鏡像反転 その2
――――同日某時――――
「それは今から3年前の事だった。H大学のとある研究室の女教授が……その人は医学系だったが、ある手術のときに罪を犯した。倫理を犯した。人権を侵した。その大学と縁のある研究所が主体となった一件だった。その手術には当時大学一年生だった生徒も参加しており大騒ぎになった。」
「……」
「具体的に何があって、なにが罪で、何が倫理に背き、何が人権に反したのかメディアでは報道されなかった。あまりにも悲惨なことだったのだろう。しかし報道にはいくつも不自然な点があった。数えられないほどの齟齬があった。まるで意志でねじ曲がっているように感じた。当時から警察の人間として働いていた私は、個人的に調べ始めた。そして分かったことがあった」
「……それと何の関係が」
「その参加した生徒の名前は『的際回憲』。そう、窓際先生。あなただ」
「!」
バレている! 私の正体と過去が! 警察の人間に! どうする?
隣にいる逆様も無意識のうちに戦闘態勢に入っていた。しかし目で合図をする「まだ早い」と。
「そんな怖い目をしないでくれ。隣の坊やもだ。聞いてくれ、ここからが重要なことだ。いろいろ個人的に調べたのだが、どうやら当時の女教授は名前を阿賀美良美というのだが、この人を中心とした一派に責任をすべて擦り付けられたらしいということが分かった。」
「……!」
「これからもこう呼ぶが……窓際さん。私はあなた方を悪人だとは思っていないし、捕まえようなどとは思っていない。むしろ警察の権限を使って保護する。過剰な罪を背負いこむ必要なんてない。それが俺にとって真の行動だと信ずる」
「業橋さん……」
「それで当時の研究所は分裂したと聞いている。責任を負わされたアガミ一派は離脱する形になり、残った部分は今現在、ある財団の傘下に入っているようだ。O.B.L(有機生命学総合研究所)という名前で、今はC&S財団(セル&サブスティトゥート財団)の管理下だ。O.B.L。ついさっき見た名前だね」
「ガスタンクの運送先だ。こいつらが敵の正体か?」
OBL。C&S財団。当然私たちも把握はしていたが……まさかあれとも繋がってくるというのか? 先日、阿賀美さんたちと青目流豆という陰陽師を訪ねた時に言っていたことだ。「余所者が来る」と。そして隹が出会ったという井ノ上雁鞍。あいつも確か研究所員だったはずだ。
すべては偶然か? 今回の事と何か関係があるのか?
「しかしだ業橋さん。偶然ということもあるかもしれない。OBLはただ名前を使われているだけかもしれない」
「そうは思わない。ところで窓際さん。私の知り合いに蒼岡苟ってやつがいるんだが。知ってるだろ? 甘思高校生徒最高委員会。」
「あぁ、当然知っている。この町に知らないやつはいないし、アガミ研究所と協定を結んでいる組織だ。蒼岡も知り合いだ」
「話が早くて助かる。それで蒼岡からの緊急連絡なんだが、井ノ上雁鞍っていう男が学校の敷地内に侵入して死者を一人出したらしい」
「なんだと!」
「そして井ノ上雁鞍は……」
「陰陽師か?」
「知っていたのか」
「こっちこそ驚きだ。警察が陰陽師の事を把握していたとは」
「当然さ、警察だって不可能犯罪に網を張っている。今回の事件だって陰陽師に助力を仰ごうかと思ってもいたんだ」
「そうだったのか……それで、井ノ上はどうなったんだ」
「最高委員会が投獄しているらしい。なんで学校に牢があるんだ?」
「怪異用じゃないのか」
「なるほど、陰陽師を封じ込めるにはぴったりか」
「当たり前だが、井ノ上を法で裁くことはできない。法が式神とか怪異の存在を認めているはずがない。あいつの処罰は向こうに任せるよ」
「警察では畑違いというわけか」
「そうだね、ただ残念ながら亡くなられた生徒の方はちょっと警察が介入する感じだ」
それも仕方がないともいえる。あくまで怪異の存在はシークレットであり、死因として通用するはずがない。公的機関の出番というわけだ。
「そして井ノ上はOBLの人間だ。牢にいるというのならば、尋問してみるのもいいかもな」
「尋問か……」
青目さんの能力が役に立つかもなぁ。
「分かりました、業橋さん。正直なところ、協力はこれっきりだと思っていたが、妙な縁だ。ぜひこれからも頼って欲しい。これは驕りじゃあない。謙遜するなというならしないよ。逆に頼ることもあるかもしれないが許してほしい」
「もちろんだ」
これで一旦私たちは別れた。これからはお互いの分野で疑いを真に変える時間だ。
しかし一つだけ気がかりだ。さっきから逆様の顔が真っ青だ。
「みっちゃん、大丈夫かな……」
珍しく元気無さげだ。私だって不安だ。その疑いも明日晴らそう。