学園祭とはいってもそんなにたくさんの人は来ないでしょ。というかひまりは結局来てくれるのかな?」
あれからひまりにラインを送っても全て既読がつかないし学校や寮でも合わないため本当に何も話してなかった。ここまで会わないとなるとひまりに避けられてるのではとすら思ってしまう。この前ひまりと会った時さえ何だか様子がおかしかったし。
「ひまりも相当忙しいんだと思うよ。ほら、ドラマも終盤だしそもそも今のドラマの撮影が終わったらひまりは転校しちゃうでしょ?だからしょうがないよ。もちろん私からも来れるか聞いては見るけど。」
そっか、ひまりももうすぐ転校しちゃうんだ。分かってはいたけれどやっぱり寂しい。でもそれなら余計にひまりと会話したかった。このまま何も話せずにお別れはしたくない。
「そうだよね。まあ、ひまりが話しかけてくれるのを待つしかないか。」
「そういうこと。だから私達のやれることを全力でやろうよ。」
蜜柑の言う通り今はひまりの心配をしてる場合ではなかった。私達でひまりが楽しめる文化祭を作ってみせる。
とりあえず私と蜜柑は朝ごはんを食べつつゆっくりと学校へ行く準備をするのだった。
「それじゃあ、また放課後。今日は一緒に帰ろうね。」
「分かった。それじゃあまた後で。」
私はいつものように教室の扉の前で蜜柑と別れた。しかし今日は何やらいつもより騒がしかった。何かあったのだろうか?
私が扉を開けると何とそこにはひまりの姿があった。
ひまりの周りにはたくさんの人が集まっていて近づける雰囲気ではなく私は一旦自分の席に座ることにした。席に着く途中でひまりと目があったがひまりは何もなかったように目を逸らす。やっぱり私ってひまりに避けられてるのだろうか?
「おはよう日野さん。今日も文化祭の準備頑張ろうね。」
私が席に着くと隣の席の柳さんが話しかけてくれる。柳さんはいつも通り優しくて安心する。
私が柳さんと話していると綾乃達も来ていつものメンバーになる。前はここにひまりもいたが最近はいなかったせいで何だか寂しく感じる。今だって他のクラスメイトと話していて忙しそうだ。
「おはよう、みんな。もうすぐ本番だから頑張りたね。」
「そうね、私達の塗装はもう終わるとして二人はどう?」
「ポスターも作ったし、服やテーブルも揃ったから設置したりすれば大体は完成かな。」
私達のグループは本番で必要な物の調達と広告の作成がメインだった。東くんや安立さんのおかげでポスターやチラシは完成したし私が大体の必要なものを調達したので本番までに忙しくことはもうなかった。
「それはええなあ。柳ちゃんの方はどうなんや?」
「私の所も順調だよ。私達はどちらかと言うと本番が忙しいと思うから。」
「ちゃんと美味しい料理は作れるようになったの?本番で食中毒とか起きないといいけど。」
「さ、流石に大丈夫だと思うよ。ちゃんと城戸さんに教えてもらったから。」
最初こそ柳さんの料理は壊滅的だったが今はある程度良くなりお客さんに出せるくらいにはなったらしい。そのレベルになるまで付きっきりで見てくれた城戸さんには頭が上がらない。城戸さんにはこの前から助けて貰ってばかりだ。
「それにしても本番が楽しみやね。ひまりちゃんも今日は来てるし本番も来てくれるといいなあ?」
「そうだよね。きっと来てくれるよね。」
今もひまりと話せないでいるのがもどかしい。この前まではひまりはずっと私達と一緒だったのに。
「・・・そうだといいね。でもそれは南雲さん次第かも。」
「南雲さん次第ってのは?柳さんは何か知ってるの?」
柳さんは動物園で会った時にも思ったがひまりについて何か知ってるようだった。もしかしたらひまりがこうなった原因も分かっていて黙ってるのだろうか?
「まあ、日野さんを見てたらある程度分かるよ。むしろ日野さんが鈍感すぎるだけと思うけど。それよりも浅野さんに呼ばれてるよ?」
そう言われて振り返って見ると確かに蜜柑が私を呼んでいた。本当は柳さんに色々と聞きたいが今は蜜柑のところへ向かうことにした。
「ごめん、それじゃあちょっと言って来る。」
「うん、気をつけてね。」
柳さんは笑顔で手を振ってくれる。私は急いで蜜柑のところへ向かうのだった。
「でも良かったんか?ひまりちゃんが咲ちゃんのことでずっと悩んでるって言わないで。」
「そんなこと日野さん本人には言えないよ。日野さんは鈍感で優しすぎる人だから今はこのままでいいよ。」
「いや、でもそれじゃあひまりが傷つくだけなんじゃ?」
二人の心配も分かる。おそらく南雲さんはこのまま告白せずに日野さんの前から消えるつもりだ。確かにその方がお互いに傷付かずに済むかもしれない。
それが正しい選択かはともかく南雲さんが選んだ道であるなら私は止めることはない。
そのために浅野さんも上手くやってるしこのままいけば南雲さんの作戦通りになると思う。
「南雲さんも日野さんも優しすぎる。だからこうやってすれ違いが起きるんだね。」
「それじゃあ私達はこうやって見てるしかないって言うの?」
「なんかもどかしいなあ。もっと力になってあげたいのにな。」
確かにこれでは南雲さんの心の傷は計り知れない。それに日野さんだって傷つくことになる。
本当にこのままでいいの南雲さん?
「急に呼んでどうしたの?」
「急に呼んでごめんね。実は霞先生に頼んでた食器がやっと来たらしいから咲に運んで欲しいんだ。本当は私も行きたいんだけど忙しいから。」
蜜柑は申し訳なさそうに謝る。食器はそれぞれの家庭から持ってきたのだが残りの足りない分は霞先生が用意するという話だった。しかしそれなりに量があった筈だ。
「それなら任せて。でも私一人で運べるかな?」
「それもそうだね。他にも誰か呼ぼっか。ひまりー、咲と一緒に食器を運んでくれる?」
蜜柑が呼ぶとひまりはいつもと変わらない様子でやって来る。
「大丈だよ。それじゃあ行こっか咲ちゃん。」
私は軽く頷いてひまりと二人で職員室に向かうことにした。
「それじゃあ、二人とも気をつけてね。」
それにしてもこの前までは明らかに様子がおかしかったが今日はいつも通りのひまりだ。あれは私の勘違いだったのか。
「久しぶりだねひまり。やっぱり仕事は忙しかった?」
「忙しいけど大丈夫だよ。それより咲ちゃんこそ文化祭大変じゃなかった?あたしも本当は手伝いたかったんだけどなかなか行けなくて。」
「忙しい中来てくれるだけで嬉しいよ。私はもっとひまりとお話ししたいから。」
「そっか、それもそうだね。そう言えば咲ちゃんに言わないといけないことがあるんだ。」
ひまりの声のトーンが低くなった。私はその時何か嫌な予感がした。
「あたしはもう転校するから咲ちゃんとは会えないんだ。いままでありがとう。」
ひまりの発言はまるでもう会わないかのような発言だ。
「何言ってるのひまり?確かにひまりは転校しちゃうけど、どこかで会えるよ。学校以外でもまた遊ぼうよ。」
しかしひまりの表情はとても曇っていた。
「ごめんね咲ちゃん。あたしはもう咲ちゃんとは会いたくないんだ。だから今日でお別れにしようと思って学校に来たんだ。それじゃあね。」
ひまりはそれだけ言って私に背を向けてどこかに行こうとする。
私にはその言葉の意味が分からなかった。
私は息が荒くなる。ひまりが何を言ってるのかが分からなかった。私と会いたくないとはどういうことなのか。
「待ってよひまり。突然すぎるよそんなの。どういうことか教えてよ?」
しかし私がどんなに叫んでもひまりがこちらを向くことはなかった。
「ひまり、ねえ何か言ってよ?」
私の叫び声だけが廊下に響くのだった。




