第111話 王都に迫る怪盗メシドロボーの恐怖配信
初めは、大した事態ではなかった。
卵を買い付けに行った村は、ケーラン村という、鶏肉と卵が美味しい、それだけの村。
数日前、その村に、旅人が訪れた。
旅人は村の食堂でいくつか食べた後、代金と一緒にちょっとした食べ物を置いて行った。
「試供品です。良かったらどうぞ」
それは瓶の中に入った佃煮のようなモノで、かなり上等な瓶に入っていた。
値段は聞かなかったが高級そうだと思った店主は、その村の領主に、その瓶を献上した。
----「これは、とある旅人さんが置いて行った食べ物です。高級そうだったので、領主様に献上致します」と。
領主様は、その佃煮を食べた。
「以降20日間、領主様は非常に健康です。"何も食べていない"という一点を除いては」
朝起きて、バリバリ仕事をして、夜は眠る。
意識や受け答えははっきりしているし、それ以外に不調は見られない。
----ただ、何も食べていない。
「それで、お前も食べた。という感じか」
「えぇ……、領主様が食べた1日後に、『美味しい食べ物がありますので、よろしければ』という感じで一口。確かに美味ではありましたが、迂闊でした。申し訳ございません」
「謝らなくても良い。相手の勧めを断るというのは、失礼に当たるからな。この場合は断るべきだったというだけだ」
食べた次の日なら、まだ異常は分からない時。
そんな状態でなら、領主様も、卵を買い付けに来た商人に、その佃煮らしき代物を出しても変には当たらないだろう。
最初に献上した店主と同じく、限りない善意で出しただけなのだから。
そして、ケーラン村でしばらく取引をするため、翌日も朝からバリバリ食べて仕事に望もうと思って異変に気付いたのだそうだ。
何も食べたくない、けれども元気は有り余っている、この異常事態に。
「そんな怪しい食べ物、相手は何のために配っているのだ? 目的が分からん」
「えぇ……しかし、とある村の宿屋で、その旅人が名乗っていた名前を見つけることが出来ました」
「こちらです」と青年商人が続いて差し出した書類には、『メシドロボー』と書かれていた。
どうやら、旅の宿泊帳に記載されていた名前を切り取ったようだが、めちゃくちゃ綺麗な文字というだけで犯人の特定には繋がらない感じがした。
「その宿屋が、ケーラン村から3日ほどかかる村でして、そこでも同じような試供品を置いて行きました。その村は、怪しげな試供品に手を出すのを避けたようで、被害は出なかったようですが」
そうして、青年商人が村を辿って行くと、その旅人の足取りが見えて来た。
その足取り通りに行くと、あと7日ほどで、旅人が王都に辿り着く計算になるらしい。
その事に気付いた青年商人は、早馬を飛ばして、この私、つまりはゼニスキー組合長の元までやって来たのだそうだ。
その後も、配信を使ってケーラン村の領主とは経過観察代わりに話をしているのだそうだが、本人が不思議がるくらいに、未だに何も食べていないんだそうだ。
もう20日間も、何も食べていないのに、食べたいという気持ちが全然ないのだとか。
「----話は分かった。青年商人はこの話を王城の騎士団の詰め所まで行ってして来い。ここまでの書類を出して行けば、邪険にはされないだろう」
「分かりました……組合長の方は?」
「組合で注意喚起をするよう手配した後、冒険者組合の方に顔を出してくる。護衛の報酬代わりに受け取っている者が居る可能性があるしな」
冒険者組合に話を通すのならば、自分の方が話が速く進むだろう。
私はそう考え、騎士団を青年に、そして商工組合と冒険者組合には自分が話を通すという事を考えたのであった。
「了解です」とそう言って、青年商人は騎士団の詰め所の方まで走って行った。
その足取りは軽やかで、本人の言っていることが本当だとしたら、とてもじゃないが何十日も何も食べていない者の足取りとは思えないほどだ。
「いったい、何者だ? その『メシドロボー』は?」
異常事態なのは、事実だ。
これを知らせてくれた青年商人には、後で褒美を出そうと思うくらいだ。
「まずは組合内での注意喚起が先だな」
こうして、私は、ひとまず商工組合にて話を通した。
「いま現在、このような事態を引き起こす謎の食べ物を渡す旅人がいる。だから気を付けるように」と、そう指示を出す。
それから、「その旅人が王都に来る可能性が高い。王都全ての店に、その試供品を絶対に口にしないように話を通しておけ。組合に入る入らないに関わらず」と指示を出した。
本来であれば、商工組合に入っていないような小さな店や、違法店には指示を出さないが、もし仮になんらかのきっかけでお客様、つまりは王都の人々の口に入ったらマズい出来事になる。
一番まずいのは、王族や貴族が、この試供品を食べたりしたら、首一つでは済まないだろう。
その後、私はその足で、冒険者組合、その頭であるスピリッツに話を通していた。
----遅かったが。
既に冒険者が20名ほど、その試供品を食べて、何も食べずに活動できる身体になったのを知ったのは、その時であった。




