第161話 ワットのプレオープン配信(1)
翌日、朝9時。ワットの営業日初日。
ワットの料理の腕を確かめるため、貸し切りにされた食堂で試験営業が行われるようになった。
プレオープンとは、お店が本格的に営業を始める前に試験的な営業をすることである。
実際の店舗や設備、スタッフ、オペレーションなどを用い、お店の営業に問題がないかを確かめる事が目的であり、その確認のために何人かお客様を呼んでみようというモノである。
プレオープンにあたり、選抜された6名のお客様が貸し切りの食堂に集まっていた。
----ドラスト商会代表取締役、シガラキ・マホウサマ。商会の代表として、納品されたジュールの良さを確認するためにお客様の1人に選ばれた。
----ドラスト商会所属の商人、スコティッシュ。ワットに問題があった場合、すぐさま錬金術師ススリアに報告するための連絡役として、お客様の1人に選ばれた。
----ハンドラ商会社外取締役兼ココ服飾商会取締役、【イナリ・ココ】。ハンドラ商会の外部から選任された取締役にして、ココ服飾商会の取締役。そして、しょうゆ味派閥トップの狐獣人。
----コーセン農園経営者、【テン・コーセン】。多くの作物をビニールハウス型魔道具にて短期間育成、そして大量納品によってドラスト商会などを支える大黒柱の1人。そして、塩味派閥トップのイタチ獣人。
----ダイジャ建設商会四代目代表取締役、【アナコダ・ダイジャ】。ダイジャ建設という大規模な建設商会を経営しており、様々な建物の建築を担当してきた錬金術師。そして、とんこつ味派閥トップの蛇獣人。
----文豪、【ヨルラット】。文章力に定評のある文豪であり、数多くの店を食べ歩いてその味を人々に伝えて来たプロのフードライター。そして、みそ味派閥トップのネズミ獣人。
シガラキ代表とスコティッシュ以外は、今回の派閥問題のきっかけとなっている四大派閥のトップが揃い踏みしており、その結果----
「「「「ぐぬぬっ……」」」」
----全員が、顔を見合わせて互いを睨みつけていた。
「……シガラキ代表、やはり四大派閥の長を呼びつけるのは、トラブルの基かと」
「……仕方あるまい。そもそも派閥問題がなんとかならない以上、ワットの採用は出来んよ」
派閥のトップを、一同に集める事は、シガラキ代表自身としてもかなり危険があった。
彼らが互いに互いの味が一番だと思っており、それが故に他の味を一番だという派閥との対抗心によって、互いに足を引っ張り合っているのだから。
顔を合わせたくないと思っている派閥の長達を集めれば、騒動の一歩手前状態になるのは目に見えていた。しかしながら、その事から目を背けていても、問題は解決しない。
だからこそ、こうして四大派閥の長を集めたという訳だ。
「----なんだか、重要な問題のようですね。それとも、それほど深刻な問題ではないような?」
「アハハ……」と、今にも喧嘩が起きそうな中、笑いながらワットが割って入って来る。
顔の左半分を藍色の髪で隠し、セーラー服の上にジャージを羽織った少女。
どう見ても、初見ではジュールと同じ料理用のゴーレムとは思えない彼女の登場に、4人ともしかめっ面を浮かべていた。
「なんや、あんたさん? うちらの争いに混ざる気かいな?」
「いやいや、興味があるような、ないような? とりあえず、メニューをどうぞどうぞ」
「私どもとしては、大切に育てた野菜や果物を納品する場所を選ぶ権利がある。その権利を、使っても良いんだぞ?」
「使わないで欲しいような、そこまで言うならやって欲しいようなぁ~。とりあえず、メニューをどうぞどうぞ」
「シャーシャッシャッ! 蛇の道は蛇! 建築とは力を込めてやらねばならぬ大仕事! 蛇の獣人は全身が筋肉、さらには毒を持つ危険な獣人だシャー。お前、夜道に気を付けろよ?」
「夜道はそもそも気を付けるというかー、外に出ないというか? とりあえず、メニューをどうぞどうぞ」
「……味の評論家として、一番の味を皆に伝える義務がある。生半可な料理を出したら、営業できなくなる評価をくだされるぞ?」
「それは怖い、でもそもそもそこまで人気だと休む暇がないというか? とりあえず、メニューをどうぞどうぞ」
4人の言葉をまともに聞く気がないであろうワットは、ササっとメニューを4人に手渡す。そして、騒動が起きた場合に対処しようと身構えていたシガラキ代表とスコティッシュにも、同じメニュー表を手渡した。
「お二人も、どうぞっと」
そして、メニューを渡し終えたワットは、【アイテムボックス】から椅子を取り出すと、その場に座っていた。
「さぁ、メニューがお決まり次第、呼んでね~?」
手を振りながら、そう気楽に言うワットに、誰かが、もしくは全員が思った。
----厨房に作りに行かないの、と。
これは、プレオープン。
本番を想定した試験営業であり、本番と同じ運用で動く事は招待されたお客様達も、ワット自身も知っているはずである。
それなのに椅子に座って、メニュー表を見ながら「あ~、これとかアレンジできそう」とワクワク顔で頷いているワット。
----派閥の長を勤める4人とは別で、シガラキ代表とスコティッシュも不安を覚えつつ、とりあえずメニュー表から食べたい品を頼む6人であった。




