八.リーマンは高さを確保する
直接的ではありませんが、微グロ表現・描写あり。苦手な方はご注意ください。
また、後半部分を大きく修正しております。前回の更新版をご覧になられた方には、大変申し訳ございません。
「おら、こっちだバケモノ!」
「行きます! 〝宵闇の薄布〟」
第二十二階層で暴走していた魔獣の群れ、約九割の討伐に成功した俺たち一行は現在、中央通路の南側にある行き止まりのフロアで、残るもう一つの難関である〝階層の門番〟と交戦中だ。
ただし、実際に門番と戦っているのは……ヒット&アウェイで気を引いている、曲刀使いスパーダ氏をリーダーとした戦闘職の皆さん+クーを含む合流した斥候二人組と、背後から〝魔力の糸〟や〝熱意の鎮火〟なんかの弱体化魔法を駆使して標的の視力、移動力、魔法に対する抵抗力を落とすために奮闘している操作系魔術師サティア嬢率いるチームだ。
俺と残りのメンバーはサポート組として、あのどでかい魔獣を倒すために必要な魔方陣を構築するため、部屋の中やフロア上空を文字通り飛び回っている。
この階層を守る〝階層の門番〟は、ギガント・オーガ。二百二十インチ(地球換算で約五.五メートル)の長身に頑強な体躯、ぎょろりと周囲を睥睨する大きな一つ目と、頭に生えた二本のツノが特徴的な亜人系魔獣だ。
装備は固体により異なるが、今回対峙しているヤツはある意味基本ともいえる、金属製のこん棒と魔獣の革で作られた(と、思われる)鎧を身につけていた。
その見た目を裏切ることなく、巨躯を生かしたパワーで獲物を振り回し、敵対する者たちをなぎ払ってくる。うまく武器を封じることができたとしても、肉体そのものが巨大だから、突進されるだけでも充分脅威というか、死ねる。
幸いというか、先ほどの〝光の矢軍〟が左足を傷つけてくれたおかげで、突撃力は封じられている。とはいうものの、このギガント・オーガ、身体がデカイだけじゃなくて、皮膚も鉄板並に硬くて分厚いんだよ。
魔獣の群れを殲滅した影響で威力が大幅に減衰していたとはいえ、あれだけ跳ね返した〝魔法の矢〟で足一本傷つけるのが精一杯だったことからも、どんだけ硬いのか察して欲しい。
こいつと真正面から対峙するなら、弩弓とかカタパルト、贅沢を言わせてもらえば、対戦車ロケット砲とか欲しい。もっとも、俺はそんな物騒なモン使ったことなんかないから(当たり前だ)まともに扱えるとは思えんがね。
――そう、俺たちはこんなバケモノと馬鹿正直に戦うつもりなんてない。そのために、クーが提案してくれた必殺技、正確にはそれを応用した魔法を決め打ちするために走り回っているって訳だ。
『残っていた魔獣どもの殲滅が終わった。そっちに合流したほうがいいか?』
おっと、掃討戦に向かったチームはうまいことやってくれたみたいだ。
『いや、今のところ安定してるから、状況を崩したくない。そのまま〝安全地帯〟の確保と、念のため〝沸き〟を警戒しておいてくれるか?』
『わかった。手が足りなくなったらいつでも言ってくれ』
『ありがとよ、助かるぜ』
『いいってことよ。それじゃ、武運を祈る!』
〝伝達〟を終えたのとほぼ同時に、魔方陣の構築が終わった。
『カトゥ班、準備完了した! いつでも行けるぜ。サティア班! デバフ、もとい弱体魔法のかかり具合はどうだ?』
『もう、打ち込める限界まで打ち込んでいますわ! 今なら、入塾前の未熟な子供の魔法でも抵抗できなくなっているはずです!』
『スパーダさん、こいつ、おっちゃんのところまで釣ってもいい?』
『気をつけろよ坊主、一発掠っただけで粉みじんにされるからな』
『わかってるって!』
軽妙なやりとりの直後、地響きと共に巨大な質量がこちらへ向かってきた。
「へっへーん、ノロマのデクノボー! 悔しかったら当ててみな!」
ギガント・オーガは単なる脳筋じゃない。独自の言語を操り、装備を自ら作り上げる程の知能を持つ――少なくとも上層にいる連中はそうだと聞いている――人間の言葉も、知能の高い固体であれば、ある程度理解できるのではないかとも。
「やーい、やーい! ヘッタクソー!」
軽業師を自称するだけあって、クーはひらり、ひらりとデカブツの獲物を躱し続けている。
……にしてもクーのアレ、ギガント・オーガは自分への罵倒だって完璧にわかってるな。だってあのバケモノ、顔真っ赤にして腕振り回してるし。
と、操作系魔術師のサティアがそんな俺の内心に答えてくれた。
『クーナのあれは〝挑発〟よ、カトゥのおじさま。魔力を声に乗せてるの』
ああ、そうそう。言い忘れてたが、サティアはクーの幼なじみで、あのガキンチョ程じゃないが、たまにウチの店へ顔を出す。
ウェーブのかかった、肩下まで伸びるふわふわの金髪に、エメラルドみたいな瞳が特徴的な、とんでもない美少女だ。
俺と知り合う前からずっと一緒にいるみたいだし……たぶん、あと数年もしたら所帯を持つんだろうなあ、こいつら。なんだか最近、父親みたいな目で二人を見ている気がする。俺自身は独身だけど。
微妙な寂寥感を誤魔化すかのように、俺は冗句を口にする。
『サティアの嬢ちゃんや。人の心、読まないでくれませんかねぇ?』
『私にはそんなことできませんし、しませんわ!』
『いや冗談だよ、真剣に受け取るなって。それにしても、あれ斥候系魔術なのか。あのバケモノ、理解した上でクーを追いかけてるのかと思ってたぜ』
『理解しているから、余計に効果があるんだと思いますわ』
『うわ、マジか……』
なんて馬鹿なやりとりをしているうちに、ギガント・オーガはクーに釣られて罠に足を踏み入れた。まだ起動していない、魔法陣の上に。
そのままヤツが歩を進め、陣の中央へ到達した瞬間。俺は床に両手をつき、魔力を触媒に流し込みながら、フロア中に響き渡れと言わんばかりの大声で発動キーを口にした。
「輝ける銀、満つる魔光、六花の星を巡りて、今こそ道を切り拓かん!」
銀色に輝く光が、フロアの各所、特定の法則に従って設置した触媒……一見すると盛り塩みたいだが、実際には魔力を多く含んだ銀粉の山に向かって伸びてゆく。それは巡り、交差して、雪の結晶にも似た複雑な文様を描き出す。
「起動せよ! 〝転移陣〟ッ!!」
刹那。ギガント・オーガ周辺の床が、何色もの蛍光ペンキをぶちまけたような光を発し、それから――巨躯の魔獣を飲み込んだ。
満面の笑みを浮かべたクーが、俺の隣に駆け寄ってきた。
『おっちゃん、どう? 成功した?』
『いや、まだわからん。見てろ』
直後、天頂からギガント・オーガの叫びが聞こえ――それに続いてヤツ自身が落ちてきた。そして、珍妙な光を発する床に激突することなく再び飲み込まれる。
『お、おっちゃん!?』
クーが混乱しきったように問うてくる。その間にも、上空からギガント・オーガの……ちょっと悲鳴っぽくなってきた声がフロア中に響き渡り、その発生源が落ちてきて……またしても光の中へドボン。
『高さがな、足りないんだわ』
『は?』
ギガント・オーガは、未だ悲鳴を上げながら落ち続けている。
クー以外の探索者たちも、おっかなびっくりといった体で魔法陣の周辺に近寄ってきた。既に普通に会話できる距離に集まっているが、他チームへの状況説明のために、あえて〝伝達〟は継続してもらう。
この〝転移陣〟は、触れた者を対となる陣が描かれた場所――今回は真上、階層の天井に書かれた対象陣の場所へ、そのまま転送するというシンプルなモノだ。
〝転移門〟と違うのは、必要な陣を描く手間と時間、それなりに高価な触媒を多く使うことで財布に多大なるダメージを食らうことと引き替えに、使い手が消費する魔力が触媒に込めた分と、起動の呪文のみで済む点かな。
感覚的には仕事で終電逃した時に、家まで歩くか自腹でタクシー使うかで、次の日の体調と懐具合が変わるみたいなもんか。え、かえってわかりづらい?
普通は壁に描いて、一時的に別の家同士を繋いだりするのに使うんだが、これを今回のように、床と天井、つまり上下向かい合わせに設置するとどうなるか。
解答:転送先に送られた対象物は、そのまま落下します。
落下地点に発動したままの陣があるので、解除しない限り、延々と天井の陣から床の陣に向かって落ち、転送され、再び落ちるという動作の繰り返しになる。
ようは、転送されたが最後、底のない縦穴でひたすら落下し続ける訳だ。
ちなみに、上のは〝飛行〟が得意な移動系魔術師に頼んで描いてもらった。
『クーが俺の必殺技っつってたアレな、単純に〝階層の門番〟を〝転移〟で高いところとか、毒の沼とかに吹っ飛ばしてるだけなのは知ってるだろ?』
『だから、そんな簡単に言えるしやれちゃうの、おっちゃんだけだよ!?』
また落ちてきた。落下しながら藻掻いてるぞ、さすがにしぶとい。
『この階層は、毒の沼だとか溶岩湖みたいな自然型の地形がない。剣山孔や電磁床みたいな罠があるわけでもない。かといって、ギガント・オーガ級のバケモノを、たかだか二十メートル……もとい、八百インチ程度の高さから石畳の床に落としたくらいで倒せるとは思えなかったんだ』
『うん、まあ、そうだね』
『なので、必要な高さを確保するために〝転移陣〟を使うことにした。って、この説明は作戦が始まる前にしたよな?』
おっと、悲鳴が止まった。ようやく落下のショックで意識が飛んだか。
『いや、聞いてたけど。なんていうか……』
最早身じろぎすらできず、ただひたすら落ち続けるギガント・オーガを、探索者たちはまるで岩塩でも飲み込んだような表情で眺め続けている。
『なんだよ、効率いいだろ? これ。八百インチの高さしか確保できない空間で、空の雲が浮かんでいるよりもずっと高い場所から落とすことができるのと、同じ状況を作り出せるんだぞ?』
ループ処理とか、基礎中の基礎だよな。
『そうだけど! 確かにそうなんだけど!』
『クーナ、言うだけ無駄よ。おじさまってば、昔からこんな感じじゃないの』
集まったメンバーを見るに、サポート班を除く全員がどこかしら怪我をしているようだが、動けなくなる程の重傷を負ったヤツはいない。装備が破壊された、なんてこともなさそうだ。
〝階層の門番〟を相手取ってこの程度の被害で済んだのなら上出来だろう。この小生意気な小僧は、一体何が不満だというのか。
すると、サティアは輝くような笑みを浮かべて俺を見たかと思うと、クーに弁を向けた。
『クーナは、おじさまの格好良いところが見たかったのよね?』
『ッ!? バッ、ちが……!』
『それこそ軽業師の仕事だろう? だいたい、転送屋にかっこよさを求めてどうするんだよ』
『……ほらね? こういう人なのよ、おじさまは』
『うう……』
なんでクーは座り込んでうなだれてるんだよ。いいだろ、注文通り効率よく処理してるんだから。
あーっと、そろそろいいかな。
『えー、転移陣の周囲に集まっているメンバーの皆さん、そろそろ陣を解除するので、その場から離れて通路まで引いて下さい。でないと……』
『でないと?』
『たいへんスプラッタ、いや、不快なモノを見たり、浴びたりする羽目になる』
『撤収します!』
全員が素直に下がってくれて、助かった。俺も一緒に通路まで移動する。陣を解除するのは遠くから〝念力〟で魔力銀の砂山を崩してやるだけでいいからな。嫌なモノを目にする可能性もあるが、巨大質量による落下エネルギーの余波で、いらんダメージを受けるよりはマシだろう。
『よし、みんな待避したな?』
『はい』
『大丈夫です』
『それじゃ解除するぞー。見たくないヤツは顔を逸らしておくように!』
そうして俺はさっと手を振り、銀粉の山を一つ吹き飛ばした。
ズズン……バチャッ。
腹の底に響くような音と、何かが潰れ、弾け飛ぶような不快なノイズを全員の記憶に残し、それは生命活動を終えていた。
正直、わざわざ詳しく描写するのは俺自身が嫌だし、あんたも知りたくないだろうからやめておくが、まあ、あえて言うならビルの屋上から落としたトマト、ってとこか。こんな状態じゃ、生存確認なんざするまでもない。
ああ、忠告しといたのに見てた一部の連中が口元を押さえてるし。だからやめとけって言ったのに。頼むから、ここで戻したりしないでくれよ。
いやしかし、ほんとうまくいってくれてよかったよ。
〝転移陣〟は、転移系の中では比較的〝抵抗〟されやすい魔法だから、弱体・妨害系が得意な操作系魔術師たちが来てくれてたの、すごく助かったわ。集めてくれた探索者助成組合にも感謝しないとな。
『カトゥさん、そちら無事討伐完了したようですね』
おっと、この声は〝安全地帯〟を確保しに行ってくれていた班のリーダーか。
『おかげさまでな。そっちの状況は?』
『心配していた〝沸き〟は今のところ発生していません。こちらの損傷も軽微、数名が裂傷や毒の牙による怪我を負いましたが、既に治療は済んでいます。先ほど〝安全地帯〟に待避していた被災者たちとも合流できました』
『報告と、ここまでの活動に感謝する。本当にありがとう』
『いえいえ、カトゥさんもお疲れ様でした』
『まだ、撤収作業が残ってるけどな!』
『そうでしたね、ハハ……』
俺の元へ、各所から情報が集まってくる。救助隊にこそ大きな被害は出なかったものの、残念ながら〝魔獣の暴走〟による死者が複数出てしまっているようだ。
例の〝警告の罠〟を発動させてしまったパーティの損害が最も酷く、撤退に成功した若い斥候を除き、全滅していた。おそらく、彼らは下の層へ〝暴走〟発生の情報を伝えるために、自らは囮となって、最も機動力に長ける彼を逃がしたのだ。
不幸中の幸いと言っていいのか微妙だが、遺体は食い荒らされることなく、階段下に転がっていた。時間とカネはかかるだろうが、蘇生魔法を受けることで生き返ることができそうだ。
復活後、彼らが再び組んで探索を続けるのかどうか……それはわからない。
そんな彼らの他にも、命を落としてしまった者たちがいる。その亡骸を回収して探索者助成組合に引き渡せば、今回の依頼は達成したと判断してもいいだろう。
ああ、俺が現場指揮者だから報告書もまとめないとダメだった。でないと、例の鏡とか触媒の代金が俺の持ち出しになっちまう!
いくら人助けとはいえ、さすがに現状回復に数ヶ月かかるような負債を抱えるのは許容できん。探索者助成組合から、取るモノは取らせてもらないとな!
もうマジで疲れたぜ……嫌なモノも見ちまったことだし、早くメシ食って風呂に浸かって、ゆっくり休みたい!