第110話 王都に迫る怪盗事件配信
私の名前は、ゼニスキー。王都の商工組合、その長をしている。
簡単に言えば、私の仕事は王都で行われている商業----その全てを取り仕切るのが、いまの私の仕事である。
そんな私がいま一番力を入れているのが、炭酸事業である。
伯爵家の息子ながら、王室錬金術師にまで上り詰めたチョウゴさんとの付き合いで引き受けた『錬金術師大会』の審査員という仕事であったが、この仕事を引き受けたことを今では転機であったと思っている。
なにせ、この大会の審査員をしたからこそ、錬金術師ススリアという人物と出会うことが出来たのだから。
錬金術師ススリアが披露した魔道具、炭酸発生魔道具。
この魔道具は、飲み物に炭酸と呼ばれる付加価値を与えることが出来るのだが、この炭酸こそが飲食業界を変える重要な要素となっている。
炭酸とは、簡単に言えば泡だ。
飲み物の中に、泡を生み出すというそれだけの代物ではあるが、この炭酸のシュワシュワ感が斬新だと話題になっている。
美味しくない飲み物の代名詞であるポーションが、子供達にあそこまで爆売れしたのだから、その凄さはそれだけで伝わるというモノだ。
私は無理を承知で、というかかなりのワガママを言って、ススリアさんに炭酸発生魔道具の開発をお願いした。
彼女は、かなり嫌そうな顔をしていたが、それでも私のお願いを聞いて、炭酸発生魔道具を開発してくれた。実にありがたい。
そうして開発してくれた炭酸発生魔道具を、私は王室直属の錬金術師協会に持ち込んだ。
予め、私と同じように彼女の炭酸発生魔道具に心を惹かれていた王室錬金術師のチョウゴさんのお口添えもあり、炭酸発生魔道具の持ち込み、そして改良の依頼はスムーズに済んだ。
炭酸発生魔道具はススリアさんの手によってほぼほぼ完成されていたと言っても過言ではないが、いかんせん量が足りなかった。
私はこの炭酸発生魔道具を、王都で飲食業を営む全ての店に導入したいと考えていたからだ。
炭酸は人々の食欲を高める重要な役割をしており、これはいくらあっても困る物ではないと考えていたからだ。
そう考えると、炭酸発生魔道具を必要としている店は、王都でも100を優に超えており、とてもじゃないがススリアさんという個人事業者である彼女に大量に納品して欲しいと頼むのは図々しすぎると感じていた。
王室直属の錬金術師協会は、そんな私の想いに応えてくれた。
かの錬金術師達により、ススリアさん以外でも炭酸発生魔道具が作れるようになり、私は無事、王都にある全ての飲食業を営む店に、設置することが出来た。
----炭酸発生魔道具の設置により、王都の商売はずっと上向きであった。
炭酸発生魔道具のおかげで、炭酸飲料を作ることに成功。
炭酸飲料のおかげで、人々の食欲が向上し、多くの飲食物が売れに売れる。
さらに食が良くなれば、その噂を聞きつけて他国の貴族もどのような代物かとやって来て、さらには今まで王都に来なかった商売人達も来てくれる。
「炭酸発生魔道具のおかげで、王都の経済は1割上昇。これは画期的であるぞ」
いやぁ、こんな素敵な魔道具を作ってくれたススリアさんには、今度お中元として何か渡しておくとしよう。
イスウッドという辺境の地にいるので送るのには多少のコストがかかるが、それを踏まえてもより良きビジネスパートナーとして、これからもお付き合いは続けておくべきだろう。
「ゼニスキー組合長!」
そんなウハウハな私の所に、1人の青年が扉を勢い良く開けて入って来た。
彼は確か……そうだ。王都近郊の村々に行って、卵を買い付けに行ってもらっている商人さんだ。
「どうした、なにか買い付けにトラブルが?」
「いえ、卵自体の買い付けには問題はなかったのでありますが、少々お耳に挟んでおきたいことがございまして」
そういう報告は、まず騎士団にすべきと思いつつ、神妙な面持ちの青年商人の顔を信じ、私は言葉を待つ。
「……飲食物の消費量が、異様に減っているのです」
「こちらをご覧下さいませ」と、そう言って見せて来れた資料を見る。
その資料を見るに、確かに青年商人の言う通り、確かに消費量の減少がみられる。
しかしながら、青年商人が危惧するほどではなく、「今月は少し食べる量を減らしたのかなぁ~」くらいで、さほど気にするほどではないというくらいだ。
----つまり、それほど問題視する話ではない。
「これが、同化したのか? 見たところ、異様というほどではないようだが?」
「では、続いてこちらの資料もご覧ください」
私がそう言うのも予想していたかのように、青年商人はもう1枚の別の資料を見せてくれた。
「この資料はなんだ? ある日付以降、白紙になっているが?」
「えぇ、それはとある村の、領主様の"1か月の食事量"を現したグラフになります」
「----はぁ?!」
信じられないと言わんばかりに、私はもう一度、その資料を見る。
この資料が本当だとすると、領主は"20日以上何も食べていない"という計算になるのだが?
「しかも、領主様は非常に健康体。周りの者達が驚くほどに、日々仕事を行っているという事。私も3日ほど見させていただきましたが、私の所の丁稚に負けず劣らずの仕事量をこなしておりました」
「お前の所の商会は、誰もが忙しく働いていたと記憶している。中でも丁稚達は、日々仕事を覚えようと一生懸命に働いていて、私も感心していたくらいだ」
つまり、めちゃくちゃ仕事をしているという事。
一介の領主が、いや領主出なかったとしても、20日以上何も食べずに生きていられるのだろうか?
「原因は、判明しているのか?」
「えぇ、それはとある人物による犯行です。そしてその人物が、こちらに向かっているという情報が入ってきました」
「なんと!?」
20日以上、食べずに働くという領主。
そんな異常を起こした人物が、この王都にやって来る?
「つまりお前は、その人物が、今度は領主だけではなく、王都に居る者達に作用し----飲食業界に大打撃を与えると見ている訳だな?」
「おっしゃる通りであります。誰も食べなくて良くなれば、飲食業は大打撃待ったなしです」
なんてこったと頭を悩ます、私。
どう相談すべきか、そしてその原因は誰だったら解決できるのかを考えていた。
「……そして、私もその人物にやられました」
「お前もか?!」
「はい、ここ10日ほど、何も食べてません。いえ、何も食べたくないんです」
商人の言葉に、私は「原因は何だ?」と聞いて、遂にその人物の正体が判明する。
-----"怪人めしどろぼう"という、その名が。




