第3話 ~防御力1の従者~
エレベーターが開くと待っていたのはナナの笑顔だった。
―――これだよこれっ。癒される……
「お疲れ様でございました。それではお部屋へ参りましょう」
「うん」
相変わらずしっかりしている。こんなかわいい少女が姿勢を正して歩いているだけでどうにかなってしまいそうだ。メイド服だし。
部屋に入るとベッドメイキングは完了済みだ。さすがはナナだ。メイド服だし。
そしてナナは口を開く。
「お食事になさいますか? お風呂も沸いております。そ、それともお休みになられますか?」
―――うぉおおおっ。そ、それともとは寝ることだったかー……。
勘違いして手を出さなくてよかった……。嫌な汗が垂れる。
「そ、そうだな……。とりあえずお風呂入ろうかな……あはは―――」
「かしこまりました。それではお湯加減を見て参ります」
ナナは浴室へと入っていく。
とはいえ。あのスク水姿に耐えれるだろうか……。ナナの背格好と容姿はあのスク水をより引き立たせる。というより無敵の装備だ。正に水を得た魚。
そして声が聞こえる。
「大神様っ。お風呂のご用意が整いました」
高揚を抑えつつ気を静めるため般若心経を唱えるも最初の一行しかわからずに撃沈。無理やり抑えようとした欲情は無情にも二倍三倍に膨れ上がる。
そして浴室へ入った俺の目の前には相も変わらず礼儀正しいナナの姿。
だが、見てすぐ気づく。それに気づかないわけがない。
「ナ、ナナ……。そ、その格好は一体?」
「こ、これは大神様のデータを基に……」
「じゃ、じゃなくて……」
「あっ。昨日の水着はまだ乾いてなかったので―――」
あろうことかナナの導き出した新作水着は白スク。
白スクとは。学校指定の地味な紺や黒では通常あり得ない。白いスクール水着のことである。しかしながらそれ専用のパッドやインナーが無ければただの布。
布は水分を含むと当然重みが増す。そして、肌へと密着し、体のラインを絶妙にあらわにする。それだけなら他のスク水と同じ。
だがっ。白は濡れると透ける。
それ故に素人の白スクは自殺行為であり、裸よりも恥ずかしい姿をさらけ出すといわれている。
当然まだ透けてはいないものの。その姿は神をも凌駕していた。
「お、お気に召さないでしょうか……」
「と、とととんでもないっ。似合い過ぎて怖いくらいっ」
「あ、ありがとうございます」
―――ああ。かわいい。なんてかわいいんだっ。そんな格好でそんな笑顔を見せられたら。はん・にゃー・しん・ぎょー……。わからん。さっぱりわからん。というかわかったところでどうにもなるまい。さすがにその格好は反則。チート過ぎだろ。
「それではお背中をお流しいたしますのでこちらへ」
―――落ち着こう。一旦落ち着こう……。
気を静め、椅子に座る。瞼を閉じてふぅーっと大きく息を吐いた。
「それでは失礼いたします」
こういうお世話にもマニュアル的なものがあるのだろう。昨日と段取りは全く同じだ。
嫌な顔せずに本当にナナは真面目で良い子だなと欲情が治まってくると同時に聞こえる例の声。
力のないナナは背中を擦るのに思わず声が出るのだという。発声は神経を刺激して筋肉をより良く使うらしいとなにかで読んだことがある。科学的根拠があるかどうかはわからないがおそらくはそういうことなのであろう。
「んっ……。んんっ。んーっ……あんっ」
―――もはや喘ぎ声だろっ。ぬぐぐぐ……。
後ろから聞こえる色っぽい声は想像力をかき立ててくれる。
ツインテールの白スク少女がどんな顔で。どんな格好で。そしてその白い布は意味をなしていますかと。
おそるおそる首を横に向けるとナナと目が合う。
「ど、どこか痛かったでしょうか?」
「ち、違うくてっ。気持ちいいっ。いやっ。痛くないっ」
「それなら良かったです。では続きを……んんっ……」
―――あ、あぶねー……。ちょっと気を抜くと狂ってしまいそうだ……。そうだっ。これは罠だっ。美人局だっ。疑え……。疑うんだ……。世の中はそんなに甘くない。むしろ辛いっ。
とはいえ。体は正直だ。またしても狂気となった俺の俺を自分で洗い。さっさと風呂を済ませた。
肝心の白スクは透けていたか問題についてだが、湯船にてナナを観察したところ。
しっかりと透けてはいたが胸と下半身はちゃっかりパットで防御されていた。
―――うむ。残念。
一人チェアでくつろいでいると浴室からメイド服のナナが出てきた。
「お食事になさいますか? お休みになられますか?」
「食事をもらおうかな」
「かしこまりました。ただちに準備をさせていただきます」
慌ただしく部屋を出るナナ。ただっ広い部屋に一人でいると少し寂しさを覚えた。
部屋のドアが開くとまたまた美味しそうな匂いが立ち込める。
―――ていうか二日連続ステーキ? まあ、いいけど。
「お待たせいたしました。大神様。ただいまご支度いたします」
そつのない動きでテーブルに並べられた夕食。チェアを起こすとナナはナプキンを手渡してくる。行儀のいい食事は苦手だけど特別扱いされている気分は悪くない。
昨日よりは落ち着いて状況を把握できる。相変わらず美味い肉だ。ナナに一切れ差し出すと笑顔で首を横に振った。
夕食を済ませくつろいでいるとナナは片づけを始める。手際も良く、見てるこっちも気持ちが良い。
その日。ナナは夕食の時間だと部屋を後にした。
天使見習いは別館で寝泊まりしているのだという。そこで遅めの食事をして翌朝にはまたお世話をするという繰り返しの毎日を過しているそうだ。
ちなみに昨日も俺が寝たのを確認してから静かに部屋を後にしたのだという。
「なにかありましたらこのベルを鳴らしてください。すぐにかけつけますので」と机の上には小さいハンドベルを置いていった。
一人でいるとどこか虚しくて寂しい。何度そのベルを鳴らそうかと思ったか。
とはいえ。こんなわがままでナナの邪魔をすることに罪悪感を覚えて部屋の中をあてもなくうろうろしていた。
横になれば寝ているだろうと目を閉じてもなかなか寝付けずにいた。
―――眠れねー……。はぁー。転生か……。
俺は転生するためにここにいる。
思わぬ不慮の事故とはいえ。新たな人生をやり直すことを与えられた。だからこそ慎重に決めなければならないこともわかっている。
だが、してみたかった転生先の異世界は生存率わずかの地獄。
これからなにになりたいかなんて今は考えられない。これまでの人生に後悔はない。もう一度同じ人生になりたいかと聞かれればなりたいとも答えないだろう。
―――ずっとここに……ナナとずっと一緒に―――……
「―――大神様。大神様?」
「……ん? えっ?」
「おはようございます。朝食のご用意もできております」
―――ああ。いつの間にか寝てたんだな。
「おはよう。ナナ。コーヒーもらおうかな」
「はい。かしこまりました」
朝食を済ませてコーヒーを飲んでいるとナナが口を開いた。
「大神様。あと三十分ほどでご出立のお時間です。そろそろご用意をお願いします」
「もうそんな時間か。あー。面倒臭いな……」
「大神様の転生先が良いところになることを願っております」
「でもさ。行きたかった異世界は地獄のようなところだし……。もっと夢があってもいいと思うんだよなー」
「いせかい……ですか?」
「ナナは異世界のこと知らないの?」
「は、はい。も、申し訳ありません。存じ上げなくて……」
「別に謝ることじゃないよ。異世界ってさ。剣と魔法のなんでもありの世界なんだよ。俺はそこで強くなって困っている人たちを救いたかったんだ。そしたら、すぐに死ぬかもなんて言われてさ……。参っちゃうよ」
「大神様なら救えると私は信じておりますっ」
「そ、そう? でもなー……さすがにすぐに消滅とか嫌だし」
ナナはどこか目を輝かせて恥ずかしそうにもじもじしていた。
「ナナ。どうしたの?」
「いえ。あの……。た、大変あつかましくも恐縮なのですが……」
「なに? 言ってみなよ」
「は、はい。そ、その異世界のことを詳しく知りたいなと思いまして……」
「興味あるの?」
「はい……。大神様の転生先ですので……」
―――か、かわいいっ。恥じらいの表情の中にキラキラと輝かせた瞳っ。くうー……。朝からたまらんっ。
「ナナが興味あるなら教えるよ? 聞きたい?」
「はいっ。ありがとうございます。で、ですがもうご出立のお時間です」
「帰ったらゆっくり話すよ。じゃあ、いってきます」
「はいっ。いってらっしゃいませっ―――」
見送られてエレベーターに乗ると幸せが押し寄せてくる。
実に単純だ。ナナが俺の転生先に興味を持ったことが素直に嬉しかった。
それと。
また一緒に居られる時間があることも。




