文化祭 終幕
視点がころころと変わります。
「えっと、その何でお母さんが学校にいるの?」
突然現れたお母さんにあたしは何を話せばいいか分からずたじろぐことしか出来ない。お母さんは忙しいのにこんな所にいて大丈夫なのだろうか?
「あれが南雲さんのお母さんか。すっごい美人なんだけど。」
「ねっ、さすがベテランな役者なだけあるわ。」
教室内ではお母さんが人気な役者ということもあってざわついていた。あたしとしては早くここから逃げたくてしょうがないけど。
「そうね、貴方のドラマの撮影が終わったから現場で少し話したかったのだけれど貴方がすぐにどこか行ってしまうから追いかけてきたのよ。」
「そ、それはちょっと急いでたから。それにお母さんがあたしに話したいことがあるって珍しいね。」
お母さんは忙しくて普段中々話せない為お母さんの方からここにやって来るなんて思いもしなかった。
やっぱり最初は転校したくないということを伝えるべきだろうか。
「普段忙しくて貴方と話せない分こういう時だけでもちゃんと話がしたかったの。いつも一人ぼっちにさせてごめんね。」
お母さんはあたしの手を優しく掴んで軽く微笑んだ。お母さんと正面を向かって話すのも久しぶりだから少し恥ずかしかった。
「別に大丈夫だよ。お母さんが忙しいのは分かっているし。」
あたしも中学の頃は中々家に帰ってこないお母さんのことが嫌いだった。お父さんとお母さんが離婚してからは二人で暮らしていたからお母さんがいない時はずっと一人だった。
だから蜜柑ちゃんと椿ちゃんだけがあたしの大事な居場所だった。
「そう、いつの間にか貴方は強くなっていたのね。昔の貴方は寂しがりやだったのに。」
「そんなの昔の話だよ。あたしだって成長してるから。」
恥ずかしくなったあたしはお母さんからそっと目線をずらした。
あの時は辛かったけど女優の活動をしている今ならしょうがないなと思ってしまう。それにお母さんの役者としての姿が小さい頃からずっと大好きだった。だから女優に憧れたんだ。
「それにしても鏡音さんから貴方の話は聞いているわ。友達も沢山出来て上手くいってるそうね。」
「うん。忙しくて中々学校に来れないあたしにみんな優しく接してくれるんだ。」
咲ちゃんのことを考えると自然と笑顔になる。
あたしは今まで何度か転校してその度にいろんな人と関わって来たけどここまで心を開けたのは咲ちゃん達が初めてだ。だから転校したくない。この気持ちをお母さんに伝えないといけない。
「貴方がここまで笑ってるのを初めて見たからびっくりしたわ。私は前から貴方が転校先で上手くいってなさそうなことを心配してたのよ。」
「お母さんが心配してくれてたの?」
「私の娘なんだから当然よ。貴方は昔から人見知りで中々人と関わらなかったでしょ?だからこの学校で上手くいってるようで本当に良かったと思うわ。」
お母さんは仕事一筋の人だと思っていたからあたしのことを心配してるのは意外だった。確かに家政婦を雇ったりはしてくれたけどそれも義務でやっているものだと思っていたのに。
「今のあたしは人生で一番楽しんでるよ。だからこそ本当は転校なんてしたくないよ。」
あたしは震えながら顔を下に向ける。もしかしたらお母さんは怒っているかもしれないと思うと怖くて顔を上げることが出来なかった。
「そう、貴方はやはり私の子供ね。貴方は今の仕事に誇りを持っている?」
お母さんは怒ってる様子はなくただいつもと変わらない様子だった。
「もちろんだよ。あたしはここに残りたいけど女優を辞めるつもりはないよ。あたしだってやりたくてやってることだから。」
辛い時も楽しい時もあたしを支えてくれたのは女優の仕事だ。それにあたしが女優として活動することで喜んでくれる人がいるのが嬉しかった。
何より小さい頃からの憧れを止めることなんて出来なかった。
お母さんはあたしの目を見て優しく微笑んでいた。まるであたしの考えが分かっていたように見える。
「貴方の気持ちは分かったわ。ただここに残ったまま仕事を続けるのは大変よ?仕事の数だって減るし学校を休みながら勉強もしないといけない。そこまでしてここに残りたいと本気で思ってるの?」
お母さんの質問にあたしも微かに笑った。確かにお母さんの言う通りこの先は大変かもしれない。でもそんなことがどうでもよくなるくらい咲ちゃん達と離れたくなかった。
「もちろんだよ。あたしはもうみんなと離れたくない。だから仕事も学校もここで頑張りたい!」
あたしは今まで話せなかった分を全てお母さんにぶつけた。今までずっと躊躇っていたけれど咲ちゃんのおかげでお母さんにこの気持ちを伝えることが出来た。
「貴方の気持ちは理解したわ。一時の感情で言ってる訳でもないだろうし、マネージャーさんには私の方から説得しておくから。」
「いいの?お母さんは怒らないの?」
思った以上にあっさりと認められてあたしはキョトンとする。お母さんはもっと堅いイメージがあったから意外だ。
「貴方が悩んで本気になって決めたことなら私は怒ったりはしないわ。それに私だって貴方に苦労をかけたことに責任を感じてるのよ。」
「お母さんありがとう。大好きだよ。」
周りにはクラスのみんながいるがあたしは気にせずにお母さんに抱きついた。本当はずっとこうやってお母さんに甘えたかった。
「ええ、私もひまりのことを愛しているわ。これからも元気な子でいて頂戴ね。」
「もちろんだよ。これからもあたしは頑張りつづけるよ。」
あたしはこれからもお母さんと咲ちゃん達、そしてあたしのことを好きでいてくれるファンのために頑張り続けたい。
周りもあたしとお母さんを見て賑やかに笑っていた。特に咲ちゃんはあたしの顔を見て微笑んでくれた。やっぱり咲ちゃんを見るとドキドキしてしまう。
「それにしてもひまりがここまで変わるなんて絶対何かあったよね?やっぱり恋でしょ。」
「なっ、お母さんってば急に何言ってるの?みんながいるのに恥ずかしいよ。」
突然変なことを言ってくるお母さんにあたしは顔を真っ赤にする。近くに好きな人がいるのに本当のことを言える訳がない。
「ほら、顔が赤くなってる。クラスメイトなの?それとも芸能人?」
「もう、内緒に決まってるでしょ。とりあえずこの話はナシ!」
周りもざわついてる中あたしは無理やりこの話を終わらせた。これ以上恥ずかしくなるとあたしがあたしじゃいられなくなる気がした。
「夏希さん、次の仕事までもう時間がありません。早く準備をしてください。」
「あら、もうそんな時間なの。本当はもっと話したかったけれどまた今度ねひまり。」
あたしとお母さんが話してくると教室にスーツ姿の女の人が入ってくる。おそらくお母さんのマネージャーだ。もしかしてお母さんは時間がないというのに無理やり予定を開けてくれたのだろうか?
「次はもっとゆっくりとお母さんと話したいな。だからお母さんと二人で話せるその時まであたしは頑張るから。」
「ふふっ、本当にひまりは成長したわね。それじゃあ頑張って。それとひまりをよろしくね日野さん。」
お母さんはそれだけ言って教室を出て行った。なんとも嵐のような人だ。
それにお母さんは何故か咲ちゃんの名前を知っていた。ということは空ちゃんあたりが話したということか。ともすればもしかしたらお母さんはあたしが咲ちゃんのことを好きなのも知っていたのかもしれない。
「やったね、ひまり。これでまたみんなで楽しくすごせるよ!」
「私もひまりと一緒にいれて嬉しいよ。もっと沢山話そうね。」
蜜柑ちゃんがあたしに抱きついて咲ちゃんも手をぎゅっと握ってくれる。
「あたしもみんなとずっと一緒にいたい。これからもよろしくね。」
あたしは演技でもなんでもない自然な笑顔で微笑む。
これからも咲ちゃん達と一緒に成長していきたい。
「よーし、もう暗くなってきたしそろそろパーティーもお開きにしよっか。」
気がつけば外は既に暗くなっており、みんな片付けに取り掛かっていた。先生に見つかったら怒られるどころの騒ぎじゃない。
それにしても今日一日で色んなことが起きすぎて限界だった。明日は休日だから寮の中でゆっくりするつもりだ。
「咲っち、今日はお疲れ。それじゃあ、私達はもう帰るから。」
私が片付けをしているとなのちゃんが後ろから抱きついてくる。
「そっか、もうそんな時間なんだね。なんだか寂しいよ。」
みんなそれぞれ予定がある為、中々全員が揃うことは難しい。だから本当はもっと一緒にいたかった。
「そんな泣きそうな顔をしないでください。またいつか会える日が来るはずですから。」
「鈴っちの言う通りどこかでまた会えるから。だから今は笑おうよ。」
「ああ、メールでも連絡は取れるし悲しまなくても大丈夫だよ。」
三人ともいつも通りの笑顔でさっきまでの悲しい気持ちが一気に吹き飛ぶ。
「それもそうだよね。みんなと会える日まで楽しみにしてるから。」
「それでは私はこれでお暇しますがその前に一ついいですか?」
「うん、大丈夫だけどどうしたの?」
私がキョトンとしていると鈴ちゃんがボソッと耳元で囁く。
「私はなのとあまりくっつくなと言いましたよね?次もしなのとベタベタしていたら怒りますよ。」
「は、はい。次から気をつけます。」
鈴ちゃんの静かだけど怒りを感じる声に私は震えることしか出来なかった。そういえば鈴ちゃんがなのちゃんのことを好きなことを完全に忘れていた。
「二人とも何話してるの?それに咲ちゃん震えてない?」
「そ、そんなことないよ?特に何もないから。」
「本当かい?鈴蘭に何を言われたんだい。」
心配する二人に対して鈴ちゃんは優雅に笑っていた。やはり鈴ちゃんは私やかな顔をしているが一番ドス黒い。
「それでは私達は帰りますから咲も気をつけてください。それとまた困ったことがあれば私に電話してくださいね。」
「う、うん。できれば何もないと嬉しいんだけれど。」
「何もないのが一番ではありますね。それではまた。」
鈴ちゃんは意味深な発言だけして教室を出て行った。鈴ちゃんだけは怒らせてはいけないと誓った。
「それじゃあ咲っちも元気でね。」
「今日は本当に楽しかったよ。また会おうじゃないか。」
二人もそれだけ言うと急いで教室を出て行った。
無事に文化祭が終わり、ひまりも転校せずに済んだ。これで私達の文化祭は無事に終わることができる。
「よーし、片付けも終わったしそれじゃあ解散しよっか。」
安立さんの声が教室内に響き渡り、これにて私達の文化祭は幕を閉じるのだった。
「二人とも遅れてごめん。マネージャーさんとお話ししてたんだ。」
「もう、遅いから心配したよ?ここに呼んだのはひまりじゃん。」
蜜柑ちゃんはムスッとした表情であたしを見つめる。
もう既に外は真っ暗なのに屋上に来てくれた二人に頭が上がらない。
「それで突然こんな所に呼び出してどうしたの?アタシはもう疲れたから帰りたいんだけど。」
椿ちゃんはだるそうな表情で大きなあくびをした。
「二人ともわざわざここまで来てくれてありがとうね。せっかくだし二人とゆっくりとお話ししたいなと思って。」
今日はずっと忙しかったせいで中々二人と話す時間が取れなかった。それにせっかくなら中学の頃のように屋上で話がしたかった。
「まあ、そう言うことなら付き合うよ。ほら、今日はなんでも聞いてあげるよ?」
「まずは二人にお礼を言いたいの。二人がいてくれたおかげで私は勇気を持てたから。」
このことだけは二人に伝えたかった。アタシの大好きな親友でこれからも二人ともずっと親友でいたい。
「はいはい、分かったからそんな顔をしないで。アタシ達の仲なんだから。」
「そうだよ。困ったからお互い様だからね?」
二人が優しいから今のアタシがいると思う。女優になれたのだって二人のおかげだ。
「それにしてもひまりが転校しなくてよかった。アタシはそれがずっと心配だったからさ。」
「うん、ひまりが自分の気持ちをちゃんとぶつけれるようになってよかったよ。ひまりってば昔は遠慮しがちだったでしょ?」
「あたしはもう遠慮しないよ。この気持ちに嘘はつけないから。」
みんなと一緒にいたいという気持ちにも咲ちゃんのことが好きという気持ちにもう嘘はつかないと決めた。
「そっか、それじゃあ私とひまりはライバルだね。どっちが負けても文句はなしだよ。」
「と言ってもひまりはもう咲に告白したんでしょ?その結果を待つしかなくない?」
何故か椿ちゃんにアタシが咲ちゃんに告白したことがバレてるのは置いておき、確かに今は咲ちゃんの告白の返事を待つしかない。とは思うけど。
「咲って鈍感すぎてひまりの告白に気づいてない可能性すらあるよ。」
「アイツは思っている以上に鈍感だからね。」
二人の言う通り咲ちゃんの鈍感さは信じられないレベルだ。大分直積的に伝えたと思うのに多分友達としての好きと勘違いしている気がする。
「うう、やっぱりこのままじゃ進展はないか。何かいい方法はないかな?」
あたしは咲ちゃんのことが大好きなのにこの気持ちを伝えることが出来ないのがなんとも心苦しい。
「それなら一つ方法があるよ。」
「何?どうせしょうもないことでしょ。」
「いいから聞いてよ。私の作戦に失敗はないから。」
そう言って自信満々に笑う蜜柑ちゃんにあたしと椿ちゃんは顔を合わせてため息を吐いた。
それからあたし達は色々な会話をして気がつけばものすごい時間が経っていたのだった。




