第344話 マコモはこう考える配信
『えっ、えらいこっちゃだわ』
サビキとトカリの2人による戦い、それを見ていた人物はギジエの他にももう1人居た。そう、商人ラジンの愛する人である、ダンクルオステウスの魚人族であるマコモである。
彼女は、水属性の魔術を用いて、天然の望遠鏡を生み出し、その望遠鏡にてこっそりと様子を探っていたのだ。実はラジンがなかなか捕まらないのも、マコモがこうやって、こっそりと周囲を警戒して、自分達を捕まえようとしている者が居れば、こっそりとラジンへと教えているからなのだが。
『あのテッポウウオの魚人族と、それからアザラシの魚人族。2人とも、あまりにも強すぎるわ!』
マコモが魔術によって作り出した望遠鏡は、本物の望遠鏡と同じく、向こう側の声を拾う事は出来ない。だからなんで、あんなドラゴンを思わせるような光線を放っているのだとか、そしてなんでそれと同じくらい強力な鋏攻撃をしているのかなんて、分からない。
分かるのは、あんな物凄い攻撃力を放つ者がいる地域が、ただの田舎ではないという事だけ。
『問題は、あの2人が予想外かどうか、ね』
あの2人の魚人族だけ、異様に強いのだったらまだ良い。それだったら、あの2人だけを警戒すれば良いだけの話なのだから。
問題は、あの2人がこの地域では、ごく一般的な強さの持ち主だった場合である。
『あの2人以外にも、あれとほぼ同等の力の持ち主が居るとか……考えただけで、怖すぎるわ』
マコモは、ラジンと行っている今の活動が、正当ではないと重々承知している。自分達は誰かに狙われている存在であり、逃げている存在だ。
それもこれも、悪魔と契約しているから。契約し続けているから。悪魔と契約している自分達の方が世間一般的に見たら、間違っているだなんてのは百も承知である。
----それなのにもかかわらず、そんな活動を続けているのは、そうしないと生きていけないから。
2人が一緒に行きていくのに必要な障害は、お金や努力なんかでは解決できない。
2人が一緒に生きて行くには、悪魔ハルファスの力が必要だ。悪魔という、自分達の想像もつかない、常識の枠外の能力が必要なのである。
箱の中身に何かを足したり、なにかを引いたりするのが、お金や努力と言ったごくごく普通の力だとすれば、悪魔ハルファスの力は箱そのものを変更する事が出来る驚異の能力の持ち主だ。
古代魚ダンクルオステウスの魚人族であるマコモは、他の魚人族と同じように、陸地で呼吸する事が出来ない。歩くことが出来ない。
錬金術師として、それをどうにかするというのは、不可能だという事は重々承知している。自分の才能が世間一般的に見て高い事もマコモは知っており、そんな高い才能をもってしても無理だという事も知っている。
----だけど、マコモは恋してしまった。
----商人ラジンを、そして陸の世界に、恋い焦がれてしまった。
『まだ邪魔される訳にはいかないわね……』
マコモにとって、今回の仕事は重要な仕事であり、最後の仕事である。
ラジンが、ホテルのエントランスに【黒キ翼】を置いて、そして帰れば条件はクリア。しかしながら、この新設のホテルで、いきなり帰ると逆に怪しまれる。
『作戦を変更した方が良いわね』
マコモはそう思い、【アイテムボックス】の中から、指輪を取り出す。この指輪はマコモとラジンの2人の仲を証明する愛の証であり、同時に絶対に傍受されない秘密の通信をする事が出来る交信機能付きの魔道具でもあった。
『ラーくん、いまどこに居るの?』
『……マコモか。いま、部屋で食事をとるためアンケートを取っている。君を残して、1人だけ美味しい食事をとる事なんて出来ないからな』
『きゅんっ♡』
思わず、胸がどきどきしてしまうマコモ。
しかしながら、いまはそんな場合ではないため、すーっと大きく深呼吸して、ラジンに用件を伝える。
『ラーくん、お食事はそれで良いから、この宿泊は続けましょう』
『……どういう事? 今すぐ【黒キ翼】を置いて、退室するというのも、こちらは検討してたんだが』
『そうすると、怪しまれる。そして、最悪捕まる危険性が非常に高いと判断したわ。ここは怪しまれないように、普通の一般客を装いましょう』
マコモがそう提案すると、ラジンは『分かった』とそう応じた。
ラジンにとって、マコモの判断の方が正しいのは絶対だからだ。マコモの方が頭が良くて、自分なんかよりも色々な事を考えていて、だからこそ今まで捕まらずに、悪魔ハルファスの取引を続ける事が出来たのだから。
『じゃあ、このアンケートもしない方が良いか? 普通の客を装うなら、君の事を考えると非常に、胸が張り裂けんばかりに痛むだろうが、バイキングを----』
『いいえ。わざわざアンケートに答えている最中に、「やっぱりなしで」と断る方が不自然よ。それに----』
『それに?』
もぞもぞと、マコモは言葉にするのが恥ずかしくなったが、それでも自分の想いを伝えなくちゃと、彼に伝える。
『ご飯は、ラーくんと一緒の方が、嬉しい……かも』
『ふっ。勿論、だな』
『かっ、勘違いしないでよね! 1人よりも、2人の方が良いというのは、学術的に、その……ちゃんと分かってる事で!』
否定しつつも、自分の想いはバレてるんだろうなと思い、顔を真っ赤にするマコモであった。
ラジンとマコモの2人は、愛し合ってますなぁ~




