箱の中の悪意5
冬の夜は、とても早い。
時刻は17時を少し回ったあたりだが、外はすっかり暗くなっていた。
砂寺サテラは大きくため息を吐いた。
今日はもう帰ろう。
開いていた本を閉じ、帰り支度を整えた。
ESS部の活動は、全てサテラの気分で決まる。
始めたいときに始め、そして帰りたいときに帰る。
そもそもの活動内容があってないようなものだった。
その証拠に部室内にあるキャビネットの中に、英語の教材なんて一冊も入ってなかった。
この部室は学校内にプライベート空間を欲したサテラが、様々な手段をもって手に入れたものだった。
元々ESS部は、部員数ゼロの実質廃部状態だった。
入学早々、サテラはこの無人の部活に目を付けた。
部の成立には最低四人の部員が必要なのだが、サテラは人員確保のために不登校の生徒の自宅まで押しかけ、入部届にサインさせたりもしていた。
普段は静謐なサテラだが、時に常軌を逸した行動に出ることもある。
彼女はまさに規格外な存在だった。
それは学業においても例外ではない。
優秀な生徒のみを集めた特進科に在籍し、その中でも彼女の成績は群を抜いていた。
『天才』
まさにそう呼ぶに相応しい存在だった。
鞄を背負い、冷え切った部室を出る。
暮内蒼斗は既にいない。
彼もまた、そのときの気分でいたりいなかったりする。とても自由だった。
部室の扉を閉め、鍵をかける。
サテラは最後に蒼斗と交わした会話を思い出す。
「あなたは呪いってあると思いますか?」
「それは一般論? それとも僕の意見かな?」
「後者で」
「呪いの定義は?」
「精神的、霊的な手段をもって、他者や社会に不幸をもたらす行為、としましょうか」
蒼斗はわざとらしい考え込む仕草をとる。
「そうだね、僕の答えは――」
サテラの思考は、近づいてくる足音で中断された。
「砂寺さん」
聞き覚えのある声だった。
「あら、ごきげんよう。斎藤さん」
サテラは振り返って、余所行きの笑顔で応えた。
クラスメイトの斎藤郁美だった。
たしかクラス委員長だったような気がする。
「先生が職員室まで来てほしいってさ」
不機嫌そうに、ぶっきらぼうに言い放つ。
たまたま機嫌が悪いわけではない。
これが彼女の平常運転なのだ。
「要件はそれだけ。じゃ、私はちゃんと伝えたから」
「はい、わざわざありがとうございます」
サテラはぺこりと頭を下げ、その場を離れようとしたが、斎藤がまだ立っていた。
度の合ってない眼鏡をかけたときのような、細めた目でサテラを見据えていた。
「まだなにか?」
「べつに」
短くそれだけを言って、斎藤は体を反転させた。
「これから補習ですか?」
「そう。うちらはあんたと違って、遅くまで勉強しないと結果が出ないの」
「私だって勉強くらいしています」
「どうだか」
斎藤は足早に去っていった。
サテラはそんな後姿を見えなくなるまで見送った。
「さて」
サテラは斎藤とは反対方向、つまり階段とは逆方向に体を向けた。
職員室に行く気などさらさらなかった。
話の内容など容易に想像できた。
来月十一月の上旬に開催される全国模試、それについてあれこれ言われるのは火を見るよりも明らかだった。
良く言えば期待されているということだが、サテラはそれが煩わしく思っていた。
「全教科0点をとったら、先生方はどんな反応をするかしら?」
心の内に沸いた好奇心に、サテラは思わず笑みをこぼした。