鏡像反転 その1
――――――同日某時――――――
「いやーすごい手柄じゃないですか!」
「やめてくださいよそんな柄じゃない」
「なんで苗字が窓際なのか分からないくらいの手際! 窓際族失格! 今日からは手際先生ね」
「タイトル変わっちゃうじゃん」
事件が解決した後、私はこんな風に業橋さんのお世辞の爆撃を喰らっていた。マジで嫌だったし、嫌々の極まりみたいな気分だし、正直ゲボを吐きそうだった。警察としては、解決のためのヒントでも得られればいい方だろうという目論見で私を召還したのだろうが、解決まで至ったとなっては当然の反応とも思える。多分生きて帰れなそうだが、それと同時に私は別の事を考えていた。
それはあの時の事だ。誰もが困惑濡れでいたあの時のことを私は思い出していた。
「……改めて言うよDanke。しかしあの時はマジでてこずったよ。まさか二重に仕掛けてくるとはね。仮に死因を特定できてもそれが自殺か他殺か事故死かはわからない……いや、さらに言えば動機もかな? ともかく、私たちはそれで一旦てこずったんだよ……マジに参るかと思った。この方面からの捜査は一時中止したのさ」
「それで正傘たちは別の方向からアプローチを行った!」
「決して論理的とは言えない方法だった」
一歩。
「ちょっかいをかけてみた!」
「揺さぶってみた」
「つっついてみた!」
「刺激してみた」
「そそのかした!」
「そしたらボロが出た」
一歩。
「死因が他殺でよかったねとかふーんとか、そういう態度をとった時に妙に反応していたのが君だ」
一歩。
「私が髪の毛の話をしたとき、ビビッて汗すら流してたのが君だ」
一歩。
「そして私が事情聴取として3人に質問した時、まだ死因が分かっていないのに「どうやって殺されたのか」と聞いてきたのが君だった」
一歩。とはならない。既に互いの吐息を感じるほどに、鼻先がくっつくほど近づいていた。さらにその上で鉄のような窓際の顔が告げた。
「改めて聞くが鳥羽さん、事の真相を語ってもらおうと思うが」
へなへなと情けなく座り込んだAは、いや、先ほどまでAと呼ばれていた男、鳥羽は全てを諦めたように口を開けた。垂れた言葉は次の通りだ。
「ちょっとのことなんだよ。ほんのちょっとなんだ……あらかじめ窒素は漏れていたんだ。だからそれが死因になるにはなかに長時間いなきゃいけなかったんだ。」
「……」
「でも僕はAの仕事がちょっとやそっとじゃ終わらないものだってわかってた。長時間かかるって知っていた。だからそんなに焦りはなかったね。きっと息苦しさすら感じずに死んだんだ。ちょっと気分が悪くなっても倉庫だから空気が悪いって気にしなかったさ。それに万が一倉庫から出ようとしても阻止する術があった。」
「……」
「中で誰かがぶっ倒れる音がしてもすぐに中には入らなかったよ。死んでるってことは酸素濃度は6%以下だからね。すぐに換気扇を回して時間をつぶしたよ。中に入ったらAの髪を切って染めたよ。髪染めなんか使ってないよ? 適当な塗料だよ。シンナー臭くなかったかい? Aはもともと髪が目元まであってますくをしてるやつだったから特別な変装は必要なかった。死体の方も特にしなかったよ。部外者ならともかく、身内の顔を知ってる奴は顔を見ようなんて思わないからね。」
半ばヤケクソのような説明だった。もうバレたならいっそ、という諦めを感じる説明だった。しかしまぁよくもこうペラペラと喋ったものだ。どんな人間でもヤケクソになると饒舌になるのか?
「なぜ殺した?」
「何故だって? そんなのに理由はないさ。俺があいつを殺してあいつは俺に殺された。それだけなんだ。どんな裏切りだった潜んでいないし、この部屋で起きたことに真意なんてないんだ」
それで鳥羽は逮捕されたが、結局奴は動機については語らなかった。
何一つ語らなかった。
そして冒頭に至る。
「柄じゃないだなんて! 謙遜ばっかり言ってると嫌われますよ!」
業橋さんのほめちぎりでゲボを思い出したが、これを割って聞いてみよう。
「ところで業橋さん」
「ん?」
「やつの動機ですけど……心当たりがあります」
すぐに反応を示して身を乗り出す。
「というと?」
「あいつ……鳥羽は、犯行当時はビックリするくらい用意周到で、目を見張るほど大胆だった。だのにちょっとちょっかいをかけてやっただけで取り乱して、ああやってボロをだした。そこが私には引っかかったんです。まるで犯行当時には誰かに手伝ってもらったように見えてね」
「誰かだと!?」
「手助けをしたやつがいます。実際に手伝ったわけではなくて、計画を練ったやつがいます。鳥羽はそれに沿って行動しただけ……だから動機が見えないんです。鳥羽は駒に過ぎなかった」
「駒」
業橋さんはそう反復した。
「Aを殺さなければならない理由があったのは鳥羽ではなくそっちのほうだ」
「その首謀者に心当たりはあるのか?」
「さすがにないよ」
「私にはある」
業橋さんは意味深げにそう言った。
「今の話で思い出した形だ……あくまでこうかもしれないという可能性の話だ。思い付きの杞憂だといいんだが、とにかく聞いてくれ」