人探し(解答編)
「それでは、聞いてもらおう。ここで起こった事件の全貌を」
神移綾がお屋敷に戻ってくると、床には女性が倒れこんでいた。その肩には白い梟が止まっていた。
「ただいま帰りました…阿閉くんいる?」
「お帰り、少し散らかっているけど気にしないでくれ」
「それはいいんですけど、これはいったい……」
「聞いてくれるかな?ここで起きた出来事を」
阿閉はゆっくりとここで起きた事の発端を話し始めた。
「そこに倒れているのは、依頼者の道原浅見さん。まあおそらく偽名か借り物の名前だろうけれど。その依頼人からの捜索依頼だよ。」
「捜索依頼?」
「そう、道原|歩夢≪あゆむ≫の捜索依頼だよ。依頼者、道原浅見の子という設定の」
「あの、さっきから偽名だとか設定だとか、それってどういう事ですか?」
阿閉はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりににニヤリとして答える。
「そこに倒れている。道原浅見と名乗る人物は僕の見立てではマフィアの下っ端だろう」
「マフィア?!」
「そう。30代にしては体がしっかりしている。ぱっと見で筋肉がついているのもわかる」
「でもそれは営業の人ならよく歩くからそれなりには・・・」
「いい見立てだね。けれど、彼女の靴の底は擦り切れていないし靴を丁寧に磨いた後もない。
それに、ビジネスマンはよく鞄を横に置いて仕事をする。けれど、彼女は決して鞄を離さなかった。恐らく、無くしてはならないものがあるのか、もしくはマフィアらしく拳銃でもあるんじゃないのか」
神移はビクッとした。普通の日常を送ってきた神移にとって拳銃が持ち込まれるなんて想像もできない事だった。
「そして、決定的なミスを彼女は犯した。この東京でマフィアとの抗争が激化しているのは本人たちしか知り得ない情報という訳だ。そもそも、一般人が日本にマフィアがいるなんて知ってすらいないのだからね」
確かにそうだ。神移自身も阿閉との会話で初めてマフィアの存在を知った。
「警察に相談できないもの恐らくマフィア関係だからってのもあるだろうな」
「次に、彼女の子供じゃないという事だが、これもまた簡単な推理だよ。彼女は自分の子供を紹介する時にわざわざ苗字から名乗ったんだ。普通は名前をいうだろ。しかも、自分の子供を『歩夢くん』とはおかしな話だ」
阿閉は楽しそうに自らの推理を高々に語っている。家事代行に来た時は、冷たい目であまり自ら喋りもしなかったのに推理となると人が変わったように饒舌になる。まだ、そこに16歳の可愛らしさがあるものだ。
「そして、決めつけに僕がその子供を『バカっぽい』と罵ってみたが、これまた反応がない。自分の子供が見ず知らずの人にバカにされたら親は誰だってカチンとくる。しかし、彼女はピクリとも反応はしなかったさ。それに、昨日から行方不明で心配なら綺麗にネイルを塗り直しはしないだろう。見てみな彼女の手を、綺麗に整備されている。きっと朝に綺麗に塗ったのだろう」
「でもどうしてマフィアの人が自分の子でもない人を捜索するの?」
「どうしてだと思う?少し考えてみるのも悪くないだろう」
「う〜ん、友達のお母さんに頼まれたとか?でも、それだと自分の子供って偽る必要もないか〜」
「答えは、『マフィアが誘拐した子供が逃げた』という事だ。」
「つまりどういうこと?」
「恐らくマフィアの下っ端だろう彼女は、誘拐した道原歩夢を取り逃したという事だ。バカみたいな失態を犯した彼女は、自分で探すより捜索のプロに頼むことにした。しかし、警察には行けない。そこで警察とは関係のない私のところに来たという訳だ。以上がこの事件の全貌だろう」
神移綾はまたしても唖然としていた。夕飯の買い出しをして帰ってくるだけの間に、この探偵事務所にマフィアの女性が訪れ、その謎を見抜き戦闘不能まで済ませる。目の前の車椅子の少年はすました顔でいま起きたことをつらつらと語った。
「あ、でもその行方不明の子供はまだ見つかってないんだよね?」
阿閉の説明によるとマフィアに誘拐され、なんとか逃げ出したその少年は一体どこへいるのだろう。
「そうだな、こればっかりは僕にはどうしようもない。なんせ車椅子だからね」
「じゃあその子は」
「警察にでも届けるよ。まあ本当の親がとっくに捜索届けは出しているだろうけど」
先ほどまで楽しそうにしていた阿閉だったが、少し悲しい顔をして首を振った。
「僕にできる事をここで謎を解くことだけだよ。ここから一歩でも外に出たら、僕は無力さ」
仕方ない事だけれど、車椅子に座ったその少年は、今や使い物にならない自分の足をさすりながら綾に笑って見せた。
綾はなにを言い返すことができなかった。「夕飯の支度をしますね」そう言い残すと買ってきた材料を取り出し、料理を始めた。謎は解決した、マフィアの人も捕らえた、けれど行方不明の少年を見つけることはできない。その無力さがゆっくりと二人の間に流れ込んでくる。
「ただいま!お兄ちゃん」
静まり返った探偵事務所兼お屋敷に突如、明るく元気溌剌な声が響き渡った。
「おかえり、開渡」
阿閉の弟開渡は、ちょうど学校から帰ってきたところだった。
「あのねお兄ちゃん、放課後に友達と公園で遊んでたら迷子だっていう子がいたんだ。お兄ちゃん、助けてあげられないかな?」
玄関で楽しそうに喋っている開渡の斜め後ろには、大人しそうに開渡の手を握っている少年が上目遣いでこちらの様子を伺っていた。
「遊んだ帰りにあったんだ!歩夢くんってゆうんだ」
「え?!もしかして道原くん?」
「はい……」
開渡の後ろで縮こまっている少年は小さく頷いた。
私は思わず目を丸くした。確かに開渡の隣にいる少年は確かに『道原歩夢』と名乗った。阿閉の話に出てきたマフィアに誘拐された少年の名前と一致した。阿閉を見ると、驚いたような呆れたようななんとも言えない顔をしながら、開渡の話を聞いていた。
結局のところ、マフィアを回収しにきた警察に歩夢くんも一緒に預かってもらった。歩夢くんの本当の親も警察に相談していたらしく、間も無く両親の元へ戻ったらしい。
「わあ〜!すき焼きだ!!」
「お誕生日おめでとう開渡くん」
「ありがとうお姉ちゃん!」
いろいろあったけれど、今日は開渡くんの誕生日だった。事件も解決した。今夜は開渡くんの大好物のすき焼きは阿閉と開渡と綾で楽しく食べる。今夜ぐらいは何もかもを忘れて大いに盛り上がった誕生日パーティーを行うことができた。
パーティーのラスト、買ってきたホールケーキを豪快に三等分して皿に分けているまでは、とても楽しい時間だった。
あの人ならならざるあの人が訪れるまでは・・・・・・
ただ、それはまた別の話。今夜は事件解決を祝って終了する。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
よければ、感想・ご指導のほどよろしくお願いします。
続きも少しずつでが進めていきたいと考えております。楽しんでもらえたら幸いです!