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五.リーマンは救援要請を受ける

「緊急依頼です! 二十二階層で〝魔獣の暴走(スタンピード)〟が発生しました! 巻き込まれた探索者パーティ救助のため、サポートをお願いします!」


 駆け込んで来たのは、探索者助成組合の若手職員だ。組合本部がウチから見て一本隣の通り沿いにあるから〝念話〟ではなく、こうして若いヤツを寄越してくることが多い。


「承ります! 組合の『念話送受信担当者』は誰ですか!?」


 情報を聞き出しながら、パチンと指を鳴らす。シャツとデニムジーンズのラフな服装だった俺が、いきなり背負い鞄(バックパック)装備の探索用ローブと胸部革鎧(ハーフレザー)なんて姿に変わったもんで驚いたんだろう、若手職員は一瞬ビクっとした。


「は、はい、担当者はゴルディです!」


 あ、これか? 〝交換転移(ポジション・チェンジ)〟を応用した早着替えだよ。変身ヒーローみたいでちょっとカッコいいだろ?


「わかりました、あとは担当に〝念話〟で状況を確認しつつ現場へ急行します」


 若手職員はサッと敬礼すると、外へ駆け出した。


 この後、彼はここと同じように他の救助関連組合へ伝令に行く。俺の所へ真っ先に来たのは、単にウチの店が一番近いからだ。


「店じゃなくて、塔にトラブルが来ちまったか……」


 舌の根が乾かぬうちにコレだ、フラグ回収早過ぎだろう。俺はどこぞの戦闘機乗りじゃねえんだぞ!


 ……すまん。元ネタわからないならスルーしてくれると嬉しい。


 店の扉に鍵をかけ、正面に吊した黒板に『外出中』『救援に出かけています』という文章を書き加えて準備完了。


 と、馬鹿やってる場合じゃないな。急いで救援に向かわないと。





 〝念話〟で詳しい情報を受け取ったところによると、結構な数の重傷者がいるようだ。怪我の状態によっては、下手に〝転送〟で運ぶと容態を悪化させちまう。


 だから俺は治療院へ〝転移〟して、現場で治療に参加できる医者と薬師を募り、大急ぎで塔の入り口へ向かったんだが……。


「おっちゃんだ! おっちゃん来た!!」


「えっ、ウソ! カトゥさん来てくれたの!?」


「来た! カトゥさん来た! これで助かる!!」


「何だよこの騒ぎ……」


 誤解されそうだから説明しておくが、俺は探索者から〝転送〟による救援を求められたら、出来る範囲で応じるようにしている。だから滅多に来ないだとか、参加自体がレアみたいな扱いは、ほんとやめてもらいたい。


「おっちゃんがいるかいないかで、救助の難易度変わるんだよ!」


「えぇ……?」


 いやまあ、わかるけどさあ。それにしたって騒ぎ過ぎだろう。こりゃあ、現場に〝暴走〟以外にも何かヤバイ問題があるな?


「探索者組合から、二十三階層の魔獣が降りてきたせいで〝暴走〟が起きたって聞いたんだが、詳しい発生状況を説明できるヤツはいるか?」


 そう訊ねると、内壁にもたれかかるように座り込んでいた、年かさの探索者が手を挙げた。身に付けてる軽鎧に、血や真新しい引っ掻き傷がついている。そこから推測するに、つい今しがた現場から避難してきたところなんだろう。


「私どものチームが、皆さんにご迷惑をおかけして本当に申し訳ない。状況発生の前後を目撃した上で、ここまで逃げてこられたのは私だけだ。残念ながら〝念話〟は使えないので、今から説明する内容を各所に伝えていただけるだろうか」


 こういう時、場を取り仕切るのは探索者としての熟練度……ではなく、何らかの組合に所属し、年長者で、かつ伝達系魔法などの連絡手段を持つ者になる。


 ……周りから「おっちゃん」呼ばわりされていることで察して欲しい。なんということでしょう、俺が現場指揮者確定です。


 ため息の一つもつきたいところだが、ぎりぎりのところで耐えた。


「了解した、連絡は俺に任せてくれ」


 ローブのポケットに手を入れ、ボイスレコーダーのスイッチをオンにした。こいつは地球から持ち込んだ品でな。俺は録音しておいた音声を〝転移〟させ、別の場所で再生することができるので、こういう時に重宝する。


「済まない、助かる」


「困った時はお互い様だから気にするな。ああ、治療担当の皆さんは、今のうちに彼を癒やしてやってくれないか」


「もちろんです」


 酷い怪我をしている相手に対する親切心もあるが、この場合は最大の情報源が、痛みから気絶したりすると、面倒な事態に陥りかねないからだ。


 それを理解しているであろう医者と薬師が、手早く治療に当たってくれた。


「実は……二十二階層の奥まった場所で、宝箱を発見したのだが……」


 曰く、パーティに所属していた罠師と、鑑定系魔術師の判定内容が割れた。罠師は毒矢の罠だと主張し、鑑定士は爆発の罠であると申し立てた。


 このパーティにとって、今回が初の中層チャレンジだったようでな。


 そうそう、塔の第一~第九階層までを下層、第十から第十九までが低層、第二十から第二十九までが中層と呼ばれていて、上に行くほど攻略難易度が高い。


 こういう挑戦をした時に起こりやすいのが、罠鑑定の失敗だ。調査の難易度が上がるんだから、当然っちゃ当然なんだが、だからといって本当に失敗したら、最悪命にかかわる。


 なんで、安全のために、パーティには罠鑑定ができる技術者、または魔法の使い手を最低二人は確保することになっている。判定内容が割れた場合でも、結果に基づいて、ある程度の対処ができるからな。


 熟練の探索者であれば、判定が割れた場合、解除を諦めるんだけど……。


「調査を急ぎ過ぎて大赤字だったから、というのは言い訳ですな。どうしても宝箱の中身が欲しかった私たちは、比較的安全な場所で解除を試みたのだ」


 それが、第二十三階層へ続く階段の踊り場だった。高低差を利用して、毒矢または爆発による被害を押さえようという判断だったようだが……。


「宝箱に仕掛けられていた罠が〝警報(アラーム)〟だったのだ。そのせいで、上の階層からも魔獣がなだれ込んできてしまい……」


 そう、こういう「鑑定内容のどちらもハズレでした」って状況が怖いから、熟練者や慎重な探索者は、鑑定が割れたらきっぱりと解除を諦めるんだよ。


 しかし……。


「ん? それはおかしいね。〝警報の罠〟が呼び寄せるのは、同じ階層にいる魔獣だけではないのかな?」


 俺が口を挟む前に、手当てを終えた中年の医者が質問してくれた。それを聞いた相手は苦悶している。


「それが……偶然、そのタイミングで二十三層の扉が開いていたらしく……」


「まさか、それで上の階層の魔獣が反応しちまったのか!?」


「どうやらそのようだ……」


「うわ、初耳だぞそれ」


「俺も」


「私も……」


 集まっていた救助隊のメンバーがざわついたのも無理はない。


 医師さんの言う通り、これまでは罠による〝警報音〟は、同一の階層内にしか効果を及ぼさないとされてきたんだ。それが、今回みたいに状況次第じゃ他の階層へも影響があるってことが判明したんだから、当然だろう。


 周囲をぐるりと見回しながら、俺は確認を取る。


「これ、情報提供者としてこの人の名前出すけど、かまわないか?」


 こういう、周知することで危険を減らすことのできる貴重な情報を探索者助成組合に提供すると、情報料が支払われる。文句の一つも出るかと思ったら、幸いなことに全員が首を縦に振ってくれた。ほんと、気持ちの良い連中だ。


 いっぽう、名前を出すことになった探索者は見てわかるほどにうろたえている。


「なんですと!? それはさすがに……」


「遠慮しないで、この情報料は貰っとけ。怪我の治療にも、このあとパーティ立て直すのにだってカネかかるだろ?」


 救助隊のメンバー全員が頷いた。


「……かたじけない」


 が、ここでもう一つ疑問が出てきた。


「なあ。普通ならさ、警報音に反応して集まった魔獣たちは、ある程度時間が経つと落ち着きを取り戻して、元のねぐらへ戻っていくんだろ? だから〝警報の罠〟がきっかけで〝魔獣列車(トレイン)〟くらいならまだしも〝魔獣の暴走(スタンピード)〟が起きることはないと思うんだが……」


 その発言に、俺と治療院から来たメンバー以外の探索者たちが、揃ってなんとも言えない顔をする。


「あー、そういうことかあ。なんでアレがうろついてるのかと思ったら……」


「ん? どういうことだ?」


「おっちゃん。今日はほら、満月だろ? おまけに上の階層のドアが開いてたってことはさ、たぶん別のパーティが通り抜けたすぐ後に……」


 なるほど察した。


「〝階層の門番(ゲート・キーパー)〟が起きた上に〝警報〟で集まった魔獣の群れに押されるか何かして、階段から落ちたのか。運悪すぎだろ、オイ……」


 〝階層の門番〟ってのは、上の階層に続く扉を守る大魔獣のことでな。苦労して駆除しても、満月の日になると、どういう理屈なんだか復活して、再び探索者たちの前に立ちふさがってくる、実に厄介なヤツらだ。


 ただし、扉の向こうへ行こうとしたり、わざわざ扉の前から移動させるような真似をしたりしなければ、向こうからは襲ってこない。


 あれだ、門の前で復活(リスポーン)する中ボスみたいなモンだと思って欲しい。


 そんな〝階層の門番〟は大魔獣と呼ばれるだけあって、他の魔獣どもとは一線を画する強さを誇る。上の階から来た魔獣だけならまだしも、そんなヤツが自分たちの領域に現れたから、下の連中が発狂して〝暴走〟が始まったんだろう。


 ……んん? てことは、つまり。もしかして。


「おい、まさか〝階層の門番〟が二十二階層の通路を暴走してんのかよ!」


「さすがおっちゃん、大当たり!」


「褒められてもぜんっぜん嬉しくねぇ!」


 畜生、ヤバイどころじゃねぇ! 俺が大歓迎される訳だよ!


「これ、転送救助じゃなくてパーティ同盟(アライランス)組んでの総駆除案件(デストロイ)だろ!? 俺は! しがない! 転送屋!!」


「でも、引き受けちゃったんでしょ?」


「ああそうだよ今さら断れねえよ! くっそおおおおお!!」


「カトゥさんが荒ぶっておられる」


「ああ、喋りがカンペキに崩れてるカトゥさんは久しぶりだ」


「今のほうがいいよな」


「なー。おっちゃんの敬語うさんくさいし」


「やかましいわ!」


 ……まさかのレイドバトル強制参加。ああもう、マジで勘弁してくれ!



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