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四.リーマンは根回しをする

「加藤さん、ヘルプありがとうございました! おかげで〆に間に合います」


 別プロジェクトのリーダーが、席を立った俺に深々と頭を下げた。彼は今回初めて一つの班を任された、最中(まなか)くんという好青年である。


「どうにかなったからいいけど、できればもう少し早く連絡して欲しいかな」


 そう言って眉尻を下げた俺に、相手は苦笑を浮かべた。


「すみません、新人がなかなか言い出せなかったみたいで……」


「それは最中くんの全体タスク管理が甘いからじゃないかな?」


「返す言葉もございません!」


「アハハ、次から気をつけてくればいいよ。今回のことは、君にも、新人くんにとってもいい経験になっただろうし」


「ありがとうございます」


「ところで最中くん、終電大丈夫?」


「日報書いてからでも間に合いますが、加藤さんは?」


「そろそろまずいから、早歩きで帰ります」


「了解です、お疲れ様でした!」


 ……すまないな、最中くん。俺〝転移魔法〟があるから終電関係ないんだ。





 ――さて、さくっと戻ってきたので話を続けよう。


 上級魔法魔術学院での進捗は、さすがに魔法塾ほど簡単には行かなかった。


 それでも、普通なら最低でも七年かかるところを、約三年で上級転移魔法の習得に至り、その成果を提出することで卒業を許されたんだから贅沢は言えない。


 なんせ、十年経っても卒業できない先輩方が大勢いたしな……大学で危うく留年しかけた俺としては、他人事とは思えなかった。反則じみた経験のお陰で、早々に卒業できたっていう負い目もあるし。


 ま、中には上級魔法魔術学院しか所蔵していない貴重な書物目当てで、あえて留年してる人たちもいた訳だが。


 ちなみに百年に一度の天才と呼ばれた魔術師が、一年半で卒業したのがこれまでの最短記録だそうな。その人物は現在、アルバ国立上級魔法魔術学院の学院長を務めていたりする。ある意味納得の進路だろう?


 それはさておき。


 当時、俺の元には上級魔法魔術学院で転移魔術助教授・魔法魔術協会では役員・神秘研究舎からは研究員への就任要請、テュレニア都庁に政府官邸(!)変わり種だと首都銀行や商業組合本部、アルバ国軍なんかからもスカウトが来ていた。


 このラインナップを見ただけで、どんだけ上級転移系魔法の使い手が優遇されているのか、いかに希少価値の高い存在なのかがわかると思う。


 だけど、地球で会社勤めをしている俺は、さすがに両方の世界で組織に属する気にはなれなかったこともあって……どこも入ったが最後、簡単に辞められるような職場じゃないし、眠れないぶん、こっちでは気楽に過ごしたかったならな……礼を失さないように気を配りつつ、各所にお断りの連絡を入れた。


 角が立たずに済んだのは、俺の態度以上に〝越境者(クロス・ボーダー)〟だという事実を打ち明け、いつこの世界から消失するかわからない存在なのだと説明したからだろう。重要な仕事を任せた人材がいきなり消えたら、それこそ大問題に発展するからな。


 ……十五年経った今でも、消える気配はこれっぽっちもないが。


 ただし、そんな組織の中でも神秘研究舎だけは、未だ熱心に声をかけてくる。まあ、連中の気持ちはわからなくもない。


 〝越境者〟なんていう存在自体が激レアな上に、これほど調査し甲斐のある研究対象なんて、俺を逃したら、そう簡単には見つからないだろうし。


 実験動物(モルモット)になる気なんてないから、きっぱり断ってるけど。


 自分が〝越境者〟だと公言していたからだろう、当時も今も、職業探索者からの勧誘はほとんど無い。たまに救援やサポートを頼まれる程度で、彼らとはそれなりに良い関係を築けていると思う。


 そうしてフリーになった俺は、マーベルさんからの仕事や、魔法魔術組合から頼まれた転送系の仕事をこなしつつ、家を買うための資金を貯めた。在学中は学院の寮に入れたんだが、卒業したからにはそうもいかない。


 日本のアパートみたいな賃貸住宅があれば良かったんだが、テントから発展したお国柄だからなのか、賃貸住宅自体が少ないし、おまけに家賃が高いんだよ。月単位の先払いで、宿屋の部屋を押さえておいたほうが安く済むくらいだ。


 で、購入したのが今の拠点であり俺の城、商業通りに建てられた小さな店だ。


 元は雑貨屋だったんだが、歳をとった店主さんが、娘夫婦に呼ばれて田舎で余生を過ごすことになったとかでな。店をどうするか悩んでいた時に、常連だったマーベルさんが相場よりも少し高い値段で買い取って、俺に紹介してくれたんだ。


 その頃、マーベルさんには俺がやろうと考えてた新商売について相談に乗ってもらっていた関係から「ここなら立地的に最適だろう」ってんで、急いで押さえてくれたんだそうな。この時の彼の判断には、本気で感謝してる。ほんといい場所にあるんだよ、この店。


 支払いも分割でいいって言ってくれたから、滅茶苦茶助かった。あ、もうローンは完済してるから借金はないぞ?


 こんな感じで〝越境〟当初から仕事以外にも世話してもらってたから、俺は未だにマーベルさんには頭が上がらない。もはや二人目の親父みたいなもんだ。一緒に呑みに言って酔ったとき、ついぽろっと口にしたら、その場で泣かれちまったが。


 今では、仕事の時は「マーベルの親父(おやっ)さん」それ以外では「親父さん」って呼ぶのを許してもらえるくらいには、まあ、親しくさせてもらってるよ。


 ……ああ悪い、話が逸れたな。相談してた新商売ってのは、あんたが予想している通り〝転送屋〟だ。


 これを思いついたのが、実は地球の家(ってすごい表現だよな)でお馴染みの、ネトゲしてた時だったりする。


 〝辻ヒール〟って知ってるか?


 治癒魔法(ヒール)が使える中~高レベルのプレイヤーが、苦戦してる野良(ソロとか、自分が所属してるパーティ以外で活動してる他プレイヤーのことだ)へ見返りなしに魔法をかけて、ダメージを回復してやる行為のことだ。


 MMOでは割と見かける行動で、初心者や低レベルが苦労してたりすると、そこかしこから治癒魔法が飛んでくる。そうして助けられた初心者が、成長後同じように辻ヒールするようになる……みたいな、いわゆる暗黙の了解ってヤツだ。


 では、現実に魔法が使える〝塔〟において〝辻ヒール〟は存在するのか?


 答えは「否」だ。


 そりゃそうだ、治癒という行為はタダじゃできない。


 目には見えないだけで、魔法を使うには魔力が必要だし、怪我の状態によっては薬だって使われるし。そもそも〝辻ヒール〟みたいな真似したら、医者や治療院の職員から袋叩きに合う。


 なんたって、彼らのメシのタネを奪う行為だからな。


 日本でも、病院で「お金ないからタダで治して!」なんて言ったら、追い出されるだろ? つまりは、そういうことだ。


 ああ、生死がかかっているような状況なら話はまた別だぞ。そういう場に治癒系魔法の使い手が居合わせた場合、即興で救援に入ってくれる。ただし、後から所定の治療費を請求されるけど、死ぬよりはマシだろう?


 あ、一応ミュステリウムには〝死者蘇生魔法(レイズ・デッド)〟が存在する。けど、こいつは転移系魔法以上に習得が難しいから、使い手自体がほとんどいないんだよ。


 アルバ国の場合は国立治療院に二名ほど在籍してるが、彼ら蘇生系魔法の使い手が職業探索者になることは、まずない。


 というか、国から全力で止められるし、それでも勧誘かけるようなヤツらは思いっきり白い目で見られる。


 塔で死んでも、死体さえ回収できれば治療院で蘇生してもらえるのに、肝心の使い手が探索に連れ回されて留守にしてたら……あるいは蘇生のために出かけたら、不慮の事故に巻き込まれて未帰還、なんてことになれば生き返れなくなるんだから当たり前だよな。


 けど、蘇生系の魔術師はとにかく人材が不足してる上に、蘇生系魔法は消費する魔力がデカいから、最短で数週間、下手すりゃ数ヶ月は待たされる。


 だから、死ぬ可能性があるような大怪我、またはピンチの場合のみ、癒やし手たちは救援に入るんだ。そうすることで自分たちがヤバイ時に助けてもらえるかもしれないしな。


 さすがの治療院も、これには目をつぶってくれている。


 ……話を戻すぞ。この〝辻ヒール〟の亜種、と呼ぶには少し抵抗があるんだが、転移系魔法を利用した〝辻テレポート〟なるモノが存在する。


 広いマップをウリにしてるMMOだと、街角やダンジョンの入り口なんかで、


「テレポート承ります、料金は○○、出発は××時△□分です!」


 なんて広域チャットが飛び交っていたりするんだ。こっちは〝辻ヒール〟と違ってカネを取られる訳だが、便利なんで利用者が多い。


 そう、俺はこの〝辻テレポート〟がミュステリウムで商売になるんじゃないかと思いついた訳だ。もっとも、すぐに「こりゃダメだ」って気付いたんだけど。


 転移系魔法を使った〝転送屋〟なんて、アルバ国には無かった。けど、その代わりに辻馬車や定期船といった運送業者(親父さんの商売もコレだ)や、彼らを取りまとめる運搬組合が存在する。


 能力を生かして、できるだけ楽にカネを得たいとは思うが、彼らを敵に回してまでやりたいとまでは思えなかったんだよ。変にモメるのも後々面倒だし。


 だから、まずは親父さんに相談に乗ってもらい、この世界にどんな種類の運送業があるのかを徹底的に勉強した。


 そこで、普通の運送業者が真似できない速さで荷物、あるいは人を指定の場所に届られる利点を生かし、かつ競合しない方法を考えた。


 早い話が、同じ場所に届けるならウチのほうが圧倒的に速いが、料金を高くする方向で差別化を図ったんだよ。


 たとえば荷馬車で届けたら三日かかる距離を俺が魔法で運ぶ場合、運搬組合が定める荷馬車運賃の五倍の料金を頂戴する……みたいにな。


 もちろん、事前に運搬組合を(親父さんの紹介で)通して、他の業者さんたちと何度も話し合った上で決めたことだ。料金も明朗会計、わかりやすく表にまとめて店の前にも、中にも掲示してある。所定のカネを払って運搬組合にも所属した。


 魔法魔術組合にも、しっかりと話を通した。もしも、そちらで似たような商売を始めたい場合は、運搬組合に繋ぎを取ってくれさえすれば、俺としては何の異論も挟まないって条件つきでな。


 そのぶん、魔法魔術組合よりも若干転送料金を安く設定してある。


 さらに、俺の手が足りない時に組合の担当者宛に〝念話(テレパシー)〟飛ばして仕事を依頼することで、できる限り競合を防ぐ努力をした。お客さんにきちんと説明して、料金が高くなることを納得してもらった上で、だけどな。


 こいつが意外と好評で、魔法魔術組合に所属する若い転移系魔術師が、ちょっとした小遣い稼ぎがしたい時に俺に声をかけてきたり、組合から「今日は転送か移動魔法が必要な依頼はあるか?」なんて問い合わせが来るようになった。


 そのうち、彼らが似たような店を立ち上げる日が来るかもしれないな。


 こんな感じで、俺や俺の店の周辺は創立当初から今に至るまでおおむね平和だ。たまにトラブルに遭遇することもあるが、同業者から嫌がらせや邪魔をされたことなんか一度もない。


 そんな真似したら、逆に運搬組合や魔法魔術組合から弾き出されるのは妨害した側になる。そのくらい彼らと親密な関係を築けているのは、事前にしっかりと根回しをしておいたお陰だろう。


 ああ、平和って素晴らしい。


 ……うん? 今ドアベルが鳴ったよな?


 客か来たみたいだ、ちょっと行ってくる。


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