第120話 男で牛は止められるのか? 配信
「きっ、来ました! 牛です! 牛の群れです!」
監視を担当していた門番からの報告に、冒険者と兵士達、つまりは怪盗めしどろぼう対策班の面々は「マジかよ……」と口にする。
----何故ならそれは、錬金術師ススリアが考えた『一番起こって欲しくない未来』、そのものだったからだ。
『宝石を牛に変える能力を持っているのなら、石を牛に変える事も出来るかも知れない。
もしそうなら、王都の外れにある資材置き場に忍び込み、大量の石材を牛に変えて、突撃を指示してくるかもしれない』
ススリアが考えた、魔女スタダムの行動はそういう代物であった。
王都の建築関連の者達が、一時置き場として利用している資材置き場に忍び込み、そこにあった石を全て牛に変えて王都へと突っ込ませる。
資材置き場に置かれている石の数はあまりに膨大な事、そして以前から「ここに置く」という通例が根強く残っているために正確な数は分からないが、少なくとも1万を超えている。
そんな1万の牛が、王都に向かって蹂躙しようと迫ってくるのだ、王都が大打撃を受けるのは間違いないことだ。
さらに、ススリアの考えからして、その能力は"伝染"することも考えられた。
たかが1万の牛を突っ込ませたところで、王都を混乱させはするだろうが、そこまで大事にはならない、つまりは有名にはならない。
だとすれば、承認欲求のみで、有名として生きていたいと考える魔女スタダムなら、どうするか?
----答えは、簡単だ。伝染すれば良い。
王都にある道は、歩きやすいよう、流通がしやすいように整備されている。
そしてそれらは全て、石によって作られている。
牛たちは、そういった道を叩き壊して石へと戻して、そして牛にして増殖する可能性が高いと、ススリアは読んでいた。
そして、建物も破壊し、それに使われている石なども合わせて、どんどん被害は拡大していく。
石を使って作られた建物は、歴史的に価値が高い建物も多く、それらが破壊されれば大問題になるのは間違いない。
建物を破壊し、流通の要である道路も破壊し、街では逃げようとして怪我をする人が溢れる。
そこまで行けば、全ての者が----魔女スタダムの事を犯罪者として認め、有名になるはず。
ススリアはそう読んでいた。
無論、ススリア自身としては、あくまでもそういう事があるかもしれないという、彼女が考える最悪のシナリオであり、出来れば実現して欲しくない出来事であった。
そして今、王都にはその最悪のシナリオの第一段階、大量の牛の群れが迫りつつある。
門番から牛の群れの情報を聞いたスピリッツ組合長は、高らかに宣言する。
「おっしゃあ、お前ら用意は良いか!」
「「「「おっす!」」」」
スピリッツ組合長の豪快な掛け声に、体力自慢の者達が大きな声をあげる。
彼らは今から、迫って来る牛の群れを、受け止めるという役割があるのだ。
「良いか、お前ら! あの牛たちは事前の情報通りだとすれば、元はただの石ころだ! 故に、絶対に倒す事はしてはならない! 傷つける事もだ!」
「「「「了解した!」」」」
王都に向かっている牛たちは、全て姿を変えられた石である。
普通の牛ならば傷を与えれば動きを鈍くさせたり、あるいは殺したりする事も出来よう。
しかしながら、相手はただの石。石を真っ二つにしたところで、それはただ2つに割れた石であり、殺したという事にはならない。
事前に、その事については確かめてある。
宝石展覧会に居た宝石牛の1匹を、展覧会の主催者の許可を得て、1匹斬った。
結果として、牛を斬っても元には戻らず、逆に牛の数は増えてしまった。
その事から、牛を殺して止める事は不可能に近い。
自分達に出来る事は、魔法使い達の手によって出来る限り動きを鈍くさせつつ、体力自慢の者達によって足止めする事だけ。
「行くぞ、お前ら! 牛を1匹も王都に入れるな! 被害者ゼロ、被害物件ゼロを達成するために、死力を尽くせ!」
「「「「おっしゃああ!!」」」」
体力自慢の者達が一目散にかけていく中で、スピリッツ組合長は牛の群れが来た方角----資材置き場の方に目を向ける。
この戦いは、時間勝負。
体力自慢の者達と言えど、牛をずっと足止めしておくことはできない。魔法使い達も鈍化魔法をかけ続ける事も出来ないだろう。
その前に、石を牛に変えたのを元に戻す方法を見つけなければならない。
錬金術師達にとっても、その方法は分からずじまい。
知っているとすれば、この事件を仕掛けて有名になろうとした魔女スタダム本人だけ。
「(あの魔女の性格上、最初は怪盗めしどろぼう事件を止めるヒーローになりたかったはず。
だからこそ、『食欲を無くす食べ物』や『石を牛に変える方法』などの対処法も準備していたはずだ。最初の計画を進めるには、そういったのを治す方法も用意してこそ、だしな)」
そのため、必ず解決方法を持っているはず。そう信じるしかない。
だから----スピリッツ組合長は願う。
「頼んだ、ススリア達」
この戦いは、時間勝負。
体力自慢の者達が牛たちを足止めしている間に、ススリアたち選抜メンバーが、資材置き場に行って魔女スタダムを倒し、情報を聞き出す。
それがどれくらいかかるかは、未定。
一瞬で決着がつくかもしれないが、最悪の場合逃げられてしまう可能性もある。
「----早めに終わる事を、祈るしかないな」
スピリッツ組合長はそう言って、牛を止めるメンバーの1人として、体力自慢の者達の後に続くのであった。




