恋です。6話
学校が休みの土曜日。飯塚は秋の紅葉写真コンクールに出す写真を撮るために埼玉県に来ていた。インターネットで紅葉スポットを調べた飯塚は、既に見頃を迎えようとしている河口湖まで足を伸ばした。
飯塚「静かでいいな~」
飯塚はスマホの地図にチェックしておいたポイントまで歩いて向かう。空が広く、大きな山と道路。湖を眺めながら歩き、飯塚は心がワクワクしていた。
飯塚「ここだ、東京よりもだいぶ紅葉してる。思ってたより範囲が広いなー」
飯塚が辿り着いた紅葉スポットは、細い川が流れる両脇に紅葉が奥まで緩やかな上り坂沿いに並んでいた。
飯塚「人もそんなにいないから、ゆっくり撮れそうだ。早速撮りますか」
飯塚は、首から掛けていた一眼レフで、紅葉並木に向けてシャッターを押す。東京の紅葉の木よりも背が高く、近くまで来ると真上にカメラを構える程だった。紅葉は様々で、淡い緑もあれば朱色や紅色の深い色合いの葉っぱ達が点々と色付いていた。川沿いの道には、風で落ちた紅葉の葉が黄土色の道の上をデザインしている様だった。飯塚は一眼レフから目を離さずにどんどんシャッターを押して行く。
ドンッ
飯塚「あっ!ごめんなさい!」
飯塚は肩が誰かとぶつかり一眼レフから顔を離し謝る。
藤川「ひゃっ!、ごめんなさい!私は大丈夫です」
お互いを見た2人。私服姿ではあったが、飯塚は藤川よりも先に気付いた。
飯塚「あれ、藤川?」
藤川「はい。え?、何で私の事、どこかで会いました?」
飯塚「いやいや、同じクラスの飯塚。隣の席の」
藤川「あー。全然気付かなかった」
飯塚「でも何でここに?」
藤川「今日は、西武線の電車を撮っていて、その流れで紅葉が綺麗な場所がここにあるって車掌さんに教えてもらったから」
飯塚「なるほど、それで」
藤川「いつも電車ばっか撮ってるから。こうして、紅葉だけの景色を撮っていると、自然の風景も癒しがあって良いですね」
飯塚「たしかに。と言う事は、藤川って撮り鉄なんだ?」
藤川「まぁ、そう。、、でも飯塚君、クラスの子には言わないでね!私、学校では大人しくて目立たないようにしているから」
飯塚「え?、、あぁ、言わないけど」
藤川「ねぇ。さっきから気になってたんだけど、そのカメラってカシャリ?」
飯塚「あ、そう!知ってるの?」
藤川「やっぱりそうなの!?私もいつかはカシャリのカメラで電車撮りたいと思ってたの!、、すごい。高かったんじゃない?」
飯塚「珍しいねカメラにも詳しいんだ。値段以上のクオリティに惚れたんだよ。まぁ、母親に買ってもらったんだけどね(笑)」
飯塚は、藤川と全然目線が合わないなと思っていた理由が今わかった。藤川の視界にはカシャリしか映っていない。あまりの虚無感から飯塚は、藤川に自分のカシャリを触らせてみた。藤川はカシャリを手に取り、嬉しさのあまり、口からよだれを出していた。カシャリを構えて、飯塚や紅葉を何枚か撮影してすぐに飯塚に返した。
藤川「ありがと!ねえねえ、そのカシャリで紅葉を背景に私の写真撮ってくれる?」
飯塚「あぁ、全然撮るよ」
藤川「やったー!ちょっと待って、前髪を鏡でチェックさせて」
飯塚は藤川の頼みに応え、カシャリを構える。色付く紅葉をフレームにしっかり収め、藤川を少し左寄りに写るように移動した。
藤川「、、うん。よし!オッケー」
飯塚はピントを藤川にピタリと合わせて、背景の紅葉を少しだけぼかして写るように調整する。
飯塚「はーい。いくよー。はい、チーズ」
カシャッ
飯塚(心の声)「シャッター押せて良かったー。何でだろう。レンズ越しに見る藤川が、こんなに可愛く写るなんて。電車やカメラに詳しい藤川を見ているのに、以前に見たギャル藤川や冷たい藤川の姿も重なって見えてしまう。可愛い、これが正しい感情だったんだ。これは、つまり、恋です」
藤川「、、ん。綺麗に撮れた?」
飯塚「、、綺麗だよ」
藤川「よかったー、半目とかになってたら最悪だから、瞬き我慢しちゃった」
飯塚は俯いてカシャリの液晶画面に写る、藤川と紅葉の写真を眺めながらよだれを出していた。