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転生おばさんは有能な侍女【短編版】

作者: 吉田ルネ

「月光の王女と呪いの石」https://ncode.syosetu.com/n3906iq/

連載中です


思いがけずたくさんの方に読んでいただけてランキングも上がって、びっくりしたり感激したり

感想、誤字脱字報告もありがとうございます

ただいま、長編版準備中

なぜわたし(アメリア)がやさぐれているのか、もうちょっとふみこみます

わたし(アメリア)自身のラブもご用意します

楽しみにお待ちいただけたらさいわいです


 はっと気がついたら、目の前に美少女が立っていた。

 ピンクの髪にアメジストみたいなうす紫の瞳。ピンクといっても決してど派手なえげつないピンクではなくて、うすいシルバーっぽいピンク。上品。


 お肌も白くてすべすべで、ニキビ跡なんか一個もない。毛穴? あるわけない。


「アメリア? だいじょうぶ?」

 その美少女は心配そうに見上げてくる。

「はい、だいじょうぶです」

 わたしの口が勝手に答えた。びっくりした。


 ここはどこ。わたしはだれ。


 ああ、そうだ。

 うすらぼんやりした頭が徐々にクリアになっていく。


 パートが終わって、スーパーに行ったんだった。夕飯はなににしようかな、とか思いながら。

夫と息子は食べるのかな。飲みに行くなら早めに連絡くれればいいのに、とか思いながら。


 煌々と明るいスーパーの入り口に着いたところで、とつぜん「わーっ!」とか「ぎゃあーっ!」とか悲鳴が起こった。

 顔を上げたら、目の前に車が突っ込んできた。運転席の高齢者と目が合った。なにが起きているのか、まったく理解していない様子で、ばかみたいにあんぐりと口を開けたジジイだった。


 記憶はそこまで。

 

 ハイブリッドカーって、音がしないからわかんないのよ。どうにかしてほしいな、あれ。


「アメリア?」

 美少女がもう一度呼びかけてきた。記憶の底のほうから、なにかがむくむくと沸き上がってくる。


 この美少女はお嬢さま?

 それで、わたしは……。


 ん? ジジョ?

 いや、わたしは長女だが。二個下の甘ったれで無責任な弟がいるが。何回尻拭いさせられたんだか。まったく。


 は? ちがう?

 侍女。ああ、そっちね。


 納得したとたん、アメリア・ハミルトンとしての記憶が、頭の中になだれ込んできた。

 わたくしアメリア・ハミルトン。十八才。伯爵家の三女。

 目のまえのお嬢さまは、シャーロット・エバンス。十六才。侯爵家のご令嬢。そしてわたしはその侍女でした。


 あれだ。転生ってやつだ。ネットニュースで見た。そういうのが流行ってるって。悪役令嬢とか。

 そういえば、なんかダウントンアビーみたいな長いドレス着ているし。部屋の中もビクトリア調? そんな感じだし。


 すぐに、ふたつの記憶と人格はうまいこと融合したみたいだ。すでになんの違和感もなくなっている。

 すごいな、転生。


「だいじょうぶです、お嬢さま。ちょっと寝不足で立ちくらみがしたんですよ」

 そう答えたら、シャーロットお嬢さまはハの字に眉尻を下げた。

「なあに? 悩みごと? 心配事でもあるの?」

 わたしよりも、ちょっとばかり背の低いお嬢さまは、首をかしげて心配そうにのぞき込んでくる。


 わ! かわいい。お人形さんみたい。

「だいじょうぶですよ」

「ほんと?」

「ほんとです」

 と答えたら、ぱっと花が咲くように笑った。

「よかった!」

 胸のところで、ぱん、と両手を合わせる。ほんと、かわいいな。スイートピーみたい。淡いピンクで、ふわふわで、ひらひらで。


 それが、一か月前に起きたことだった。


 以来わたしは、うまいことアメリアの仮面をかぶって暮している。


 うーん。主人格はどっち? わたしがアメリアを吸収したようなかんじがするけど。

 もしかしたら二重人格的に、アメリアが主になっているときがあるのかもしれない。気がついていないだけで。


 うーん。わかんない。

 ほっぺたにとつぜん口が開いて、勝手にしゃべりだしたら嫌だな。と思う。

 いまのところ、そんなことは起きていないけど。


 シャーロットお嬢さまは、由緒正しきエバンス侯爵家のご令嬢。お兄さまが三人。末っ子でただひとりの女の子だから、侯爵ご夫妻もお兄さま方もかわいくてかわいくてしかたがない。


 蝶よ花よと育てられたせいか、はたまたもともとの性格なのか、とってもおとなしくていらっしゃる。自分の気持など口には出さない。いや、出せない。

 いつだって、だれかが先回りしておぜん立てするから。


 それじゃあ、ダメだと思うのよね。かわいい子には旅をさせろっていうじゃない。

 せめて自分の気持くらいは言えないと。


 お嬢さまもそのように思ってはいる。思ったからといってすぐにできるわけじゃない。

 ちょっとそのジレンマでお悩み中だ。おくればせの思春期。

 悩まし気にうつむく姿もかわいらしい。


 でも!

 ここはお嬢さまの成長を促して差し上げなければ!

 だから、わたしはちょっと意地悪をする。ほんのちょっとだけ。


 きょうは王宮に参上する日。お嬢さまは第二王子ルーク殿下の婚約者。

 お妃教育なるものがあって、王太子殿下の婚約者ルイーズさまといっしょにマナーのお勉強だ。

 他国との交流とか、親善とかいろいろあるらしい。

 シャーロットお嬢さまは、週に二回ほどだけれどルイーズさまは週に四回もある。

 王太子妃たいへん。王族たいへん。


 まずはドレス選びから。

「ルイーズさまは何色をお召しでしょうね」

 聞いてみる。色がかぶらないように気をつけないといけない。

「うーん」

 それっきりだまりこんでしまうお嬢さま。

 ほらほら! 自分で考えないと!


「この前はグリーンでしたよねぇ」

「そうね。そうだったわ」

 深い森のような、濃い緑のドレスだった。

「でしたら、きょうはちがうお色でしょうねぇ」

「!」

 ひらめいたらしい。


「きっと青だわ!」

 ルイーズさまは、寒色系を好まれる。

「そうですね。きっとそうです」

 するとお嬢さまは、ぱっと笑う。正解を得て、目がキラキラする。

 やばいかわいい。

「じゃあわたしはクリーム色にしようかしら」

「それがいいと思います」

 わたしもにっこりと笑う。


 黄色からクリーム色のドレスを三着ばかりならべる。

「どれにしましょう?」

「うーん」 

 お嬢さまはしばらく考える。

「右のにするわ」

 いちばん淡いクリーム色を選んだ。いいと思います。

 

 日中のお勉強会なので、さりげないネックレスとイヤリングを選ぶ。髪はハーフアップに結って出来上がり。

 やばいかわいい。


 ルーク殿下も鼻の下をのばすだろう。


 ルーク殿下もさることながら、わたしもでれでれと鼻の下をのばすのはある意味しかたがない。

 アメリアは十八才だけれど、中身は五十四才のおばさんなんだから。

 自分の子どもよりもずっと年下。

 十六才。高校生だもの。少々たよりなくても危なっかしくてもしょうがない。

 だってJKだもの。


 今のわたしだったら、当時の娘にもさぞややさしくできただろうに。目くじらばっかりたててたな。反抗されてあたりまえだ。

 どうせなら転生じゃなくてタイムリープがよかったな。


 前の世界をまったく思い出さないわけじゃない。

 夫や息子はどうしているかな、とか。ごはんはちゃんと食べているだろうか、とか。掃除や洗濯はちゃんとしているだろうか、とか。


 あれ? 家事ばっかりだ。


 ……家事代行サービスで足りるんじゃない?

 そもそも、わたしは死んだのかな。

 死んだとして、残った家族は悲しんでくれたのかな。


 なんとなく家事をする人がいなくなって困っているだけじゃないのかな。

 そんな気がする。


 夫はあと三年で定年退職。そのあとどうするつもりだったんだろう。

 一日中ずっと家にいられたらいやだな。できればもう少し先まで働いてほしい。っていうか、家にいてほしくない。


 働かないのなら、趣味でもなんでもいいからどこかに行ってほしい。いっそ愛人でも作ってそっちに入り浸ってほしい。


 ……末期だ。


 正直、熟年離婚について検索もしていたのだ。どうしたら円満に不利益を被らずに離婚できるか。メリット、デメリット。

 正解は人それぞれなんだろうと思った。自分にとっての正解はあの時点ではわからなかった。


 息子は二十四才の会社員。仕事も任されるようになって公私ともども絶好調。ちょっと調子に乗っている。

 自宅住まいだから、お金の余裕もある。飲みに行くなんてしょっちゅう。そのまま、泊まってくることもある。

 どこに泊まっているんだか。

 

 行くなら行くで連絡くれればいいのに、なくてもめずらしくない。べつに怒らないのに。メッセージの一行も打てんのか。


 手つかずのおかずがテーブルの上で冷めていく。


 夫もそういうところ、あるしな。遺伝かな。嫌な遺伝だ。

 残ったおかずは、朝に食え。文句など言わせはしない。


 ただ、娘だけはわたしの味方。結婚してからはなおのこと。

 去年孫娘が生まれた。「たっち」ができるようになったところだった。この世のすべての邪悪が吹き飛ぶような笑顔だった。

「ばあば」なーんて呼ばれたかった。


 前の世界に未練があるかといえば、そうでもない。

 時間がたつにつれ、お礼も言われない、褒められもしない家事から解放されてむしろ清々している。


 孫の成長が見られないのが残念だ。

 そのかわりに、お嬢さまの成長を見届けようとしているのかもしれない。


 ルイ―ズさまとふたりのお勉強会はかわったこともなく終了。その後、王妃さまにお茶にお呼ばれして、三人で女子会。シャーロットお嬢さまもルイーズさまも優秀なようで、王妃さまもご満足していらっしゃる。

 なによりだ。


 王族ともなると、嫁いびりなんてないのだろうか。高貴な方々はそんな下世話なまねはしないんだろうね。

 権力争いとか、もっとすごそうだもの。


 お茶会の途中で、お嬢さまに連絡が一通届いた。読んだお嬢さまの眉がハの字に下がった。

「ルーク殿下はお仕事が終わらなくて、お会いできないのですって」

 はあ? 

 王子、お嬢さまがみずから選んだドレスを見ないというのか。ふざけんなよ。


 お仕事といってはいるが、財務やら外交やら産業やらの手伝いをしながらきびしく仕込まれているところなのだ。

 第二王子とはいえ、国政の中枢を担うことにはちがいない。


 いつもならお勉強会が終わると殿下が迎えに来て、時間があればお茶会という名のデートをし、時間がなければ車寄せまで送るのだが、きょうは抜けることができなかったようだ。

 しっかりしろよ、王子。お嬢さまをがっかりさせるんじゃない。


「あらあら、しょうがないわねえ」

 王妃さまがおっとりとおっしゃる。

 けっきょく、王太子殿下が迎えに来たルイーズさまにさよならをし、ひとり、といってももちろんわたしがついているし、車寄せまで護衛騎士がついてきてくれる。


 ちょっとうつむき加減のお嬢さまがおいたわしい。


 帰ったら王妃さまにいただいたビクトリアケーキをいただきましょうね。などと心の中でつぶやきながら、もうすぐエントランスホールに入るところだった。


「あら、シャーロットさま。ごきげんよう」

 耳障りな甲高い声が聞こえた。


 うげ。出たな、ローズ・ウィンチェスター。

 ただでも下がり気味だったお嬢さまの肩が、一段と下がってしまった。


 っていうか、なんでいるのだ。まさか、待ち伏せじゃないだろうな。

 いや、こいつならやりかねない。

 かかとを上げて。フットワークを軽く。

「いつでも来い」の戦闘態勢をとる。


「ルーク殿下はごいっしょじゃないのかしら。送ってももらえないの?」


 この女はいつもこうやってシャーロットお嬢さまにからんでくる。

 ウザい女だ。


 一時はルーク殿下の婚約者の候補に入っていたが、それだけだ。あくまでも「候補」。婚約者じゃない。

 自分が婚約者になれなかったものだから、お嬢さまに意地悪ばっかり言ってくる。

 言ったからって婚約者が変わるわけもないのに。

 選ばれたのはシャーロットお嬢さまなのだよ。いさぎよく引け!


 なーんて、一介の侍女が言えるわけもなく、睨むわけにもいかず、わたしはただ立って胸糞悪さをやりすごす。

 心持ち前に出て、盾になる準備をする。


「ええ。ルーク殿下はまだお仕事中ですの」

「まあ。婚約者よりも大事なお仕事もあるのねぇ」

 この! クソ女!


「ええ、もちろん。お仕事のほうが大事ですわ」

 お嬢さまが言ってのけた。

 すばらしい!

 わたしは、心の中で拍手を送る。


「あ、あらそう」

 意地悪ローズは、怯んだ。ざまあ!


「それはそうと」

 なに?

「シャーロットさまは今日も地味ですわね」

 コノヤロー、矛先を変えやがったな。

「そんなんでは、ルーク殿下にふさわしくありませんわよ?」


 意地悪ローズとその侍女はニヤニヤしている。

 主従って似てくるのかな。

「もっと華やかな方のほうが殿下にはお似合いよねぇ。たとえば」

 意地悪ローズは侍女にむかって言った。侍女は「もちろん」とうすら笑う。

「スカーレットさまとか」

 意地悪主従がニイッと笑った。ほんと性悪。


 だーかーら! そんなふうに根性が曲がっているから選ばれなかったのだよ!


 スカーレットさまとは、王家の血を引く公爵家のご令嬢。見目麗しいのはもちろん、礼儀も社交もすべてが完璧。パーフェクトレディだ。


 もちろん、こんな意地悪なんかするわけない。

 そして、隣国の王子さまとの結婚が決まっている。

 遠距離ではあるが、もちろんラブラブ。

 ローズの出る幕はない。


「そ、そんなこと……」

 お嬢さまの声が小さくなる。いまいち自分に自信が持てないのだ。スカーレットさまがどうこう、なんてあるわけないのはわかっているんだけど。

 

 だいじょうぶ。スカーレットさまよりかわいいとわたしは思います。ルーク殿下もそう思っていますよ。


「そうよ。そうよ」

 弱気になったお嬢さまに、ますますローズはつけあがる。

 ……いじめの構図だな。

 どの世界でも、どの時代でもあるんだな。ほんと、胸糞悪い。


「お嬢さま、馬車が待っておりますよ」

 わたしはお嬢さまに声をかけた。

 もういいだろう。とっとと帰りましょう。


 助け舟は間にあわないようだ。


「……そうね」

 では、と体の向きを変えたとたん、

「あら、せっかくお会いしたのですからもっとお話ししましょうよ」

 意地悪ローズが図に乗った。般若みたいに笑ってる。怖いぞ。そんな顔見たら、男子はドン引きだ。


 さすがにこれ以上はゆるせない。

 お嬢さまとローズの間に割って入った。

「申し訳ございません。馬車を待たせておりますので」


「まあ! 侍女の分際でわたくしに逆らうの?」

 図に乗った意地悪ローズは、わたしの腕をぎゅっとつかんだ。

 アウト! 手を出しちゃダメ!


 意地悪ローズは、爪を立てるようにグリッとわたしの二の腕をつかんだ。ぜったいわざとだ。

 声をあげなかったことを褒めてほしい。


「アメリア!」

 シャーロットお嬢さまがもう片方のわたしの腕に手をかけた。


 どうするんだ、この状況。こんな場所で。目立つこと、この上ない。ほら、まわりも「あーあ、やっちまったな」って顔をしている。

 ローズ、とんでもない悪手だぞ。


「なにをしている!」

 

 突然聞こえた凛々しい声。王子さま登場。助け舟がやっと来た。

「ルークさま」

 シャーロットお嬢さまの声は、ほっとしている。

 

 一方意地悪ローズは。

 しまった、とばかりにパッとわたしの腕を離したけれど、時すでに遅し。

「シャーロット。だいじょうぶか!」

 つかつかと足音も荒く近づくと、さっとお嬢さまを腕の中に囲い込んだ。

 おそいよ。とは思ったが、ちょっと息も切れているし、急いで来たんだろうな。だからよしとしよう。


「わ、わたしはだいじょうぶです。アメリアが……」

 わたしはつかまれた腕を痛そう―にさすりながら、

「だ、だいじょうぶですぅ」

 と消え入りそうな声で言う。わざと、か弱そうに。

 どう? かわいそうでしょ? わたし。


 ローズがあわてて礼をとったところで今さらである。悪行はばっちりと見られていた。

「レディ・ウィンチェスター。アメリアがなにかしたか」

 うっわ。王子さまのご機嫌、めっちゃ悪い。

 いとしのシャーロットに意地悪をしたんだから当然ですけれども。


 じつはこっそりと、ルーク殿下の従者、ジョージ・クラーク卿とはこまごまと連絡を取っていた。

 もちろん、意地悪ローズの嫌がらせの件だ。

 お嬢さまが直接言えればいいのだけれど、へんなところで我慢強いお嬢さまは、耐えてしまうのだ。


「そんなことで、ルークさまのお手を煩わすわけにはいきません」

 煩わしてほしいんじゃないかな。そんで、おれが守ってやらなくては。なんて男気を発動するんじゃないのかな、年頃の男子は。

 

 それに後から知ったら、助けてやれなかった。とか言ってすごく後悔するんだと思う。知らなかった、なんて屈辱的だ。

 だから、ちょっとおせっかいを焼いた。

 それにローズの意地悪も目に余ったしね。


 とはいえ、侍女が王子殿下に連絡するわけにもいかないので、従者のクラーク卿のお耳に入れたわけだ。

 当然ルーク殿下の知るところとなり、「シャーロットを守れ」と殿下から厳命が下されたのだった。


 そこで、わたしとクラーク卿で、殿下とお嬢さまのスケジュールを共有することになったのだ。

 さっき、お茶会が終わるタイミングで、クラーク卿に「これから帰る」と伝言を送っていた。

 それで、間にあうかどうか、ぎりぎりだったのだけれど。


 ちょうどいいところに来てくれてよかった。


「レディ・ウィンチェスター。前々から思っていたが、シャーロットになにか思うことがあるのか。あるのなら、今ここではっきりと言え」

 おお。殿下凛々しい。

 惚れ惚れします。


「い、いえ。なにも」

 ローズはもごもごと口を動かす。冷や汗だらだら。

「あるのか、ないのか!」

 殿下がきびしい。

「あ、ありません」

 そう言うしかないよね。調子こいた侍女もうしろで真っ青になっている。


「そうか、ならば以降、シャーロットにあいさつは無用だ。もちろんわたしにもだ。このことはウィンチェスター侯爵にも話しておこう」

 うわー、理不尽。

 でもしょうがない。自業自得だよね。

 意地悪ローズはぶるぶると震えている。


「そこまでおっしゃらなくても。わたしならだいじょうぶですから」

 ルーク殿下の腕の中で、お嬢さまがぷるぷると震えながら見上げる。殿下の眉間のしわは取れない。

 同じ震えでも、お嬢さまはチワワのようでめちゃかわいい。

 守ってあげなくちゃ。わたしもそう思う。


「ローズさま。どうかまた、お声をかけてくださいませね」

 おおう。お嬢さま、それはトドメでは?


 たぶん、あしたには「さんざんシャーロットに嫌がらせをした性悪ローズ」と「性悪ローズから婚約者を守った男気のあるルーク殿下」と「その性悪ローズに寛大な態度を見せたやさしいシャーロット」三人の噂がかけめぐるはず。


「おれのシャーロットはやさしいな」

 ルーク殿下がお嬢さまの頬を、いとおしげになでまわしている。


 意地悪ローズはうつろな目で立ちすくんでいた。

 ご愁傷さま。


「アメリア、だいじょうぶ?」

 お嬢さまが心配してくれる。

「これくらい、だいじょうぶですよ」

 わたしは腕を曲げて力こぶを作って見せた。


「医師に診てもらおうか」

 殿下まで声をかけてくださる。おそれおおいことで。

「ほんとうに、だいじょうぶでございます」

「そうか。じゃあ、車寄せまで送ろう」


 ルーク殿下があらわれたので、お嬢さまはにこにこしている。

 うん、よかった。

 クラーク卿も腕の心配をしてくれた。

 この世界「女は男に守られるもの」みたいな価値観がふつう。とくに貴族は。

 すっごいモラハラ。でもそれがふつう。


 たかだか腕をつかまれただけで、これだけ心配してくれるのはありがたいが、慣れていないわたしは鳥肌が立つ。そのうち慣れるんだろうか。それもいやだが。


 どっちかっていうと、夫の尻を叩きながらバリバリ働いている下町のおかみさんのほうが性に合っている。

 っていうか、結婚はもういい。ひとりで好き勝手に暮らしていきたいんだけれど。

 中身は五十四才だもん、しかたないよね。


「嫌なことがあったら、すぐにおれに言うんだよ」

 ルーク殿下が眉尻を下げる。シャーロットラブである。

「ありがとう、ルークさま」

 お嬢さまがニコッと笑うと、殿下は耳まで赤くなった。

 ラブラブ。


 クラーク卿と目が合うと、彼は「うむ」とうなずいた。わたしも「うむ」とうなずいた。

 うまくいったな、おつかれ。そんな意味である。

 いつのまにか、阿吽の呼吸が身についた。

 ……いらないスキルだな。


 まだ赤味の引かない殿下に見送られて馬車は走り出した。


 小さく手を振るお嬢さまは、ほんのり頬が赤らんで、いっそうかわいらしかった。


 fin.



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