楓先輩の秘密の特訓
ここは大きなお城の中、そこで私はこの国で一番美しい王子様に話しかけられた。
「そこのお嬢様、ぜひこの私と踊って欲しい。」
「ええ、喜んで。」
私はスカートを軽く持ち上げて王子にお辞儀をする。とても大きなお城の真ん中で私は王子と踊る。お互いにリズム良く踊り、その様は誰の目から見ても美しくこれ以上ないペアだった。カツ、カツとガラスの靴の音が城中に響き渡りその度に周りから歓声のようなものが聞こえる。しかし、そんな幸せな時間も長く続くことはなかった。
気がつけば十二時に近づいており、カーンと大きな金の音が鳴る。それと同時に私は王子から逃げるようにして去っていった。
「おお、お嬢さんよ。一体どこへ行くのですか?」
「失礼ですが王子様、私はこれ以上貴方と踊れません。十二時の金が鳴りましたので私はこれで。」
「待ってくれお嬢さん。せめて君の本当の名だけでも。」
しかし王子の声も虚しくシンデレラに届くことはなかった。
「なんて美しい娘なんだ。私の婚約相手はもうシンデレラ以外に考えられない。」
こうして王子はシンデレラの大捜索を始めるのでした。
「カット、カットー。いいじゃん、ちゃんと形になってるよ。とりあえず大体の動きは分かった?それじゃあ、一旦終わろっか。」
安立さんの合図とともにここで劇は一旦終わるのだった。あれから寮でもずっと練習してある程度の演技はできるようになっていた。それにしても主役は出番が多くて疲れる。
「日野さん頑張ってるね。ちゃんとセリフも覚えてるしこれなら本番までには間に合うと思うよ。」
私が休憩していると安立さんと東くんが隣に座る。この二人はよく一緒にいるけれど仲がいいのだろうか?それにしても演劇の練習中二人がいてくれてよかった。東くんは王子役として私をサポートしてくれるし安立さんも的確なアドバイスをくれるからありがたかった。何より東くんの演技が完璧すぎて合わせやすい。東くんも劇に出るのは初めてと言っていたがとても初めてとは思えないくらいに上手だった。
「そうね、日野さんはセリフは完璧なんだけどまだ動きが辿々しいからそこを本番までには練習して欲しいかな。」
「そっか、それなら頑張ってみる。もっと練習してみるよ。」
できるだけ自然に演じようと思っても緊張してしまう。だから私もひまりのように自然な演技ができるようになりたかった。実は演劇をするにあたってひまりのドラマを見ることから始めたのだ。ひまりの演技はどれも完璧でそのキャラに完全になりきっていた。それでいてひまりの純粋無垢な感じも残ってるから人気が出るのも良く分かる。ひまりほどとはいかなくてもひまりが見て笑ってくれるような劇にしたかった。
「まあ、まだ時間はあるから本番までに出来ればいいから焦る必要はないよ。」
「ええ、だから今は一度休むべきね。」
「それなら忙しそうなところを手伝って来るよ。私達の班は大体終わってるから。」
「おっけー、それじゃあ頑張って。」
私は二人に手を振るとそのまま他の班の手伝いに向かった。最近はクラスのみんなとも意思疎通をとるようになりかなりクラスに馴染めるようになった。まあ、そのせいでなぜか柳さんと蜜柑な機嫌が少し悪いのだけれど。
「ねえ、何か手伝えることはあるかな?」
とりあえず私は柳さんがいる調理班の所へ向かった。この前柳さんの料理が壊滅的なことが判明したがあれから柳さんの料理の腕は上がったのだろうか?
「あっ、ちょうどいいところに来てくれたね。ちょうど柳さんが試しに料理を作るところだったから日野さんも食べてくれるよね?」
城戸さんはすごい圧で私を見つめる。どうやら城戸さんは柳さんに料理を教えていたようで若干疲れてるように見えた。しかし私は柳さんの料理に少しトラウマがあった。もちろんあれから進化してるだろうけれど正直恐怖心がある。
「あはは、私用事思い出したらまたね。」
「用事なんてないでしょ。日野さんは優しいから一緒に食べてくれるよね?」
城戸さんは笑顔で私を見つめるが目が笑っていない。まるで一緒に地獄に落ちてくれた言われてるようだった。ここまで来たら私も覚悟を決めるしかない。
「分かった。それなら食べるよ。」
私と城戸さんは死を覚悟しながら席について柳さんの料理を待った。
席に座って少し待っているとすぐに柳さんが料理を持ってこちらにやって来たよ。
「二人とも出来たよ。この前よりは上手く出来た自信あるから。」
そう言って柳さんはパンケーキをテーブルに並べ始める。確かに前より匂いも形もちゃんとしており少なくとも前よりはマシに見える。
「じゃ、じゃあいただきます。」
私と城戸さんは手を合わせてい恐る恐るパンケーキに手をつける。柳さんだけでなく他の調理班まで緊張した雰囲気で私達を見る。
「あれ?普通に美味しい。」
私は身構えたがちゃんと柔らかくて美味しい普通のパンケーキだった。まさかこの短期間でここまで進化するなんて。感動してしまった。
「ええ、ちゃんと美味しいしこれならお店にも出せる
ね。私が教えた甲斐があったわ。」
「本当に?ちゃんと美味しい?」
「まあ、まだふわふわさが足りないけどそれも私がまた教えてあげるから。」
「よかったよ日野さん。私もっと料理頑張るからね。」
「うん、頑張って。柳さんのこと応援してるから。」
とりあえず料理班は無事問題が解消されて良かった。それから他の班にも回ったが特に手伝う必要もなく、私は本当に暇になってしまった。それなら暇だしひまりのドラマの続きでも見てようかな。そう思っていると安立さんがやって来る。何かあったのだろうか?
「ねえ咲、すっごい美人の先輩が呼んでるよ。」
誰かと思いドアを開けるとそこには何故か楓先輩がいた。クラスのみんなは楓先輩の方を見ていた。楓先輩は美人だからすごく目立つ。クラス全体がざわついていた。
「もしかして私に用事ですか?」
「うーん、特に用事があるわけじゃないんだけど咲ちゃんとお話ししたいなと思って。今時間あるかな?」
「はい、ちょうど暇してたので大丈夫ですよ。」
「そっか、それなら安心したよ。じゃあ早速屋上でも行こっか?」
楓先輩はそう言って私の手を握る。先輩の手は私の手より大きくて暖かい。
「ちょっと待って。それなら私もついて行きたい。」
「だーめ。蜜柑はこっちの手伝いをしなさい。」
蜜柑はいつものようについてこようとしていたが綾乃にちゃんと止められていた。蜜柑も忙しそうだね。
とりあえず私は楓先輩と一緒に屋上へと向かうのだった。
「それで急に屋上に呼んでどうしたんですか?」
「うーん、特に意味なんてないよ。息抜きは大事でしょ?咲ちゃん最近忙しそうだったから。」
楓先輩はにこやかに笑う。確かに暇だったけれどこんなところで休んでいいのだろうか?楓先輩は割と自由なところあるから困る。それにしても屋上なんて初めて入った。学校全体を上から見渡すのはとても新鮮で心地よい。やっぱりいつ見てもこの学園は広い。
「それにしても劇は上手くいってる?私咲ちゃんの劇楽しみにしてるから。」
楓先輩は全てを見通したような目で私を見る。楓先輩には隠し事も意味がない。
「それがあまり上手くはいってないんです。まだ動きがおぼつかないというか。どうしても緊張してしまうんです。」
田舎とは違い都会は人が多くて緊張してしまう。人が多いとどうしても他に目がいってしまう。
「そっか、確かに大勢の前に出るのは緊張するよね。だけど最初はそんなんものだよ。それにいつしか慣れると思うからそれまでずっと練習あるのみだよ。」
「先輩はかっこいいですね。私も先輩のようになりたいです。」
「そんなこと言われたら照れちゃうなあ。でも実は私も昔は人と話すのが苦手だったんだから。」
「先輩がですか?信じられません。」
こんなに人前でも堂々としてる先輩が話すのが苦手だったなんて信じられない。初対面でも優しく話しかけてくれるコミュ強なのに。
「驚きすぎだよ咲ちゃん。私だって完璧人間じゃないんだから。今でこそ部長としてみんなの前に立ってるけど昔は一人の方が好きだったし友達も少なかったんだから。」
そんなこと言われても信じられないが楓先輩のどこか寂しそうな表情を見ると本当のことなんだと感じてしまう。蜜柑やひまりだって普段は明るく振る舞っているけれどその中で悩みを抱えていることを最近知った。
「私はね、他の子よりも感性が独特だったからしょうがないよ。別に一人でいても辛くはなかったし。でも中学の途中に入ってから自分を変えたいと強く思うようになってそれでいっぱい努力したんだよ。だから咲ちゃんもいっぱい努力するといいよ。もし今の自分があまり好きじゃなかったとしても変わることはできるから。もちろん今の咲ちゃんも好きだから無理に変わる必要もないんだけどね?」
私はどう頑張っても楓先輩や蜜柑のような強い人間には慣れそうにないけど今の楓先輩の話は私の心に強く響いた。もっとたくさん頑張りたい。
「先輩のおかげで勇気が持てました。絶対に楓先輩が見ても面白いと思ってもらえる劇にします。」
「ふふっ、私以外と劇には厳しいからね?それとさっきの話は誰にも話さないでよ。こんなこと誰にも話してこなかったからさ。」
「そうなんですか?それじゃあ何で私に話したんですか?」
「そうだね、咲ちゃんになら話してもいいかなって。咲ちゃんなら他人に言いふらしたりはしないでしょ?それに何だか咲ちゃんと私は似てるなって思ったから。」
「そんなことないですよ。楓先輩と私じゃ月とすっぽんですよ。」
私と楓先輩が似てるなんて畏れ多い。だって美人でみんなの憧れの先輩と私に似てるところなんて一つもない。それでも楓先輩が私に心の内を話してくれたことはとても嬉しかった。
「あはは、咲ちゃんは自己評価が低いね。咲ちゃんは可愛いからもっと自信持ちなよ。」
柳さんや蜜柑にも可愛いとは言われるけれど自信を持てない。だって蜜柑やひまりとかの方が圧倒的に可愛から。
「それと暇だし咲ちゃんの劇を見たくなっちゃったな。私に少し見せてくれない?王子役なら私がやってあげるから。」
楓先輩は立ち上がると私に手を差し出す。その手はとっても綺麗で握るのを躊躇ってしまう。けれどひまりに喜んでもらう劇を作るためなら私は何だってする。その勇気を今楓先輩にもらったから。
私は楓先輩の手を取って劇の練習を始めるのであった。




