喰らう森のユーシエ
ある世界の名門魔導一族の分家に生まれ、なんの不自由なく育った姉妹。
「この頃は森の様子がおかしい」
そういって両親は、森に近づくことを禁じると姉妹の手を引いて屋敷へ帰る。
けれど、姉妹はその森の悍ましさに恐怖と同時に魅入られてしまうのだった。
姉コーロミビーナは普段からオカルトが趣味なのだが、あくまでも個性的でありたい年頃ゆえのものだ。
本当におそろしい雰囲気がして、言いつけの通りに一切あの森へは近づかなかった。
一方の妹ユーシエは友人が多く、そういうたぐいに興味はない。
森のことはすっかり頭から抜け落ちていた。
「ユーシエ、肝試しいかない?」
「行く!」
名門に生まれても、それを鼻にかけない気さくな彼女は、遠慮なくクラスメイトの催しに参加する。
いざというときは魔法があり、ユーシエは親には内緒で深夜に屋敷を抜け出した。
そして、その場所は例の森であった。
「ここは……喰らわずの森じゃない!」
友人のジュエリッタは恐怖におののいて、一人で飛んで帰る。
アクアルネは根性なしね! なんて笑っているが、ユーシエはどうしたものかと足がすくんだ。
「昔ヤバいからって親に止められてるんだけど」
「……この森の伝説しってる?」
「伝説?」
「森の大樹に触れたものは、世界の真理を得る」
「本気で言ってる?」
このままでも十分な幸せを持つユーシエには世界だの言われても、魅力がなくてわくわくしない。
「親戚のアクアルナには負けられないの」
「……私も行くわ」
魔導一族は実力主義で、1番優秀でなければ跡取りになれない。
その悔しさは本家ヴェノーシカに負けている自分も同じだった。
「入るわよ!」
勢いをつけて成るがままに足を入れた。
◇
「シュヴェアンヴァニウムの分家のご令嬢が行方知れずになった」
名門一族の分家の少女が2人も失踪してもう10日になり、その話題で世間が持ちきりとなる。
「こわいね」
「もしかしてあの伝説を試して?」
「大樹なんてもう昔に枯れてるし、あんなの私の作り話なのにね」
◇
森を進むと不思議なことに怖い感じがないので、二人は安堵して奥へ進む。
深夜の森なのに、むしろ優しい気持ちで満ちてくる。
「暗いけどもう朝ね……もう叱られる覚悟で事件になる前に電話しない?」
「それが、メールしたけど、返事がないのよ……」
どうやら圏外で送信されていないらしい。
電話しても無駄だろうなと、大樹を見つけて帰ればいいかと楽観的に考える。
なにも収穫なしでは骨折り損のくたびれ儲けになるので、意地でも探すつもりだ。
「おなかすいた」
そんなに時間が経過しているわけでもないのに、もう朝ごはんの時間の感覚がする?
「なんだろう。このブヨブヨ」
「コンニャクぜりーみたい」
アクアルネは気持ち悪くて食べられないと避ける。
しかしそれよりグロテスクな生け捕りの動物やタコを食べる家系のユーシエは迷わずかぶりついた。
「おいしいんだ? でも食べない無理!」
毒キノコを食べるほうがはるかにマシだと拒む。
「誰だ?」
声が聞こえて、アクアルネは絶叫しながら空を飛んで森から出ていく。
取り残されたユーシエは、救助なのではないかと声のしたほうに歩いていく。
「大樹を知りませんか?」
そういって、人の気配がするほうに問いかける。
「森を荒らす不届きな輩……」
白い見慣れない装束を着た賢人のような若い男は鋭い眼差しで彼女を睨めつける。
ユーシエの腕にあったホウキを木の根が絡めとり、逃げることができなくなった。
「森の管理者さんですか? 勝手に入ってごめんなさい」
ユーシエは許可をとらずに立ち入ったから、そのことで咎められているのだと思った。
ひたすらに許してほしいと懇願しているが、男は聞く耳をもたず。ある問いかけをした。
「もう一人はどうした?」
「怖いって逃げました。大樹を触りたいって言ってたんですが……」
「肉は喰らったか?」
肉と言われても、なにも生き物は食べていない。
口にしたのはゲル状のものだったと、正直にいうべきか考える。
「……彼女は食べてませんが、ぶよぶよしてるものなら」
あれは肉なんですか? その問いかけは飲み込まれてしまった。
◆
「ここには人を喰らう木の怪物がいるらしい」
「本当にそんなのいるんですかね?」
「あの名家の令嬢が失踪したのもここだ。きっと魔法でも敵わないほどの……」
「入って大丈夫なんです?」
「ああ、私有地ではないから国の許可があればな。しかし」
「なんです?」
「森はとてつもない飢餓、方向感覚の低下、時間の誤差が大きくなる。コンニャクモドキの樹液は絶対に口にするな」
「やだな樹液なんて食うくらいなら毒キノコのがマシでしょう」
「絶対にか?」
「それフリですか? カリギュラ効果の検証なら今はやめてください」
「生き残りの証言では不気味なスライムのようなものだそうだ。まともな精神なら食う前に飛んで逃げるってよ」
「じゃあ令嬢はまともな精神じゃなかったと」
◆
優しい両親、友人、環境、それらに恵まれている者は、欲深く高望みしてはいけない。
今の状況で満足しなければ、君は全てを失うのだ。
全てにおいて真に恵まれていない者なら、ここに来るといい。
現状では一生得られないほどの幸せが手に入るから。