第186話 準決勝前の、ある夜の配信
~~ダンパン~~
1回戦が終わった、その日の夜。
翌日の準決勝、そして同日の午後から行われる予定の決勝戦に向けて、私は筋肉増強のためのトレーニングを行っていた。
「(結局、ベスト4に潜り込めたのは3人。実に順調だ)」
----1回戦第1試合アルファ・ブロック勝者、『シュンカトウ騎士団第五の槍』ピエーム。
----1回戦第2試合ベータ・ブロック勝者、『信念と執念の部隊長』自分。
----1回戦第3試合ガンマ・ブロック勝者、『最新型魔物ゴーレム』アレイスター。
----1回戦第4試合デルタ・ブロック勝者、『成長し続ける姫騎士』フランシア。
ベスト4のうち、ピエームとフランシアの2人は私と同盟を組んでいる者達だ。
この同盟はデルタからの報酬である【オーラ】という武術の指南を受けたら、その指南結果を同盟相手である皆に共有して伝えるという同盟だ。
----同盟を結ぶ理由は確実にデルタの指南を受けられるようにするためのモノであり、同盟同士で殴り合わないようにする訳ではない。
しかしながら、自分が負けても目的が果たされると知っていれば、精一杯、心置きなく戦えるというモノだ。
「(明日の対決は、ピエームか。1回戦のベータ・ブロックと同じく、同盟を結んでいる者同士の対決となったが、これも宿命と諦めよう)」
明日の対決、初戦となる準決勝の相手はピエーム。パームエルフと呼ばれる、かなり特殊なエルフの少女だ。
彼女が取る戦法は、相手の隙を狙った攻撃。彼女は相手が油断した瞬間を見つけるのが非常に上手く、さらに空気のように気配を消すのも上手い。乱戦であれば、ピエームは強敵と言って良いだろう。
しかしながら、準決勝の対戦方式は1対1のぶつかり合い。乱戦でない、1対1の対決なら、私が有利なのは事実だろう。
だからと言って、気を抜いてはいけない。
1回戦第4試合、フランシア姫様が勝利したのは、彼女が戦いの中で成長したから。あの乱戦の中で、トカリ、そしてスグハという対戦相手の良い所を吸収して、戦いの中で彼らを上回ったからだ。
全ての武人が出来るという訳ではないが、ピエームだって、私との戦いの最中に成長して、私を倒す可能性がない訳ではない。訓練は、すべきだろう。
「ダンパン部隊長」
と、ダンベルを使って筋肉トレーニングに励んでいると、ピエームが私に話しかけて来た。
「(……なんだか、違和感があるな)」
私はダンベルトレーニングをいったん中止し、話しかけて来たピエームの顔を見た時。いつものピエームでないのを感じていた。
ピエームは、あくまでも部隊の一兵士という目でしか見たことがないが、それでも彼女の人となりというのは理解していたつもりである。
----彼女の本質は、"孤独"だ。
緑色の肌を持つ彼女は、他の兵士達と離れて訓練することが多かった。
肌の色で差別をするなと叱ったが、それ以上にパームエルフという、聞いたことがない彼女の種族ゆえに、「何を言っても良いんだろう?」「何をやったらダメなんだろう?」と、交流を控えている兵士が多かった。そんな彼女を仲間として迎えたのが四天王を自称する兵士達だが、実際の所、ピエームと交流する者は四天王である彼らくらいだ。
彼女は常に1人であり、それを寂しいと感じているようであった。
彼女の戦い方にも、それが色濃く表れている。
相手の隙を狙う戦い方は、彼女が相手を良く観察して、どうすれば仲良くなれるのかを考えているから。
空気のように気配を消す戦い方は、彼女が交流する前段階の、人見知りから出た故の処世術から。
彼女は常に、誰かと一緒に居たいと、そう願っていた。少なくとも、私は部隊長として、そう評価していた。
----しかし、今の彼女の顔からは、"満足感"に溢れていた。
幸せそうだった。嬉しそうだった。楽しそうだった。
今まで見たことのない、別人と言っても良い姿に、私は警戒していた。
嬉しそうなのは、良い事だとは思う。だがしかし、こんな急にそうなるモノなのか、と。
「どうした、ピエーム」
だから、情報を収集する事にした。
彼女に何があって、どうしてそんなに嬉しそうなのかを知ることにしたのだ。
良い出会いがあったのなら、それで良い。
しかし、もしそれが違法薬物や呪術の類であれば、部隊長として放っておくわけにはいかなかった。
「----私、同盟を抜けます」
開口一番、彼女はそう告げた。
「みんなのお役に立つなら……」と、控えめにそう言っていた彼女の姿は、今の姿からはどこにも感じられなかった。
「理由を聞いても良いか、ピエーム。部隊を辞めたいとか、そういう懇願か?」
「いいえ。私を受け入れてくれたシュンカトウ騎士団での皆様を、私はとても嬉しく思っています。
部隊長、勘違いしないでください。騎士団を抜けたいんではないんです、同盟を破棄したいだけなんです」
同盟の一番の目的は、シュンカトウ騎士団全体の強化だ。
そのために、同盟という形で、「シュンカトウ騎士団の者が優勝した場合、全員にその訓練方法を浸透させよう」という結束のつもりだった。少なくとも、私はそう思っていた。
「そうか……教えを受けたくない。それを広めたくないというだけなんだな」
「えぇ。だって、無意味ですから」
----ふふっ!
ピエームはそう笑いながら、いつものピエームでは考えられない顔で応える。
「そんな戦い方を知らなくても、私は全てを倒す最強の力を手に入れたのですから! 【オーラ】なんてなくても良い! この戦い、私はこの強さを見せつけるためだけに、戦う事に決めたのです!
強者には、そういう義務があるのです! 自らの力を見せつける、そういう義務というモノが!」
そんな義務は存在しないと思うが、今の彼女に何を言っても無駄だろう。
あれはシュンカトウ共和国で見たことのある、倒産を受け入れられなくて笑っているだけの店主達に良く似ている。
つまりは、何を言っても無駄。幻想の世界に囚われて、現実を見ていないだけだ。
「そうか……。準決勝を楽しませてもらうとしよう」
「えぇ! 私は必ず行くでしょう、優勝を! うふふっ、アーハハハハハハッハハハハ!!」
高らかに笑って去って行くピエームを見送りながら、あそこまで強気でいられるピエームの力を警戒しようと心に決めたのであった。




