第192話 とある観客についての配信
~~とある観客~~
『お~っと! ピエームの動きが鈍くなってきたようだぞ?! これはフランシア選手の攻撃が効いている証拠なのではないでしょうか!』
司会役のゴーレムの実況に、私は違うと応えた。
ピエームはダメージを受けたのではない。そうでない事は、この私自身が、"彼女に武器化する能力を施した"私自身が良く知っていた。
私の名前は、快感のブラッド。魔王ユギー様に仕える五本槍の1人にして、ピエームの望みを叶えて武器にする能力を与えた悪魔である。
私は、この世界で一番美しいと思っているのは、『絆』だと思っている。
人間は1人では生きていけない。彼らは身体も、そして心も弱い。どれだけ鍛えようとも、些細なきっかけで闇へと、楽な方向へと堕落してしまう。
そんな彼らがここまでの大勢力になれたのは、他人との繋がり、すなわち『絆』の力を信じて来たから。
私には、他人の魂の形というものが見える。人の魂というのは、誰もが宝石のように綺麗で、だというのに些細なきっかけ1つで傷がついてしまう。
その魂というのは、他の人間の言動によって左右され、綺麗に継ぎ足される。その光景を、過去の配信者が語っていた言葉を借りるとすれば、"金継ぎ"というモノだろう。
ただでさえ綺麗な魂が、他の人の力を借り、新たな模様を得た世界で唯一無二のモノになっていくのだ。これを芸術と呼ばずして、なんというのだろうか。
私は、それがとても美しいと思った。
『絆』を紡ぐ者達の姿を見る度に、それが為した魂を見る度に、素晴らしいモノだと感動して涙を流してしまう。
----だから、私も真似してみた。
私には、他人の魂の形が見える。だからその人が傷ついて落ち込んでいるか人かどうかなんて、見ただけですぐに分かるし、どういう風に声をかけたらその傷を塞げるかも分かる。
ピエームは、傷ついていた。
自分の実力では、対人戦で勝てる自信がないと落ち込んでいた。
だからこそ私は、彼女に武器化する能力を与えた。それが私に出来る、唯一の贈り物だったから。
そして、準決勝の時、ピエームは美しかった。魂の傷は、私の武器化能力によって埋まっており、彼女は自身に満ち溢れていた。
しかし、決勝戦はどうだ?
誇りと強い意思を胸に戦っている対戦相手を見て、自分という存在が揺らいでしまっている。それは、魂を見ていればすぐに分かる。
あぁなっては、ダメだ。
いくら対人戦で敵なしの能力を得たからと言っても、今のピエームはフランシアに圧倒されている。
「あぁ、美しくない……」
今のピエームは、私の目にはとても醜く見える。
せっかく、私が武器化する能力を与えるという金継ぎをしてあげたのに、彼女の魂は、今にも壊れかかっている。
「よしっ、殺すか」
私はそう言って、観客席から試合会場へと向かう。
今のピエームは、まったく美しくない。見ていて気持ち悪い。あれ以上見たくないというくらいに、とても醜く映っている。
普通だったら、それで殺しまではしないのだけど、自分の力によって美しく整えられた物が、勝手に醜くなってたら、もういいやと思ったりしません?
最初からやり直そう、ともかく消してやり直そうと、そう思ったりしませんか?
今のピエームに対して、私が抱いている感想がそれだ。
ピエームは美しかった。しかし今は、心が揺らいでいる、とても醜い姿である。
そんな姿は見たくなかった。自分が綺麗に整えた作品が、このような醜い形になっていくだなんて……。
私はそう思って、指で輪っかを作ると、口の前まで持って来て、ふーっと息を吹きかける。
そうすると、輪っかの中から目には見えない、小さな針がピエームへと突き刺さり、彼女は倒れる。
『おおっと?! どうした事だ?! 試合が大きな変化を迎えました!
なんと、いきなりピエームが、倒れてしまったぞ?! 武器化能力には限界があったという事か?! 力を使い果たしたという事か!?』
司会役のゴーレムはそう実況しているが、武器化能力に限界はない。
ただ、"力を使い果たした"という表現については、一部正しいとだけ言っておこう。
----私は、ピエームに与えていた力を止めただけ。
ピエームが、武器化できるようになったのは私の能力。その力を、私は強制的に奪い取った……いや、回収したというべきだろう。
回収した際に、迷惑料と利息代わりとして、彼女の生命エネルギーを全て奪っておいた。
今のピエームは、生命エネルギーを全て奪われた、ただの人形のようなモノだ。
あんなどうしようもない、醜い姿を見せられ続けるくらいなら、いっそ死んでくれ。
「さーてっと。次はどこで、『絆』の姿を見せてもらいましょうか」
私はそう思いながら、次は誰の『絆』を見せてもらおうかとワクワクが止まらなかったのであった。
(※)快感のブラッド
魔王ユギーが配下、五本槍の1人。パズルゲーム担当で、自称『最も繋がりを求める者』
あらゆる生物の魂の形を見ることが出来るという特殊な能力持ちの、仮面の少女。他者の魂の形を視認する事により相手がどういう言葉を欲しているかを把握することが出来るだけではなく、他者に対して武器になる能力を付与することが出来る
『絆』というモノを大切にしており、他人が困っていれば平気で手を差し伸べる。しかしそれは彼女の一面でしかなく、その本性は『絆を神聖視しすぎている狂信者』。絆のためなら他人の魂の形を変化させて武器にする能力も出来るが、自分が見たくない姿を晒すと即座にその能力を取り上げて、ついでに生命エネルギーを奪い取って体力をゼロにする




