箱の中の悪意7
「もちろん」
砂寺サテラは短く答えた。
「御影さんは普通科の事件についてはご存知?」
「サテラの口からそれが出てくるとは思わなかった。てか知ってたんだ?」
御影杏子は驚いたように口を開ける。
「多分特進科であの事件に興味あるのなんてサテラ、あんたくらいよ。ま、そもそも事件を認識してるやつがどれだけいるのかって話だけど」
青城高校では西校舎に普通科、グラウンドを挟んで東校舎に特進科の教室が配置されていた。
環境的にもそうだが、物理的にも大きく距離が離れているため、基本的に両者が交わることがない。
故に特進科の生徒は、普通科でなにが起ころうと知る由がないのだった。
杏子は軽くため息を吐く。
「質問の答えはイエス。そして胡散臭い噂についても、そして五十年前の事件についても知ってる」
「さすが『オカルト部』の部長ね」
「サテラ」
杏子はぶすっとした表情でサテラをにらみつける。
「オカルト部じゃないっていつも言ってんだろー。郷土史及び地域風俗研究部! 何度言ったらわかんのさ」
「そんなイギリスの正式名称みたいな部活名、口に出すのなんて面倒だわ。それに同じようなものでしょう?」
「一緒じゃない! こっちはガチのマジの硬派な部活動なの!」
ガラステーブルを両手で叩き、猛抗議する。
御影杏子が熱弁する通り、郷土史及び地域風俗研究部は、部長の見てくれからは想像できないほど真面目な部活動だった。
日本のみならず海外も含めての歴史、地理、風習や民俗学など多岐に渡って取り扱っており、さらに大学と共同してフィールドワークや研究を行うなど、学内でも屈指の実績を誇っていた。
「ま、たしかに総括すると不思議なことを調べるのがうちのドクトリンだけど、こっちにも譲れない矜持ってものがあるわけよ」
「あらあら、それはごめんなさい」
サテラは口に手を宛てクスクス笑う。
「では郷土史及び地域風俗研究部の部長ということを見込んでお聞きしますが、今回起きた事件と五十年前に起きた事件に接点はありますか?」
「ない」
杏子はきっぱりと言い切った。
「ほんとまったくもって理解できない。誰が流した噂かわかんないけど、いい加減なもんだよ。まず五十年前のときと場所が全然違う。あのときは東校舎が事件現場だったんだよ」
「そういえば事件後間もなく校舎を建て替えたんでしたっけ? たしか以前は東校舎に普通科……というより、あの頃はコース分けなんてありませんでしたけど」
「そそ。そして日付も違う。今回は九月二十一日で、五十年前は……ごめん、ちょっと正確な日付はド忘れしちゃったけど、たしか夏だったはず」
「ふふ」
サテラは思わず笑みをこぼした。
その様子を見て杏子は怪訝な顔をする。
「どうかしたの?」
「いえ、なんでもありません」
「変なやつ」
「お互い様です」
「違いない」
サテラと杏子、対照的な少女が不敵な笑みを浮かべる。
その様子を数名の部員は固唾を飲んで見守っていた。
「では、私はこれで失礼します」
「少しは役に立てた?」
「ええ。大変参考になりました」
「そう。それはよかった。またなんかあったらいつでも来なよ。ま、なんもなくても大歓迎だけどさ」
「ありがとうございます。ではまた、近いうちに。今度はなにかお土産でも持ってきましょうか」
「期待せず待ってるよ」
杏子は手をひらひらさせて答えた。
サテラは立ち上がり、先ほどコーヒーを持ってきてくれた男子部員の方に視線を合わせた。
「コーヒー御馳走様でした。大変美味しかったです」
「え、あ、どうも」
照れくさそうに頭を掻き、視線を泳がせる。
どうやら女性に免疫がなさそうだった。
そのまま扉まで歩き、ドアノブに手をかけたところでサテラはあることを思い出した。
振り返り、まだソファに座っていた杏子を見る。
「御影さん、一つお聞きしたいことが」
「ん? どったの?」
「呪いってあると思いますか?」
「それって一般論? それともあたしの意見?」
「後者で」
「呪いの定義は?」
「精神的、霊的な手段をもって、他者や社会に不幸をもたらす行為」
「にゃるほろ」
鼻を軽く鳴らし、ソファに座り直す。
「結論から言うと、半分イエス」
杏子は真剣な目つきで言った。
サテラはこれが彼女の本質だろうと思った。
「霊的な呪いに関しては、そんなものは存在しない。けど例えば、言葉の力――言霊なんかは強力な呪いになりえる。極端な例でいえば、毎日褒められて育てられた子どもと、毎日罵声を浴びせられて育てられた子ども、どちらが精神的に死に追いやられるかといえば、もちろん後者でしょ?」
杏子は指を組み、体を乗り出す。
「これはあたしの持論だけど、呪いとは――」
「人間のちから」
サテラは思わず声を漏らした。
それはつい先ほどESS部の部室で聞いた言葉。
杏子は口を斜めに上げる。
「わかってんじゃん。そう、呪いなんてのは結局のところ、人が起こすちから。そこに霊的なものが入り込む余地なんてありはしない。あるとすればそれは誰かの都合、思惑、そして悪意」
――悪意。
何故かその言葉がサテラの中で重く響いた。