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序 ~ぼうけんのしょをさくせいする~

―――ああ……。俺、本当に死んだんだ―――


 会社からの帰宅途中。俺は車にはねられたらしい。というのもはっきりと覚えていない。体に衝撃が走ったと思った瞬間、空を飛んだような不思議な感覚。痛みと快感。矛盾した感覚を同時に感じた。


 そして気がつくと…

 

 机を挟んだ向かいの椅子には天使の輪っかをつけたぱっと見美人なお姉さん。

 きちっとしたポニーテールに少しだぼっとしたのリクルートスーツ。黒淵の眼鏡をキリッと上げる仕草はどこかできる女を思わせる。

 なんだか面接でもしているような雰囲気は就職活動を思い出させた。


 お姉さんは一枚の紙を真剣に凝視している。おそらく俺の履歴書みたいなものだろう。


「ふむふむ……。大神凪(おおがみなぎさ)。二十九歳。会社員……」


「あ、あのー……」


「なんですかー?」


「えーっと……俺、死んだんですか?」


「はい。先程、交差点の信号を無視した暴走車にはねられ即死。衝撃で三メートル弾き飛ばされ頭蓋骨骨折。脳挫傷。そして衝撃で裂けた頭からは大量の―――」


「ちょちょちょっ。も、もう説明はっ!」


「そうですかー? ここからがご自分が死んだことを認識できるそれはそれはグロ過ぎるご説明なのですが……うふ……うふふ……」


―――き、聞きたくない……。それにこのお姉さん絶対にヤバい人だ。 


 眼鏡の奥の眼差しに恐怖を覚えつつも俺は一つの質問をした。


「そ、それでここは?」


「ここは転生館です。ざっくりご説明しますとですねー。大神さんのように不慮の事故に遭われた方などなど。あんなに大勢の前で脳みそをぶちまけ、罪のない一般市民にトラウマを与えたイカれた大神さんとかとか―――」


―――なっ! こいつサラッと事故の状況を言いやがったっ。


「―――そういった方々を速やかに生まれ変わらせるというのが転生館ですねー」


―――「ねー」じゃねーよっ! たとえ本当だとしても聞きたくなかった。しかも他人にトラウマまで与えてしまうとは……。


「ざっと大神さんの経歴を拝見したところ。悪行も善行もそこそこですので。そこそこの転生は可能ですよ?」


―――こ、こいつ……。ひっかかる言い方してくるな……。


「そ、そこそこというのは?」


「そうですねー……例えばですけどー。似たような家庭のもとに生まれ変わるとか。まだ二十九ですしね。一からやり直すのが一番かと思いますよー?」


―――そうか……。新しい命に生まれ変わるのか。まあ、そこら辺が妥当だろうな。あわよくば夢だった異世界転生とやらをしてみたかったけど……。


 ちらりとお姉さんに目をやるとどこかバカっぽい笑顔を返してきた。


「ほ、他に転生できるのは?」


「大神さんはそこそこですから。ありませんよー?」


「も、もっといろいろ選択肢があってもよくないですか? そこそこなんですよね?」


 お姉さんはふーっとため息をついた。


「ぶっちゃけ言いますとですね。説明するのが面倒臭いんですよー。別に? 私が早く帰りたいとか? これから合コンだから少しでも準備の時間が欲しいとか? 正直残業はしたくないとかじゃあないですからねー?」


―――なんて適当なやつだっ。全部口に出してるじゃねーかっ。久々に頭きたっ……。合コンにその地味な格好で向かわせてやるっ! 他の女子が勝負服の中、お前はそのスーツで男共の爆笑を取りやがれっ!


「忙しいところ申し訳ありませんがっ。転生できる全てをリストアップっ。それをもとにどういった転生なのか詳しくっ! ご説明願いたいっ」


「ちっ!」


「おいっ! 今舌打ちしたろっ!」


「あれー? 聞こえちゃいました? すみませんねー。まあ、仕事ですから? 別に構いませんよ? 仕事ですからねっ!」


 とてつもなく嫌そうな表情を見せ、お姉さんはその場を離れた。


―――ざまあみろだ。仕事をなめてるからこういうことになるんだよ。それにしても……本当に死んでしまったんだな……。俺もようやく会社での実績を認められて新しいプロジェクトのチームリーダーになったばかりなのに……。なんだってこんなことに。


 だが、死んでしまったのでは仕方ない。

 前世でそこそこ充実し始めてきた俺には未練があった。仕事のことはもちろん。なんだか良い雰囲気になりつつあったチームの後輩の子。


―――プロジェクトが成功したら告白しようと思ってたんだけどな……。あっ。しかも俺今月誕生日だし……。まあ。死んでるなら誕生日なんて関係ないか。はぁー…………




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇




―――俺は今、転生館とやらにいる。


 自分が死んだのはなんとなく理解できたけど、いきなり生まれ変われと言われてもってやつだ。

 とりあえず可能な限りの転生先の中から一番良さげなところを探すべく。担当のお姉さんに可能な限りのリストを用意してもらうため、俺は一人待ちぼうけをしていた。


 突然バンっと物凄い勢いでドアが開く。

 現れたのは両手に大量の資料を抱えたお姉さん。若干目が血走ってて怖い。


「全部持ってきましたよ? へへへ……。さあ、今夜は寝かせませんからねー?」


「そ、そんなに? そこそこって言ってたんじゃ……」


「大神さんはわかってないですねー。そこそこの人が一番選択肢があるに決まってるじゃないですか。だってそこそこですよ?」


 よくわからないがこれを全て説明するのは俺でもげんなりする。多少お姉さんの気持ちもわかったところで。


「と、とりあえず説明の前にざっくり目を通してもいいですか?」


「はいどうぞっ!」


 俺は机に置かれた書類の山に目を通していく。物凄いリストの数と格闘しているとお姉さんは鼻歌交じりでスマホに夢中になっていた。イラっとしたものの目的の転生先を探すために構ってる場合じゃない。


 予想はしてたけど意外にも当たり前のものが多い。ほとんどが家庭別の生まれ変わりのリストだ。たまに出てくる動物や植物など謎の転生先を見つけては少し興味をかきたてられていた。


 そんな中、最後の方に見つけた異世界の文字。


―――本当にあるんだ……。剣と魔法のファンタジー世界。す、すげー……。い、一応説明聞いておこうかな。


「あのー……。この異世界っていうのは?」


「やめた方がいいですよー? おすすめはしませんけどー?」


「いや……。一応説明だけでも」


「もしかして憧れちゃってる系ですか?」


「ま、まあ……多少は」


「ははーん。大神さんってオタクってやつですかー?」


「オ、オタクってほどでは……。ラノベ読んだり。アニメは観ますけど……」


「ずばりっ。童貞さんですかー?」


「なっ! そ、そそそそれがなにか?」


「いえいえー。別に―……へー。はー。二十九でねー……」


―――くそっ。残業させられた腹いせにバカにしやがってっ! オタクで童貞のなにが悪いっ。むしろピュアな証拠であり、あと何日かで俺は魔法使いになれるんだぞっ!


「と、とりあえず説明いいですか? 時間ないんですよね?」


「はっ! そうでしたっ。では異世界転生というのはですね。此処と異なる世界―――まま身を投じるわけであって―――にもなれますけど―――」


「ちょっ! 早いってっ」


「だって時間もありませんしー。それに大神さんってオタクで童貞ならそこそこの知識はあるんじゃないですか?」


―――ひ、一言多いんだよっ。


「まあ……。でも本当にあるって知らなかったですし。例えば転生時になにか特典みたいなものはありますか? 例えばですけど伝説の武器を持たせてくれるとか……」


「ありますよ?」


「マ、マジっすか?」


「マジっすけどー。仮に強い武器を持って行ったとしましょう。でも大神さんに扱えるかなー。無理っぽいなー」


―――こ、こいつ……性格悪いな。


「じゃ、じゃあ。魔法とかがいいです。それならできそうな気がします」


「魔法? 魔法とは?」


「えっ? 異世界ですよね? 剣と魔法のファンタジーですよね?」


「あー……。そっち系かー。あのですね。はっきり申し上げますと異世界には魔法はありますよ? ですがっ。そもそもの話、大神さんが魔法を使えると思いますー? もともと世界が違うんですよ? 遺伝子構造的に無理な話ですよ。もっとも大神さんがすでに魔法を使えるのなら別ですけどねー」


「それって向こうの世界の人じゃないと使えないということですか?」


「おっしゃる通りですよ。よく勘違いされる方が多いんですよねー。向こう側でも魔法のような特殊な力を使えるのは人間じゃなく違う種族だけですしー」


―――そ、そんな……。魔法使うのが夢だったのに……。


「ちなみにですけどっ。私は魔法を使えますっ!」


「えっ。マジで? ちょ、ちょっと見せてもらってもいいですか?」


「ここでですかー? 結構危険ですよー?」


「そ、そうですね……。危なくない魔法とかないんですか?」


「危なくない魔法ですかー……ないこともないですけどー。んー。そうですねー。人によっては最も危険かもしれないですけど。わかりやすいやつでいきましょうっ」


―――ゴクリ……。こんなやつでも使えるのに……。ちくしょう。羨ましい…


「では、いきますよー?」


「よ、よろしくお願いします」


「あー……酔っぱらっちゃったみたーい。実は私魔法使えるんですよー。え? 見たい? しょーがないなー。はいっ! ん? かかってないって? うそうそーっ。よく私の目を見て? これはー……私を好きになる恋の魔法っ。てへっ」


「はっ?」


「どうでした? 今日の合コンで使おうかと思ってるんですよー」


―――はぁー……。期待した俺がバカだった……。


「そ、それで……。向こうでは人間が弱いんですか?」


「ダメでしたー? 結構男子ウケすると思うんですけどー」


「いやっ。合コンの話はもういいですっ」


「そうですかー。もっといろいろ考えてたんですけどねー」


「す、進めてもらっていいですか?」


「ふぅー……。大神さんには関係ない話ですからね。わかりました。先程の質問ですが、人間という種族は繁殖力だけの存在ですかねー。もちろん強い人間も稀にいるみたいですけどね。まあ、転生して向こうでのし上がるには剣とか自分に合った武器ぐらいですかねー」


「じゃ、じゃあ剣でもいいです……」


「いやいやいや。無理ですって。結構重いらしいですよ?」


「それを使いこなせる能力とか力とかも一緒についてこないんですか?」


 お姉さんは鼻で笑う。


「そんなの欲張り過ぎでしょー?」


―――やはり思ってたのと違うんだな。転生したやつらってチート能力で活躍していくものだと思っていたけど……。それこそラノベやアニメの中の話だけだったか……。 


「じゃあ、意外と異世界転生ってキツそうですね?」


「キツいというか……。わかりやすく言うとですねー。あっ。大神さんは地球の日本の方ですよね?」


「ま、まあ」


「ではでは。いきなり月に住めと言われたらどう思います?」


「つ、月? いや。息できないでしょ。すぐ死にますよ……」


「それですよっ! 所詮、異世界に行っても同じようなことなんですよ。なにもできない大神さんが異世界に行ったところで命の保証はないんですよ。すぐ死んで終わりです」


―――微妙に傷つくことを抜け抜けと……。


「やっぱり理想と現実は違うってことですかね?」


「はいっ。理想や憧れを持つのは大事ですが。現実を知ってあなたは行けますかって話をしたかったんです。それにこのデータをご覧ください」


 俺はお姉さんに一枚の紙を手渡された。なにやらグラフやら細かい数字が書かれている。なにかの統計データなのだろう。


「これは?」


「一応ですね。異世界への転生を希望された方には必ず見せているものなんですよ。簡単にご説明すると、これまで異世界に転生された方の推移、傾向ですね。ご覧いただけるように三十年前からこれまで約千人の方々が異世界へ転生されました」


「そ、そんなにいるんですか?」


「はい。ある時期から急に増えたみたいですねー。そして見てわかる通り、ここ近年も増加傾向にありますねー。なにか流行りみたいなものなんですかねー?」


「昔のことはよくわからないですけど。異世界はだいぶ流行ってますよ?」


「せっかくの転生を流行りに任せるのもどうなんでしょうねー。まあ、ご自身の判断に任せるというのが転生館のルールなんですけどねー。でも大神さんはこの現状を聞いたら考え直すと思いますよー? それでは。最後の数字を見てくださいっ」


―――時間がないくせにやけに丁寧に説明しやがるな。この数字がなんだってんだ?


「0.002? これは?」


「生存率です」


「はっ?」


「ですからっ。生存率ですってばっ」


―――いやいや。転生する意味ねーじゃん…。


「れ、0.002しか生き残ってないという……ことですか?」


「まあ、数字の上では今のところ二名となっておりますけどー。実際はわかってないんですよねー。結局、消滅の確認されたかどうかですので」


「そ、その消滅というのは?」


「向こうで死ぬということです。魂も肉体も完全に消え去ります。なにも残らないということですねー」


―――またしてもサラッと恐ろしいことを。


 どうやら憧れてた異世界はとても危険な場所らしい。簡単に考えていたわけではなかったが、さすがに千人に二人しか生きていけないような転生先はちょっと……。


「大神さん。さすがにもう時間もないので保留という形にして続きは明日決めましょうっ」


「そんなに合コンに行きたいんですか?」


「行きたいに決まってるじゃないですかっ!」


「そ、そうですか……。あっ。でも俺はどうすれば?」


「はい。実は転生館には宿泊施設があるんですよ。転生というのはナイーブな案件でもありますし、大神さんみたく悩むお方や真剣に決めたいとおっしゃられるお方もおりますので。ここを出てエレベーターに乗っていただけると宿泊施設へと案内してくれますよ」


「は、はあ。わかりました。じゃあ、合コン頑張ってください」


「あ、当たり前ですよっ! この日のためにありとあらゆる策を練ってきたんですからっ」


 あの魔法はやめといた方がいいと助言しようとすると。お姉さんは眼鏡を直し、真剣な表情を見せた。


「大神さん。新しい人生はこれまでよりも素晴らしいものでなくてはなりません。きちんと考え、しっかり悩んで結論を出してください」


「は、はい……」


「私は天使リサ・グリューモアと申します。大神さんの幸せになれる転生先を一緒に探しましょうねっ」


「あ、ありがとうございます……」


「ではっ! 明日の―――時に―――ますからーっ」


―――は、早っ! 早すぎて聞こえないっ。七時? 八時? どうすりゃあいいんだっ。 


 でも、終始バカっぽかったお姉さんの最後の言葉は俺を冷静にさせてくれた。

 その部屋を出てエレベーターに乗ると自動で上昇を始める。

 

―――新しい人生か……。どうしようかな……。





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