第169話 魔女スタダムと取引しよう配信
恐らくだけれども、囚人とリモート会議したいと言い出したのは、私が初めてに違いない。
……初めてであって欲しい。こんな事に前例があって欲しくない。
『私に聞きたい事があったら、遠慮なくどうぞ』
魔女スタダムは、檻の中からそう声をかけて来た。
----これは取引だ。
魔女スタダムは、『食欲がなくなる食べ物を、皆に配って広めた』という事と、『宝石や石を牛に変えて、王都を襲わせた』という事。その2つで、今は収容されている。
しかしながら、取り調べに前向きだって事と、彼女が言っていた『魔女に身体を入れ替えられた異世界人』という証言もある。
あれだけの騒ぎを起こしたにしては、かなり短い期間で出られるようになるらしい。
しかしながら、それでも十数年単位という長いレベルの収容になってしまうらしく、私との取引によって、有益な情報を彼女が話してくれたら、多少なりとも減刑がなされるらしい。
その減刑の目的で、魔女スタダムは取引を前向きに受けてくれるらしい。
『それで、聞きたい事というのは?』
「あぁ、実は魔女の知識にあるであろう、悪魔召喚について聞いておきたくてね」
私は、魔女スタダムに、シガンの森について話す。
シガンの森に、超強力な『闘争のカイデン』という悪魔が現れて、それが悪魔召喚によってこの世界に召喚された可能性があると、私はそう口にした。
「魔女スタダムの方から、それについてどう思うかについて聞いておきたいんです」
『魔女の知識からすると、その『闘争のカイデン』というのは誰かによって召喚された可能性は高いと思います。『闘争のカイデン』クラスにもなると、勝手に出て来たという事はなさそうです』
魔女スタダムの話によれば、悪魔というモノには位階というモノが存在する。
悪魔は異世界に普段は封印されており、なんらかのきっかけが発生する事によって、異世界からこちらの世界へとやって来るんだそうだ。というか、なんらかのきっかけにより、異世界に穴が開いてしまい、その穴から出られる悪魔がこちらに来るというのが正しい表現らしい。
そのきっかけというのが、ダンジョンの誕生や、なにか強力な人間の誕生など、世界に何らかの変化が訪れた時。そういうモノのきっかけの大きさに比例して、こちらの世界に来る悪魔が決まるんだそう。
私が以前倒した悪魔シグレウマルなんかは、悪魔の位階の中ではかなり低い方で、ダンジョンの誕生と共にこの世界にやって来たと、魔女スタダムは判断した。
『魔王ユギーの配下である五本槍の1人、『闘争のカイデン』を召喚するほどともなると、めちゃくちゃ大きな穴が開いてしまったと見るべきでしょう。----それこそ、他の位階が低い悪魔が出てるはずです』
「なるほど……大きな穴が開いていれば、他にも悪魔がいっぱい出ていて、不思議じゃない、ということですか」
ちなみに、強大な位階の高い悪魔が普通に自然発生した場合、その周囲にたくさんの、別の悪魔が召喚されているはずなんだとか。
そして、悪魔であっても、互いに戦い合わないくらいの理性はあり、強大な悪魔がこちらの世界に出て来ていれば、近くに他の悪魔が居るのが普通なんだとか。
『闘争のカイデン』が間引いたという可能性もあるが、そうだった場合、カイデンの理性が飛んでいるか、あるいは他に何らかの別の悪魔の痕跡があるはずだと、魔女スタダムはそう語る。
『例えば、色が黒ではない別の色に染められてしまった樹木とか、あるいは戦いの痕跡とかはなかったんですか?』
「いや、そういう報告は未だに上がっていないようですね」
私がそう言うと、魔女スタダムは『それなら、召喚という可能性が高い』と答える。
『今から話す魔女の知識は、あくまでこの身体の本当の持ち主の知識、つまりは受け売りだという事を頭に置いて欲しいのですが----"魔女の召喚法に、そこまで強力な悪魔を召喚するモノはございません"』
魔女スタダムが断言すると、配信の向こう側----つまりは、彼女の横に居た兵士が『適当な事を抜かすな!』と槍を首元に突き立てて脅す。
どうやら、非協力的な態度を取ったと判断したようだけど、私はそうは感じなかったので、止めるようにお願いする。兵士は渋々と言った様子で納得して、槍を収めてくれた。
『うぅ……死ぬかと思った……』
「そこの兵士の愚行は、あとで上司に報告しておくよ。ごめん、続けて」
兵士は若干涙目になっていたが、これは仕方がない。
彼の本来の役目は、魔女スタダムが非協力的な態度を取った際に、私からの指示を受けて、彼女に直接罰を与える役目。いわば、私の手足となって働くのが仕事。
勝手に槍を突きつけた彼の失敗だ。大人しく、上司に怒られてくれ。
----話は戻り、『闘争のカイデン』のような強力な悪魔を召喚する術がないという話に戻る。
悪魔をこの世界に召喚する方法は、さっきの自然発生以外だと、魔女スタダムの知識にある『悪魔召喚』という儀式による人為的な召喚。
詳しい話は出来ないらしいのだが、簡単に説明すると、悪魔が住まう異世界に穴を開けて、そこに術式を釣り糸代わりに垂らして、悪魔をこちらの世界に釣り上げるというのが、黒魔術である悪魔の召喚術の方法。彼女はそれを使って、悪魔を釣り上げ、人造人形の中に入れて、人造人形マージ・マンジを完成させたのだとか。
当然ながら、術式で釣り上げる事が出来る悪魔には限界がある。
『闘争のカイデン』ともなると、どれだけ頑張ろうが、こちらの世界に引っ張り上げる前に、術式の糸が千切れるか、あるいは悪魔が住まう異世界に逆に引っ張りこまれるんだそうだ。
----とすると、魔女スタダムも知らない方法で、こちらの世界に召喚されたと見るのが、正しい評価でしょう。
魔女スタダムの知識も、万全ではない。きっと、強力な悪魔を召喚する術式があり、それによって『闘争のカイデン』はこちらに召喚されたのだろうと、私は結論付けた。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
悪魔を召喚した術式を見つけられる魔道具も、送還する方法も、何も分からなかったが、手助けになったのは事実である。
「そこの兵士の失敗ついでに、減刑を可能な限りお願いしておくよ」
『よろしくお願いします』
取引に対して真摯に対応する魔女スタダム、そしてこれからどう怒られるか心配する兵士。
そんな彼女達の姿を見ながら、私は配信を閉じたのであった。




