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箱の中の悪意9

 

 守衛室から離れ校門を通り、右折して帰路に着く。

 いつものルーチン。

 そのはずだったが、今日は違った。


 校門の傍に一人の女生徒が立っていた。

 サテラはちらりと彼女を見る。

 存在が希薄だなと思った。

 壁の花という言葉があるが、彼女は存在そのものが壁と同化しているようだった。

 サテラは気に留めず素通りしようと思ったが、彼女が声をかけてきた。


「私になにか用ですか?」


 眼鏡をかけた女生徒だった。

 肩で切り揃えられた髪型は、ボブヘアーというよりはおかっぱといった感じだった。

 初対面で全く面識のない相手だったが、サテラはなんとなく彼女が誰だか分かった。


「もしかして、小池めぐるさん?」


 そう問われ、無言で頷いた。

 このとき女生徒はチラリとサテラのネクタイを確認した。

 この学校ではネクタイの色はまさに冠位十二階。

 色の違いは学年の違いを表しており、その違いは絶対だった。


「さっき守衛さんと話しているのを聞いて……」


「まあ、それで待っていてくれたのですか。ありがとうございます」


 小池めぐるは増田の言ったように可愛い少女だった。

 彼はもう少し明るければと言ってたが、この陰のある雰囲気が彼女のチャームポイントだとサテラは内心で評価する。


「私は砂寺サテラです」


「砂寺さん……? もしかして用務員の」


「ええ、そうです。お察しの通り、用務員の砂寺逍遥(しょうよう)は私の叔父です」


「だから苗字が、そっかあ」


 静かに頷き、なにかを納得したようだった。


「私、九月のあの事件について調べているんです」


「ああ、あのこと……」


 めぐるは疲れたような表情で言った。

 事件が発覚した当日、最後に教室を施錠した人物として彼女は教師や警察の取り調べを受けていた。

 連日続いたそれはめぐるを大いに疲弊させ、彼女にとってあまり思い出したくない話題となっていた。


「一月以上前の事件をわざわざ調べるなんて物好きなのね」


「ええ、よく言われるわ」


「ほんと変な人」


 めぐるは小さく息を吐き出して笑った。


「あなたの放課後の行動を聞かせてもらえますか?」


「私を疑ってるの?」


「ええ、勿論」

 サテラはさも当然といった様子で言い放つ。

「私の予想では犯人は『一年U三組に在籍する女生徒』です。あなたはそれに該当し、かつ最後に教室を施錠した人物」


「なるほど、それなら疑われても仕方ないわね。どうしてうちのクラスの女子が犯人候補なのかは理解できないけど。まぁいいわ」

 めぐるは咳払いを一つして言葉を続ける。

「知ってるかもしれないけど、私はあの日掃除当番でね、班の人たちと教室の掃除をしていたの。終わったのはいつだったか忘れたけど、多分三十分くらいで終わったんじゃないかな。それで私が鍵を閉めて守衛室に鍵を返却してそのまま帰った。これが私の放課後の行動だけど、これで満足?」


「あなたが扉を施錠したのを誰か確認してますか?」


「どうかな。一緒に教室から出たけど、そこまで見てないんじゃない? 私が鍵をかけたふりをしたって言いたいのかもしれないけど、翌日に鍵沼君たちが鍵を開けてるんでしょう?」


「お帰りは一人で?」


「そうよ。別に班の人たちは友だちってわけでもないし、一緒には帰らないわ」


「西校舎側の正門から下校しましたか?」


「当たり前でしょ?」

 めぐるは怪訝な表情でサテラを見る。

「わざわざ北校舎にある門まで行かないわ。あっち側って特進組が多くて、なんとなく近づきたくないのよね」


「ええ、そうですね。その気持ちよく分かります」


「特進の奴らって自分達は特別って思ってるのか、なんか普通科(わたしたち)のこと見下した風に見てて本当に腹立つわ」


 嫌悪感を露わにした表情でめぐるが言う。

 サテラは自分が特進科に所属していることを言わなくてよかったと安堵した。


「面白い噂が流れていますね」


「……もしかして、呪いのこと?」


「以前からご存知でした?」


 その質問に対し、めぐるは小さく首を横に振る。


「知ったのは事件の後。まさか過去にあんなことがあったなんて」


「誰から聞きました?」


「それは……」


 目を伏せ言いよどむ。


「用務員の砂寺さんですね?」


「え、どうして」


 めぐるは目を見開いて驚いた。


「朝は苦手ですか?」


 サテラはたじろぐめぐるに追い打ちをかけるように言葉を続ける。


「そんなことは」


「私は苦手です」


 サテラはにこりと微笑んだ


「特になにか用事があって早起きしなければならないときは、もう大変。ほんと、冬場のお布団ってどうしてあんなに魅力的なんでしょうね」


「なにが言いたいの?」


 めぐるは怪訝な表情でサテラを睨む。

 しかしサテラはそんな視線もどこ吹く風な様子だった。


「あら、ごめんなさい。私ばかり勝手に喋ってしまって」


「もう用がないなら、悪いけど私はこれで」


 めぐるは体を反転させ、歩き出そうとする。


「最後に一ついいですか?」


「なに?」


 背を向けたまま、冷たく応える。


「家の鍵は、ディンプルキーですか?」


「なにそれ?」


「鍵にいくつも凹凸のある鍵です。ピッキングがしずらく、合鍵の作製に時間のかかる安全面に優れる鍵です」


「……違うけど」


「そうですか、分かりました。寒空の下、お付き合いいただきありがとうございます」


 今度は返事もなく、めぐるは小走りにその場から去っていった。

 その場に一人残ったサテラは、ただ黙って小さくなっていくその背中を見つめていた。


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