第350話 ベータちゃん、ホテルに来る配信
次の日、ホテル・イスウッドにベータちゃんはやって来ていた。
理由は、彼女のマスターである錬金術師ススリアが頼み込んだからだ。
『イータちゃんがベータちゃんに出動要請を頼んで来たんだよ。なんでも、ベータちゃんに会いたいっていう配信者が10数名以上居るらしくてね。この機会に会って来たらどうかなって』
イータちゃんから来て欲しいという報告は上がっていたが、ベータちゃんは行かなかった。マスターであるススリアが行って欲しいと言ったから、渋々、本当に渋々、ホテル・イスウッドに行く事にベータちゃんは決めたのである。
これからベータちゃんが会う配信者たちというのは、パンを使ったダンジョン攻略系の配信者であるぱんぱかレディという色物枠を除けば、ほぼすべてが料理動画を投稿している配信者たちであった。
彼ら、もしくは彼女らは、全員がベータちゃんの料理動画配信の視聴者であった。それも、重度の信者であった。
朝、起きた時にはベータちゃんの新作動画が更新されていないかチェック。
昼、ベータちゃんが出した料理動画の中から作れる料理を自分で調理して食べる。
夜、ベータちゃんに感謝しつつ就寝する。
彼らの生活には、ベータちゃんが大きく関わっている。
もし仮に、ベータちゃんが「一か月間、動画の投稿をお休みします。マスターのお世話をするためです」などという動画をあげたりすれば、彼らは嘆き悲しむだろう。あるいは、そのマスターのお世話を自分が買って出るから、動画を上げて欲しいと泣いてせがむだろう。
料理動画配信界隈において、ベータちゃんの存在は一種の指標になりつつあった。
彼女が作る料理を見て、料理を始め、いまでは多くの視聴者を抱えるトップ料理動画配信者になったという者も少なくはない。
イスウッドという土地は辺境である。しかしながら、もし仮にここまで遠くなかったら週一、いや週五のペースにて、ベータちゃんに会いに通いに行っていた人も居るくらい。そう、ベータちゃんとはそれほどの存在なのであった。
「はぁ……憂鬱です」
そんな彼らにとってのアイドル、いや神様に近い存在であるベータちゃんはというと、ひどく憂鬱そうな顔で、ホテル・イスウッドに向かっていた。
ベータちゃんは、料理動画配信者たちにとっては、神に等しい存在。
しかし、そんなベータちゃんにとって、料理動画配信とは、彼女にとっての神様であるススリアから命じられたからやっているだけ。それ以上でも以下でもない。
彼女にとって、料理動画配信とは、ただの業務。それも、かなり優先度が低めの業務内容であり、彼女の本質とは『ススリアへの無償の奉仕』なのだから。
「はい、ベータちゃん。お呼びにより、参上いたしました」
ペコリと、頭を下げて自己紹介をするベータちゃん。
頭を綺麗に下げて、ゆっくりと頭を上げた彼女の視界に映ったのは----
----全身が、頭を地面につけてる配信者たちの姿である。
「なんで、土下座?」
そう、10数人近くの配信者たちが、ホテル・イスウッドのロビーにて、土下座をしている。一瞬、視力用装置になにか不具合が発生したのかと思ったが、何度見ても、こういう光景が続いていた。
『あっ!』
と、土下座する配信者たちの姿に、どういう対処をすれば良いか考えを巡らせていると、目の前にイータちゃんが現れる。薔薇の花を右目に生やした、特徴的な顔をしている彼女は、むくーっと大きく頬を膨らませて、怒りの表情をベータちゃんに向けていた。
『やっと来てくれましたね、ベータさん! もうどうすれば良いか困っていて!』
そう言葉を紡ぐイータちゃん。どうやら怒っているのは自分ではなく、自分のせいでこうなった配信者たちにあると、すぐに思考を巡らせたベータちゃんは、イータちゃんに話を聞く。
『なんでも彼ら曰く、"ベータさんを待つのに、立っているなんて失礼に値する!"という事らしくて、色々と思考を巡らせた結果、このような姿になったらしいのです。私としては、すぐさま顔をあげていただかないと、ホテルの評判にも関わるのですが、ホテル管理特化型の私の言葉ではダメらしいのです! ホテルを管理している私の言葉なのに!』
「なるほど。確かに迷惑ですね」
ベータちゃんは思った。
マスターである家の玄関に、土下座している大勢の人間が並んでいる。
それは確かに迷惑であると、ベータちゃんは考えた。
「皆さん。起きてください。立ってください」
「「「「はいっ!」」」」
ベータちゃんの言葉に、土下座をして敬意を表していた彼らは即座に起き上がり、そしてベータちゃんは告げる。
「ここでは迷惑になりますため、パーティー会場を使わせていただきましょう。皆さん、即座に移動しましょう」
「「「「はいっ!」」」」
そうして、ベータちゃんを先頭に、10数人ばかりの配信者たちはぞろぞろと、ホテルのパーティー会場へと向かっていくのであった。
その様子を見ていたイータちゃんは、一言、こう締めくくるのであった。
『あれ、軍隊にしか見えませんね』
めちゃくちゃ優秀なファンは、
ほぼ、訓練された軍隊と一緒な気がします




