箱の中の悪意2
後に判明したことだが、その事件が起きた正確な日にちは九月二十一日、まだまだ残暑が続く日のことだった。
事件現場は青城高校普通科の一年三組の教室内。四階建ての西校舎の二階に位置した場所だった。
窓と扉は共に施錠状態が維持されていたと言う。
第一発見者はそのクラスに在籍する鍵沼洋平と池上央太。
彼らは普段から誰よりも早く登校し、教室の開錠を請け負っていた。
当日も彼らはいつも通り守衛室の職員から鍵を受け取り、そのまま教室へ向かったという。
その時刻がおよそ七時三十分。
朝のホームルームが八時四十五分開始なので、かなり早い時間と言える。
そんないつも通りの日常を送ろうとしていた彼らだったが、突如としてそれは破られた。
先に異変に気づいたのは鍵沼か池上か、はたまた同時だったのか、それは定かではないが、彼らはそれを見た。
扉にはめられたガラス越しに、変わり果てた教室の内部を。
そこはまるで、空き巣にでも入られたかのように荒らされていた。
机が倒れ、中に置きっぱなしにしてた荷物も床に散らばっていた。
二人は驚きながら鍵を開け教室内に入り、改めて室内を確認したという。
その後二人は職員室まで走り、担任の前園啓介を呼びに行った。
そして現場を確認した担任前園が警察に通報し、事件が広まることとなった。
この事件には不可解な点が二つあった。
一つが侵入方法。
教室の鍵は事件前日の掃除当番が守衛室に返却し、それから翌日まで誰も手を付けていない。
それは守衛室の職員の証言と、鍵の貸出名簿からほぼ間違いないと言える。
つまり犯人は、なんらかの方法で密室状態の教室内に侵入し、そしてなんらかの方法で室外へ出たということになる。
もう一つが犯行の動機。
教室内から特に盗まれた物がなにもなく(そもそも教室内に金目の物どころか荷物自体があまりない)、何かが破壊された様子も全くなかった。
盗みでも破壊でもない、ただ教室内に侵入し室内を荒らしただけ、全くもって不可解だった。
逍遥は懐から携帯灰皿を取り出し、短くなった煙草を押し付けた。
「馬鹿馬鹿しい話なんだが、笑わないで聞いてくれるかい?」
「それは、内容によるかと」
「違いない」
薄く笑いながら新しい煙草に火を着け、大きく吸い、脱力するように吐いた。
「呪いだよ」
「呪い?」
サテラは首をかしげて逍遥を見つめた。
「最近になって、五十年前にこの学校で起きた殺人事件の犠牲者の怨念が、教室を荒らしたって噂が出てきた」
「まあ、あの事件の」
「知ってたのか、意外だな」
「詳しくは知りません。ただ過去にそういう事件があったっていうのを聴いただけで。ふふ、それにしても呪いなんて、なるほどね」
カップを手に取り、口をつける。もう既にミルクティーはぬるくなっていた。
「体裁ですね?」
「そうだ」
逍遥は頷く。
「青城高校はやっと進学校として軌道に乗り始めたんだ。五十年も前の事件とはいえ、世間様に噂が漏れると来年の入学生の数に響く。聴いた話だと今朝も職員会議で議題に挙がってたらしい」
サテラは片手で唇を押さえ、クスクスと笑った。
「会議したところで、どうにかなるんですか?」
「生徒に緘口令を敷くんだとさ。どうやら教師連中は、生徒の口は銀行の金庫並みに堅いっていう幻想をもっているらしい」
「あら、金庫は簡単に開けられますよ? カードキーさえあれば、本人確認もありませんし」
逍遥は鼻を鳴らし、携帯灰皿に何本目かの煙草を押し付けた。
「つまり、そういうことさ」