部屋の真意 その2
――十一時三十分――
「先生、ほぼ決まりですね……!」と小声ながら興奮した様子で逆様が耳打つ。
「落ち着きなさい、まだまだ証拠が足りないだろ」
「そうだった! てへ」と言いながら箸を動かす逆様。
場所は現場の向かいの食堂。業橋さんも一緒で、少し早めの昼食としゃれこんだわけだが、すぐ近くで死人が出たためか? ガラガラだった。何を喰ってるのか?そんなことはどうでもいい。
「わざわざ呼び出してすみませんね、業橋さん」
「いえいえ、しかし驚きましたよ。髪の毛一本であそこまでやるとは……それよりも」
と言って業橋さんは身を乗り出した。既に空の食器類をまたぐ形になる。
「犯人が分かったって本当ですか?」
「えぇ、本当です」
というとまたもや業橋さんは驚いたような顔をする。
「まだ二時間しか経ってないじゃないですか」
「しかし、ほとんど確定的です」
「ズバリ誰なんです」
「教えられませんよ」
「……」
打って変わって表情が曇る。いっそ不機嫌そうとでも表現した方が似合う顔だ。
「……何ももったいぶらなくても」
「もったいぶってるわけじゃないんだ」
「というと…?」
「証拠不足なんだね!」と逆様が補足をする。
「このまま犯人を問い詰めても、隙を突かれて、あるいは別の真犯人がいた場合にされちゃうんだね! あんなことやこんなことを!」
「あんなことって?」
「……証拠隠滅とかな」
「ちょっとちょっとちょっと、ちょっと待ってください窓際さん。ひとっつ聴いてもいいです?」
「どうぞ」
「あの3人の中に犯人がいるんですか」
「いや」
と言うとまた顔が変わる。こいつ面白いな。もっと情報を小出しにして遊んでやろうか。
「え!じゃあまさかAさんが犯人なんですか!」
「いや、違うが」
「?」
今度は小鳥の様に首をかしげる業橋さん。
「言ってる意味が分かりません……あの4人でしょう?」
「そうだが、犯人はあの会社内部の人間だ。AもBもCもDも犯人じゃない」
「えぇ…?」
「とにかく、情報のためにあんまり教えるわけにはいかない。無意識のうちにバイアスがかかるかもしれないからな」
と言って午後の捜査開始。
頼まれていた倉庫の貨物に関する資料とアリバイの時刻表、関係者の履歴がまとめ終わったらしく、二部手渡された。逆様の分のようだった。
貨物に関しては特に不審なものはなかった。おおむねあっちから発送されてこっちに輸送するんだろうということが容易に想像できる品目がずらりと並んでいた。
続いてアリバイの時刻表。こちらも矛盾点はなし。Bさんがちょうど夜食のためのカップ麺を作っていて時計を見ていたために、死亡推定時刻周辺の事がかなり鮮明に分かった。
発見前日二十二時にAさんがトイレに立ち、その2分後に鳥羽さんが仕事のために倉庫に向かったそうだ。Aさんはその一分後に帰ってきて、ちょうどその時にカップ麺が出来上がったのだとか。
そして一時間、二時間たっても戻ってこない鳥羽さんを二人は不審に思いAさんが倉庫へ見に行った。
日が変わって十二時五分。鳥羽さんの遺体が発見された。
……
しかし、死因は依然として不明だ。なんで窒息したのか?
検死解剖に引っかからない何らかの方法で殺したのだ……
遺体から採取された血液は酸素が全く欠乏した状態だった。
それ故に絞首痕が無くとも窒息と断定されたのだが……
「ねーね、先生。相変わらずわっかんないね!」
「分からないな」
「なーんのガスもないのに窒息死~! まるでフツーの空気吸って死んだみたい!」
「そうだな」
「ねぇ、先生」
「なんだ」
「本当はどこまでわかってるの?」
「奇遇だな、全く同じ質問をしようと思ってたところだ」
「もしかしてアレ?」
「もれなくそれだ」
あれ、それとは何の事であろうか? しかし両者の間では確かに通じている。
「ほら、これを見てくださいよ」
「これは倉庫の……」
「貨物だね、ほらここでしょ?」といって逆様は一覧表のある項目を指した。
「そうだ、そこだ」
「ビンゴ!」
「あの……二人とも何の話をされてるんですか?」
「おぉっと」
ここで業橋さんから質問があった。
「あぁ、申し訳ない。ちょっと不審な点があってね」
「不審な点?」
「ほら、ここですよ、ここ」
と言って私は、資料の該当部を指さす。そこにはある品物の個数と送り先が書かれていた。
「液体タンク十部? 有機生命学総合研究所?」業橋さんは書かれていることをそっくり読み上げた。
「私、さっきの髪の毛の一件ですけど、あの時確かにタンク缶を見たんですよね」
業橋さんは何も言わない。黙って続きを待っているようだ。
「確かに見たんですよ? 液体缶を。ただし一缶だけね。残りの九缶は第二倉庫だかにあるんだろう」
一缶だけ。と私は念を押すように言った。
十缶注文されているのにどうして一缶だけ……というよりは、なぜバラバラに保存する必要があるんだ? たまたまということとか、偶然ということも十分にあり得るのだろうが、私はどうしてもそこに何らかの意図を感じずにはいられなかった。
「警察は当然、窒息という面でも調査してるはずだ……しかし気づかないのも無理はない……鳥羽を殺した凶器は今もこの空気中に舞っているのだからな」
「何っ!?」業橋さんは驚いた様子で咄嗟に口元を抑えるが、すぐに止めた。そして気づいたようだ。
「……わかったぞ! 窒素だ! 確か窒素は空気中の約八十パーセントを占める気体で、労働災害として窒素での窒息もよくある……ってあれ?」
「気づいたかな。そう、たとえ窒素中毒で死んだとしても、これでは事故死か他殺か分からない」
「でもその……缶が引っかかるじゃないですか」
「そうだ。だが正直証拠としては弱い。事故と言い張ることもできなくもない」
「まるで殺人だとわかっているかのような口ぶりですね」
「あぁ、殺人だよ」
「殺人!?」
「証拠もあるが例によって言えない」
「うーん、しょうがない、信じましょう。次はどうしますか」
「そうだねぇ……」
---------------- 同日一時十分 ----------------
再び関係者を集めての事情聴取を行った。事情聴取とは言っても、先日行ったようなスタイルであり、聞く内容も「あれから思い出したことはあるか?」というライトなもの。
しかし私は今日で決着をつけるつもりでいた。
「えー、貴重な時間を我々に割いていただき誠にありがとうございます……さて、実は皆様にお伝えしなければならないお知らせが二つございます。」
「お知らせ……?」
途端ざわつきだすが意に介さず続ける。
「悪いお知らせと好いお知らせがありますがどちらから聞きたいですか?」
「じゃあ悪い方から……」そう答えたのはDさんだった。
「んじゃ悪いお知らせです……調査の結果、犯人はこの4人の中にいることが分かりました」
「!」
またざわつく。私はどうでもいいと思っているが、本人たちは当事者なのだからいちいち騒ぐのも当然か。まぁそれはともかく。
「犯人って……それじゃあ」
「そうです。二つ目ですが鳥羽さんの死因が他殺であることが分かりました。良かったですね」
「良かったですねって……」
「そらそうでしょう。この中に犯人がいるんですから。」
「……」
「まず死因ですが……ということが分かり、他殺だと断定するに至りました。」
「他殺だっていう証拠はあんのかよ?」と、喰いついてきたのはDさんだった。
「随分と喰いつきますね」
「当たり前だろ! こんなことに巻き込まれて! ここまで首突っ込んだらいやでも気になるってもんよ!」
「ふーん、まぁそれはともかくとして……事の真相を犯人に直にしゃべってもらいたいと思います」
「!?」驚きの無声音。これは誰だってそういう反応をするだろう。業橋さんもギクリとしてるし、もしこの場に隹くんがいたら顔には出さずとも驚くかもしれない。
窓際はやおら自らの腕を持ち上げ、ある人物を指さした。しばらくあっけらかんとした空気が続いたが、ようやく感覚は爆発する。
「!?」「!?」「!?」「!?」その場にいた誰もが頭上に感嘆符を掲げる。
「Danke」
驚愕の聴衆をよそに窓際は語り始める。
「初めはマジでタネが分からなくて焦ったよ……だが想定していたよりはマシな答えだった。助かるよ。そちらからどんどんボロを出してくれるなんてね。殺害当時の証拠隠滅はまぁまぁ成功していたのに、事情聴取になってからどんどん零れるとは……」
ありがとうという言葉とは裏腹にどこまでも無表情に。そしてその指先は。
「鳥羽清。あなたがAさんを殺したんだ。」
Aに向かって窓際は宣言した。
どこまでも鋭利に。
あくまでも冷淡に。
冷ややかに堂々と。