芸術の秋
「それじゃあ行って来るね。」
私はお気に入りのコートを着て髪を整えてドアを開ける。外は寒く、少しずつ秋の気候になってきたように感じる。私は帽子を被り外へ出ようとするのだが蜜柑が手を握ったまま離してくれない。
「嫌だ。やっぱり私も咲とお出かけしたいよー。」
今日は休日ということでこの前から柳さんと約束していた美術館へ行くことにした。そのため学校の校門で集合する予定なのだがいつものように蜜柑が私も行きたいと駄々をこねている。私が他の人と外に出る時は毎回こうだ。今回も一応柳さんにお願いしてみたが柳さんは二人きりがいいというので蜜柑にはお留守番してもらうしかない。柳さんと蜜柑は仲があまり良くないから私としても今日は柳さんと二人でいた方がいいと感じていた。
「蜜柑ってばたまには一人で過ごしたら?そんなに私と遊びたいの?」
蜜柑はずっと私にくっついてるし一人でいる所を見たことがない。蜜柑は私が勉強してる時や読書してる時も構ってとうるさいしクラスでも常に誰かと一緒にいるし一人でいる所を想像できない。
「だって咲がいないと暇なんだもん。それに咲が他の人と遊んでると思うと嫌なの。咲だって私が他の子と遊んでたらモヤモヤしないの?」
「私は蜜柑が誰と話してても騒いだりはしないよ。だって蜜柑のことに私が口出しするわけにもいかないでしょ?」
これは嘘だ。私も実はクラスで少しモヤモヤすることがある。蜜柑は可愛いし明るくて誰からも好かれる性格だからしょうがないけど蜜柑が他の人に笑顔を見せるたび少しモヤモヤしてしまう。誰かが蜜柑にくっつくたび私は心配になってしまう。蜜柑は私によくベッタリだけどそれもただの馴れ合いでしかないと思うと心が傷んでしまう。それでも私は蜜柑を束縛するつもりもない。蜜柑を大事に思ってるからこそ私は蜜柑に自分の気持ちをぶつけないと誓った。
「むー、私はこんなに咲と一緒にいたいのに。それに柳さんに何されるか分からないよ?」
蜜柑は私に抱きついて離さないがすでに約束の時間が近づいていた。仕方なく私は無理やり蜜柑を離して部屋を出ることにした。
「もう時間だから行ってくる。蜜柑ともまたお出かけするから今日は勘弁して。」
蜜柑は明らかに納得したような顔ではなかったがそれでも今回は勘弁してほしい。二人が一緒にいると何が起こるか分からない。それに他の友達と遊ぶ度にこのやりとりをするとなると流石に疲れてしまう。
「もう、咲のバカ。鈍感たらし女。私以外の人と話さないでよ。」
蜜柑が何かぼやいているが聞かなかったことにして外を出た。風が吹いて少し肌寒い。コートを着ないと風邪をひいてしまうかもしれない。私は少し急ぎ足で校門の近くまで行くとそこにはすでに柳さんがいた。柳さんは毎度学校まで来てくれるから私としてはとても助かっている。
「やっほー、柳さん。いつもここまで来てくれてありがとう。」
私が声をかけるといつもの儚げそうな顔が一気に明るくなる。柳さんのその楽しそうな顔が私は好きだった。
「大丈夫だよ、私がやりたくてやってるから。それに今日の日野さんもとても可愛いね。風邪を引く前に早速向かおう?」
「そうだね。じゃあ歩いて行こっか。」
いつもは柳さんの高級車で目的地へと向かうが今日は歩いて美術館へと向かう。学校から美術館まで距離も近いしたまには歩きたいと柳さんが言ったためである。そのため緑さんは学校の敷地内で待機するようだ。黒スーツだし不審者と間違われなければいいのだけれど。
「ふふ、日野さんと二人でお出かけしたいと思ってたから嬉しいよ。私この日をずっと楽しみにしてたの。」
「うん、私も柳さんとお出かけしたかったよ。それに美術館も普段行かないから楽しみなんだ。柳さんは美術館館とかよく行くの?」
「私もあまり美術館に行くことはないかな。でも昔から絵画とか見るのは好きなの。何だか見てて落ち着くというか。」
「分かるよ。私も少し興味あるから。」
私も絵画や彫刻を見るのが好きだから柳さんの気持ちも分かる。ただ私の住んでたとこには美術館はなくテレビや本で見るしかなかった。故にレプリカとはいえ実物を見れるのはとても楽しみだ。それに今回行く美術館はかなり大きくて有名な場所だった。確か鈴ちゃんがずっと行きたいと言ってた所だっけ。
「それにしても今日一日で回れるか不安だよ。だってとっても大きいんでしょ?」
「うーん、全部回るのは無理かも。この町の美術館はすごく大きいから。日野さんも入ったらびっくりすると思う。けど全部は回れなくても絶対に楽しいから安心して。」
美術館の大きさはよく知らなかったが鈴ちゃんがとにかくすごいと語っていた。鈴ちゃんは絵が上手でよく賞を受賞していた。だから私も芸術に少し興味を持ったのだ。鈴ちゃんの描く絵はどれも幻想的で綺麗だったから。
「それにしても少し寒いね。手とか繋ぎたいな?」
「いいよ、それじゃあ繋ごっか。」
柳さんが手を繋ごうとするなんて珍しい。蜜柑やひまりはよくくっついてくるが柳さんがくっついてくるイメージはなかった。柳さんの手はとても小さくってひんやりとしていた。手もとても白くて綺麗だが顔は何故か真っ赤になっていた。もしかして本当は恥ずかしいのだろうか。
「ふふっ、日野さんの手は温かくて優しさを感じるね。日野さんの手は温もりを感じれて落ち着くよ。」
「な、何だか改めて言われると少し恥ずかしいかな。でも私も柳さんと手を繋げて嬉しいよ。」
「ご、ごめん。今の話は全て忘れて。そんなことより日野さんの方は文化祭の準備は順調?」
柳さんは顔を真っ赤にしたまま話を急に変更した。相当恥ずかしかったんだなと思うと思わず笑いそうになる。それにしても文化祭の準備だが私の方は割と上手くいっている。
私たちは何個かの係に分けて作業をしていた。そして私や蜜柑は調達がメインでとりあえず必要なものをひたすらに集めていた。服やダンボールは集まったが調理道具や飾りなどまだ数が足りないものもいくつかあった。後は他の係の手伝いをしたりして特に思い詰まることはなかった。まあ、私達以外の係が割とやばいんだけどね。
「そういえば文化祭も近いけど料理の調子はどんな感じ?」
あれからずっと料理の練習はしていたけどどれだけ上手になったかは知らなかった。ただ私達が作業してる時に城戸さんが何やら怒っていたのは見かけたからまだかなり時間がかかりそうな気もする。少なくもあの時のようなゲテモノではないと信じたい。
「それは何というかまだ練習してるとこかな。城戸さんが教えてくれるから上達はしてるけどまだお客さんに出せるほどではないかな。まさか普段から料理をしない弊害が出るとは思わなかったから。」
さすがお嬢様。本当は私が柳さんに料理を教えてあげたかったが私には教えてあげる時間がなかった。そう思うと丁寧に教えてあげてる城戸さんって優しいな。
「まあ、どうにかなると思うよ。料理なんて慣れだし。でも柳さんも可愛いんだから表に出ればいいのに。」
「だって私は恥ずかしいから。でも日野さんのメイド姿は楽しみだよ。絶対可愛いと思うから。」
「でも私は柳さんの可愛い格好も見てみたいかな。」
柳さんは可愛いからどんな服も似合うしお客さんも喜ぶと思う。何より私が一番見たかった。柳さんならお嬢様の格好とか似合いそう。
「日野さんが見たいの?でも私は似合うかな?」
「絶対に似合うから安心していいよ。本当に少しでいいから着て欲しいな。」
「そんなに日野さんが着て欲しいなら着てみようかな?でも日野さんとお揃いのやつがいいかな。」
柳さんは顔を真っ赤にしてとっても恥ずかしがってるのが分かる。私も服を着るの自体は恥ずかしいけど蜜柑や柳さんが一緒に着てくれると安心する。
「もちろん。それなら一緒のやつにしよっか。文化祭が楽しみだね。」
「うん、私もずっと楽しみにしてる。文化祭は日野さんと過ごしたいな。」
そんな話をしているとすぐに美術館に辿り着いていた。まさかこんなに近いとは。この距離ならいつでも行ける。
とりあえず私は柳さんの手を繋いだまま美術館の中へと向かった。
「すごい、思った以上に大きいね。これじゃあ確かに回りきれないかも。」
私達が中に入るとそこにはとても広い空間がありそれぞれのエリアの入り口があった。彫刻、絵画などがテーマごとに分かれていた。最初はどのエリアに行こうか迷ってしまう。というかここにたくさんの展示品があると思うと楽しみで仕方ない。
「ふふっ、とっても楽しそうだね。最初はこっちの絵画から見てみよっか。」
「そ、そうだね。とりあえず柳さんについて行くよ。」
少しテンションが上がっていたところを見られて少し恥ずかしい。とりあえず場所が分からないから柳さんに案内されながら絵画から見ることにした。
絵画はどれも綺麗で一つ一つ時間をかけて見てしまう。絵画というものは作者の想いなどが感じられるから好きだ。私が隣を見ると柳さんも真剣な表情で絵画を見ていた。
「どれもすごく綺麗だね。作品というものは自分の気持ちを人に伝えることができるから大好きなの。国や時代が違ってもその作品で繋がれるって素敵でしょ?私が小説が好きで趣味で描いてるのも同じ理由なんだ。」
私も柳さんと全く同じ意見だ。それに絵画を楽しそうに見る柳さんはいつも以上に笑顔で普段見ない感じだ。私まで笑顔になる。
「私も柳さんと同じ気持ちだよ。それと柳さんの小説も読みたいな。」
「そ、それはまたいつか機会があれば見せるかな。それより一通り絵画は見たし次のところ行こっか?」
何か誤魔化された気がするがとりあえず私と柳さんは絵画エリアの外を出た。
「次はどこ回ろうかな。ってあの絵見ていい?」
「いいけどどうしたの?」
ロビーに戻るとそこには複数の絵が飾ってあった。どうやら高校のコンクールの受賞した作品らしい。そしてそこには私のよく知ってる人の作品があった。
その絵には故郷というタイトルと共にとても自然豊かな風景が描かれていた。私のよく知る町でとても懐かしい雰囲気になる。絵の横に鈴蘭と小さく描かれていた。
「うわあ、鈴ちゃんの絵だ。やっぱり相変わらず絵が上手いや。」
鈴ちゃんの絵は一番目立つ場所に飾ってあり絵のことに大きく金賞と描かれていた。昔から鈴ちゃんはたくさんの賞を取っていて感心する。
「えっと篝さんは日野さんの友達なの?」
「うん、鈴ちゃんは小さい頃からずっと一緒なんだ。昔からずっと絵が上手なんだよ。」
「へ、へえそうだったんだね。そ、そんなことより次の場所に行こっか?」
どうしてか少し柳さんの様子がおかしくなった気がする。まるで何かに動揺しているようだった。あれ?というか何で柳さんが鈴ちゃんの苗字を知ってるのだろうか?
私はよく分からないまま次の場所へと向かった。
「ふふっ、とても楽しかったね。」
「うん、今日一日本当に楽しかったよ。」
私達は外へ出てお互いに感想を語り合う。まさか美術館がここまで面白くて楽しいところだとは。寮からも近いし今度また行くのもいいかもしれない。
「今日は日野さんと二人で来れてよかったよ。また今度二人で遊びたいな。」
「もちろんだよ。私も柳さんとまた遊びたいな。」
私が微笑むと柳さんはもじもじしながらこちらを見ていた。顔まで真っ赤にしてどうしたのだろうか?
「えっと、それで日野さんがよかったら何だけど今から私の家に来ない?まだ時間はあるしお茶とか飲みながらお話ししたいと思って。」
私ももっと柳さんとお話ししたいと思っていたから丁度よかった。それに柳さんの豪邸は少し気になる。
「いいよ。時間もまだあるし柳さんの家に行きたいな。」
「ちょっと待ったー!だめだよ柳さんの家に行ったら。」
私達が柳さんの家に向かおとしたその時何故か目の前に蜜柑と椿の姿があった。蜜柑は突然私に抱きついてくるし椿は呆れた顔をしている。そして何よりすごく嫌な予感がする。
「蜜柑がどうしてここに?それに椿まで。」
「ごめんね二人共、蜜柑には止めようって言ったんだけど聞こうとしないから。それにアタシだって休んでたのに急に呼ばれて本当に迷惑なんだけど。」
「気をつけて咲。柳さんは咲を家に連れ込んでいかがわしいことをするつもりだよ。」
いや、蜜柑は柳さんを何だと思っているのだろうか。柳さんに限ってそんなことするわけがない。
「私はただ日野さんとゆっくりお話ししたいと思っただけだよ。浅野さんこそ日野さんに変なことするつもりでしょ。」
「そんなことしないよ。私はただ咲のことを大事に思ってるだけだから。咲一人じゃ心配だから私もついてくよ。変なことするつもりじゃないなら私がいてもいいでしょ?」
「まあ、別に構わないよ。私は日野さんとおしゃべりしたいだけだし。それなら今すぐ私の家に行こう?」
よく分からないがこのままだとある大変なことが起こりそうな気がする。
「そういうことだから柳さんの家にレッツゴー。もちろん、椿も来てね。」
「はあ、何で私まで?普通に帰りたいんだけど?」
何故こうなったのか。私はただ柳さんと楽しくお出かけがしたかっただけなのに。
明らかに良くない雰囲気で私はもう帰りたくて仕方なかった。




