箱の中の悪意
その事件が起きたのは、一月以上前の放課後の出来事だったらしい。
なぜ『らしい』かというと、事件発生当初はそこまで大きな騒ぎにはならず、ただのいたずらと判断されたからだ。
なので、皆の記憶からもすぐに薄れ、誰も正確な日付を覚えていないのだ。
砂寺サテラは差し入れのカップのホットミルクティーを口に含み、今しがた聴いた事件のあらましを吸収するように、ゆっくりと飲み込んだ。
温かい液体が喉を経由して胃に送られ、そこを中心にじんわりと放射状に温かさが体全体に広がっていく。
季節は冬の訪れを感じさせる十月の下旬。
ここ青城高校の中でもとりわけ古い施設、文化部の部室棟には空調設備なんて備え付けられていない。
予算が潤沢な、学校に期待されている部ならいざ知らず、なんの実績もないESS(English Speaking Society)部に暖房器具を設置するような、そんな予算はない。
サテラはカップに口をつけながら、チラリと目の前の作業着を着た中年の男を見る。
名前は砂寺逍遥。元は青城高校で国語教師として教鞭を振るい、定年後の現在は用務員として在籍するに至っている。
苗字から分かるように、彼はサテラとは親戚関係にある。
彼は仮にも学校内というのに堂々と煙草を口に咥え、そして斜め上を向いて大きく煙を吐いた。
「以上が事件の内容なんだが、サテラちゃん、何か気づいたことや不審に思ったことはあるかい?」
期待半分といった様子で目を細めてサテラを見る。品定めといってもいい目つきだ。
「そうですね」
カップを口から離し、ゆっくりとした動作で机に置いた。コトリという軽い音が、冷えて静まり返った部屋に響く。
「私の一番の疑問は――」
サテラは自分の叔父の眼を射抜くように見つめた。
「何故、先生方は今になって一月以上前の事件に執心しているのでしょう?」
その回答に満足したのか、逍遥はにっと口角を上げた。