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六.リーマンは助言を受ける

 聞き取りを終えた俺が、録音した音声を探索者助成組合に〝転送〟してから三十分ほど経過した。今もあちこちから救援が到着しつつある。


 中には、俺が直接迎えに行った人たちもいたけどさ。


 ただし、集まってくれたメンツのほとんどが後方要員。追加で来てくれた治療院の医者や薬師たち、魔法魔術組合から派遣されてきたさまざまな魔法の使い手。


 戦闘・探索の経験が皆無である彼らを、直接第二十二階層の現場に立ち入らせる訳にはいかない。いいとこ、二階層下にある〝安全地帯(セーフエリア)〟で待機してもらうのがせいぜいだろう。


 〝安全地帯〟ってのは、探索者と魔法魔術組合が協力して編み上げた、特殊な結界によって守られた部屋のことだ。なんでも、魔獣が寄りつかない、察知されないような術式が壁に刻み込まれているんだと。


 俺としては当初、この〝安全地帯〟同士を〝転移門(トランス・ゲート)〟で結び、要救助者に移動してもらいつつ、怪我人を運び出すことを想定して動いていた。実際、今まで組合からウチに来た緊急依頼は、全部コレだったしな。


 あー、この〝転移門〟で救援呼べばいいだろうって? それが、そうもいかないんだな、これが。


 〝転移門〟は、発動自体は(あくまで転移系の中では)難しくない魔法だ。その代わり、門を開けている間、術者の魔力がゴリゴリと削られていく。


 門をくぐらせるのは、流れの早い川の水をせき止めているうちに、川底を歩いて向こう岸に渡らせるようなモノだと考えてくれ。水の流れを魔力で無理矢理押さえ込んでる訳だから、疲労がハンパないんだよ。


 たぶん、各組合ごとに〝転移門〟を発動させたら、十分保たずに俺の魔力が枯渇する。魔力回復薬を飲むか魔石砕いて補充すればどうにかなるが、身体のほうが疲れちまって動けなくなる。下手すると、その場で気絶するかもしれない。


 わざわざそっちにリソース回すくらいなら、救助隊が駆けつけてくれてる間に、救出作戦の段取り決めてたほうが効率がいいだろう? その後の救助にも支障が出ずに済むしな。


 そうこうしている間に、探索者助成組合からも人員が派遣されてきた。こちらは先ほど駆けつけてくれた人たちとは違う、前線に出るメンバーだ。


 急いでかき集めてくれたんだろう、金属鎧で全身を固めた重戦士から軽装の曲刀使いに、弓使い、斥候、罠師、各種属性魔術師と幅広いんだが、全員揃って顔色が悪い。まあ、彼らの心境は理解できなくもない。なんせ……。


 と、俺を「おっちゃん」呼びしてた黒髪碧眼の小僧が、ススッと、足音一つ立てずに近付いてきた。そんでいきなり肩を叩かれたから、ドキッとしたわ。


「こら、クー! それ、心臓に悪いからやめろって言ったろ!」


「いやいや。軽業師(トリック・スター)たるもの、研鑽を怠る訳には参りませんので」


「ほんと口の減らねぇガキだな」


「もう一人前ですぅー。大人だから救援に呼ばれたんですぅー」


「そっか。大人か。なら、もうおやつ出さなくてもいいよな」


「ごめんなさい」


 こいつの名前はクーナ・エトレ・エトミルム。愛称はクー。斥候(スカウト)系の技術を得意とする若手探索者だ。自称、軽業師(トリック・スター)


 クーが探索者になったばかりの頃に、ちょっとした縁でサポートしたら、妙に懐かれちまってな。


 ちょくちょく俺の店へひやかしに来ては、常備してる菓子(日本でよく論争のタネになる、きのこたけのこなアレとか飴玉)や飲み物(ソーダ類が好きらしい)をねだりやがる。ガキか! 十五歳だからまだガキだな、うん。


「なあ、おっちゃん。オレ、思うんだけど」


「なんだ?」


「このメンバーさあ。普通の階層攻略なら問題ないけど、暴走した〝階層の門番〟相手にするのはきついんじゃないかな」


「……だよなあ」


 彼らは、普段は第二十階層を中心に活動している探索者らしい。もちろん、もっと上の階層を攻略しているような、安全に討伐できる戦力を寄越してくれるよう、組合に要請したんだが……。


「今日、満月だから人が足りないって返事が来てだな」


「だろうね。強い人たち、みんな〝階層の門番〟狩りに出ちゃってるよね」


 探索者助成組合の担当者曰く、彼らのほとんどが戦闘に入っている、あるいは戦闘を終えて怪我を癒やしたり、休息を取っているような状況だから、すぐに動くのは難しいという。


 不運は重なるもので、低層クラスの〝階層の門番〟なら瞬殺し、上層を探索できるような熟練探索者パーティのほとんどが出払ってて不在なんだよ、これが。


「上級探索者の皆さんもさあ。何ヶ月も前から、今度こそ四十三階層突破するんだって盛り上がってたもん」


「ああ。俺も中層への食料と薬品転送頼まれたし」


「今ごろ攻略中なんだろうなあ」


「それ呼び戻したら大変なことになるよな」


「というかさ、そんなことしたら最悪向こうの命にかかわるよね?」


「第一線級の戦闘職が抜けたら、戦列崩壊待ったなしだもんな」


「まかり間違って全滅したりしたら、遺体の回収もできないし。ダメでしょ」


「だな」


 かといって〝魔獣の暴走〟が収まるのを待つ、という訳にもいかない。目標を追いかけ続けるけど、見失ったら解散する〝魔獣列車〟と違って、怖ろしいことに、暴走した連中の狂乱は、少しずつ下の階層に伝播していくんだよ。


 実際、四十年くらい前に第二十八階層で発生した〝暴走〟を、今回みたいに戦力が集まらないからっていう理由で二日ほど放置したことがあるんだそうな。


 当時は、まだ〝暴走〟が下の階層まで影響を及ぼすことが知られてなかったから仕方が無いし、当然の判断だった訳だが、その代償はとてつもなくデカかった。


 上の階での〝暴走〟を知らずに調査に出かけた探索者、およそ百七十名が死亡。遺体を食い荒らされて蘇生不可になった被害者の数、九十。苦労して開拓・設置した各層の施設、およそ十階層分が破壊されるという大惨事にまで発展、復興に五年かかるほどの損害が出たらしい。


 一応、組合の担当者に頼んで第二十階層以降の立ち入り禁止と、二十三層より上の階層に挑んでるパーティに〝伝達〟してもらっているから、どうにか二次被害は出さずに済んでいるが……。


「ほんと、運が悪いとしか言いようがないよな……」


 今度こそ耐えきれず、二人揃ってため息をついた。


 こういうとき、蘇生系魔法の存在がネックになるんだよ。人の命が軽いってか、最悪死んでも、


「生き返らせてあげるからいいでしょ?」


 なんて感覚で上が判断しやがるし、無理すればどうにかできそう、程度の戦力でもゴーサインが出るんだよ。今回駆けつけてくれた探索者たちが揃って顔をこわばらせているのは、現状と自分たちの実力を、正確に把握してる証拠だ。


 それで本当に死んじまった場合、遺体の保管料やら、死んでる間(って表現もアレだが)に稼げたかもしれないカネなんかは組合や役所が保証してくれるんだが、そもそも死ぬような大怪我するのなんて、誰だって避けたいだろうに。


 俺だって嫌だよ!


 てか、俺の場合、死んだら遺体がどうなるかわからないし! 生命の灯が消えるんだから、意識が飛んでも〝越境〟は起きないと思う、思うんだが……さすがに実験する訳にもいかないだろ?


 そんで、もしも死んだ瞬間に〝越境〟した場合はどうなるか。


 部長が、何日も連絡無しで会社を無断欠勤しました。常識的に考えて、総務部か部下たちの代表から俺宛にメールと電話、SNS経由で連絡が来るだろ?


 返事がなければ、緊急連絡先に指定してある実家に確認が行くだろ?


 実家にいる姉貴夫婦がマンションの管理会社に問い合わせるだろ?


 管理人が緊急事態と判断して、部屋に入るだろ?


 そしたら、鎧とローブ着たおっさんが、ベッドに血まみれで倒れてました。


 ……姉さん、事件です。


 明らかに奇妙な死体――室内に争ったような形跡はない。血が飛び散っている訳でもなく、あっち側で見たらコスプレにしか見えない格好で、布団をすっぽりかぶったまま死んでいる、四十一歳会社員(独身)。


 どう見てもワイドショーで取り上げられるネタだろこれ!


 あれだろ? 再現画像とかCGで作られちゃうんだろ!?


 交友関係とか普段の行動調べるために、絶対警察が俺のパソコンだのスマホ見るよな? パスワードでロックはかけてあるけど、事件解決のために解除されるだろうし、もう絶望しかない。


 俺も男だから、他人に見られたくないフォルダの一つや二つはあるんです!


 ……無事に帰れたら、一定期間立ち上げなかった場合ハードディスク初期化する処理入れておこう。怖いし。


「おっちゃん、おっちゃん」


 遠い目をしていた俺に、再びクーが話しかけてきた。


「あのさあ。昔オレたちのサポートしてくれた時にやったアレ、できない? 二十二階層の構成、あそこと似てるんだけど」


「あー、長い通路と曲がり角が多いな。そういえば」


「でしょ?」


 俺が現実逃避している間、クーは作戦を考えていてくれたらしい。すまんな、頼りない大人で。


 俺は背負い鞄を下ろし、入っているモノを確認した。


「必要な数は揃ってるから、できなくはないな。けど、門番殺るにはさすがに威力が足りないだろ?」


「そこはほら、おっちゃんの必殺技を生かせばいいじゃん」


「そんなのねぇよ!?」


「はあ? 何言ってんだよ。おっちゃん、十層までの〝階層の門番〟しょっちゅう単独(ソロ)で倒してるじゃんか!」


 下層区域の門番は、探索者が狩る獲物としてはさほど旨みがないんだよ。第十五階層より上に登れば、そこらの魔獣と同じように徘徊してるもんだから、狩ろうと思えばいつでも狩れるし。


 なもんで、腕の立つ冒険者がわざわざ満月の日の復活(リスポーン)に合わせて集まったりはしない。駆け出しが上を目指すために必要な試練として、あえて残してる、なんてうそぶくヤツらもいるぐらいだ。


 とは言え、門番が邪魔なのは本当で、どうしても駆除が間に合わない時なんかに俺が駆り出されているってのも事実だ。しかしなあ、どうにもクーは、俺のことを過大評価してるフシがある。第一、


「あんなの、転移系魔術師なら誰でもできるだろ?」


「できたとしても、実際やるのはおっちゃんくらいだよ!?」


 そりゃ、俺が何だかんだと塔に興味があるからだろう。それはともかく、


「十層と二十二層の門番じゃ、強さ的に比べモンにならないだろうが!」


「何も、単独で挑戦しろなんて言ってないだろ! 今度はオレたちがサポートするからさあ」


「むむ……」


 いつの間にか、俺たちの周りに探索者たち全員が集まってきていた。期待に満ちた眼差しが、俺に向けられている。


「みんなの信頼が重い……」


「おっちゃんならいけるって! それにさ、いつも言ってるじゃんか。仕事はさくっと効率的にやろうぜ、ってさ」


 確かにクーの提案は魅力的だ。最低でも〝階層の門番〟以外の魔獣は一掃できるだろうし、うまくやれれば死人どころか怪我人すら出さずに済む。犠牲になるのは俺の鞄に入っている小道具類だけ。


 正直、足が震えるほど怖い。だが、ここで引いたら男が廃るよなあ。


「わかった。みんな、俺に力を貸してくれ」


 集まった探索者たちの間から、わっという歓声が上がる。それからすぐに、俺たちは雁首揃えて討伐作戦の詳細を詰めていった。いよいよレイドバトル本番だ!


 うん、まあ、死なない程度に頑張るわ。


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