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二.リーマンは別の世界で仕事する

 カラン、カランというドアベルの音が室内に鳴り響く。


「いらっしゃいませ、転送屋『黒猫(シャノワール)』へようこそ」


「おうカトゥ、邪魔するぜ」


 声と共に、赤毛の偉丈夫が扉をくぐって中に入ってきた。


「これはこれは。今日はどんなご用件でしょう?」


 こいつが返答だと言わんばかりに、赤毛の男はドサリ、ドサリと木箱を床に置いてゆく。


「この荷を、今日中にキュドニアの皮革職人組合本部に届けてもらいたいんだが。大丈夫か?」


「キュドニアですか。問題ありませんが、配達時間の指定はありますか? ちょうど今は手が空いてますので、最短ならこの後すぐ、特急料金無しで可能ですよ」


「ホント、そこで『この後すぐ』って返せるのが、この店の強みだよなあ。そんじゃ、お言葉に甘えてすぐに頼むわ」


「承知致しました。では、サイズを測らせていただきますね」


 加藤(以後、この世界においてはカトゥと表記する)は、ウエストポーチの中からメジャーを取り出すと、手早く木箱の三辺を計測してゆく。


「三辺で六十インチ、三つですので……」


「料金は壁に貼ってあるコレだろ? 転送する場所はキュドニアでその大きさだから……金貨一枚と銀貨二十枚だな」


「……はい、荷物確認させていただきました。転送料も、読み上げていただいた料金表の通り金貨一枚と銀貨二十枚頂戴します。こちら、中身は割れ物ですか? 箱の向きを変えてはいけない等の注意事項はございますか?」


「んにゃ、中層で捕れた魔獣の革だ。ちっとくらい揺れたり、落としたりしても傷付かないようにまとめてある。ほいよ、料金だ。確かめてくれ」


 手渡された貨幣の重さに、カトゥは笑みを返す。


「確かに承りました、では」


「あいよ。んじゃよろしくな!」


 ドアベルの音と共に、偉丈夫は外へ出て行った。


「さて、それじゃさっさと運んじまいますかね」


 呟きと同時に、カトゥと荷物はその場で掻き消えた。





 ここは、ミュステリウム大陸の東端。アギタリア海に面する国アルバの首都、テュレニアの商業通りに建つ俺の城だ。もちろん城ってのは「一国一城の主」的な慣用句で、一階が店舗、二階が生活空間になっている石造りの小さな建物だからな。


 転送屋と自称した通り、俺は客の求めに応じてさまざまなモノを〝転送〟する商売をやってる。


 ――初めて〝越境〟してから一ヶ月の間、色々と調査した結果。俺は〝寝る、または意識を失う〟ことで世界を超えることがわかった。それだけなら、まあ良かったんだけどな。帰りたければ、寝ればいい訳だし。


 が、別のところに問題があった。


 実は地球とミュステリウムでは時間の流れが微妙に違う。すぐに寝起きすれば、ほとんど差は出ないんだが……ミュステリウム側に一日滞在して寝ると、地球では七時間半ほど経過している。


 ちなみに、この〝越境〟体質のせいで俺は全く眠れなくなった訳だが、体調は全く問題ない。むしろ、思う存分寝た時のようにスッキリしてるのがマジで謎だ。


 ただし、下手にミュステリウム側で遅めの睡眠に入ると、寝不足みたいな状態になる。これは地球側で寝た時も同じなので、下手に夜更かしができなくなった。


 ……まあ、健康にはいいのかもしれないけどな!


 ちなみに、寝てすぐ起きてを繰り返すと、ものすごく疲れる。たぶん、


『世界に滞在する=睡眠時間』


 的な判定があるんだろう。ほんと何なんだよこの謎体質……。


 とにかくだ。地球側で深夜零時に布団に入ると、ミュステリウムでは夜明け、朝五時に目が覚める。そう、実のところ、初めてこの世界で見たのは夕焼けじゃなくて朝焼けだったんだよ。


 それを知った時、俺は早急にこの世界で生活基盤を作らなければならないことに気がついた。だって、まるまる一日(試しに計ってみたら、一日は二十四時間よりも少しだけ長かった)ミュステリウムで留まらなきゃいけない訳だから、カネがなきゃ何もできないだろ?


 ぼんやり過ごすにしても、毎日ただそのへんでうろついてる訳にもいかないし、何と言っても腹が減る。ガマンするにしても、一日おきに断食するようなもんで、正直現実的じゃない。


 もっとも、最初のうちはテュレニアの役所が面倒を見てくれたから、特に苦労はしないで済んだ。彼らからすると俺たち〝越境者〟は「突然船から放り出されて見知らぬ土地へ流れ着いた遭難者」みたいなものらしい。実際、その認識は間違っていないと思う。俺自身がそんな感覚だったし。


 言葉こそ(どういう理屈なのか)通じるが、収入を得る手段のない「遭難者」が生きるために悪の道――民から日々の糧を奪う、盗んだり、あるいは殺したりするかもしれない――に堕ちないよう、最低限の収入が得られるようになるまでは、役所が責任を持って生活の面倒を見る、つまり保護してくれるのだ。


 もちろん、その費用はタダじゃない。生活が安定したら、少しずつでもいいから返さなければいけないモノだ。


 〝越境者〟に限らず、自然災害や海難事故なんかで同じように保護を受けたにもかかわらず、もらえるだけもらった後に支払いをバックれる奴もいるらしいが……その時点でそいつは犯罪者になる。各市町村に人相書きが送られ、警邏隊に追い回される生活が待っているという。ま、そりゃそうだよな。


 追われる生活なんてまっぴらごめんだった俺は、保護期間中は最優先で、読み書きやら、この世界における常識、例の〝魂の水晶〟で刻まれた能力、具体的には魔法の基礎なんかを勉強することにした。


 知識や情報なしで、知らない土地を「探検」するなんて命知らずな真似をする気はなかったんでね。まあ、仕事で海外(あんまり治安の良くない国だ)への出張を何度か経験していたのも、その行動を後押ししていたと思う。


 そうしてわかったのは、俺が飛竜で移送・保護された場所がミュステリム大陸にある「アルバ」って国の首都であること。


 アルバが、大陸でも特に豊かで国民に余裕があることも理解できた。少なくとも遭難者や災害被害者を手厚く保護したり、そうすることで犯罪を抑止するといった考え方が生まれる土壌がある程度には、この国の人々は満ち足りている。


 主な産業は海沿いの国らしく漁業、肥沃な大地を生かした農業に〝塔〟から獲得できる産物の加工、輸出、それと他国から来る探索者(サーチャー)(国によっては冒険者(エクスプローラー)とも呼ぶらしい。こっちの名前のほうが、ゲーマーの俺にはなじみ深いかな)を対象とした飲食・運送・宿泊業だ。


 〝塔〟は、いつからそこに在るのかわからない。少なくともアルバが建国された五百年前には、まるで世界中を睥睨するかのように、堂々とその威容を主張していたそうだ。


 この塔、外壁が石だか金属だかよくわからん物質で造られた、とんでもなく高い建造物でな。冗談でも誇張でもなく、雲を突き抜けて、さらに先へと伸びていやがる。あんたがSF好きななら、軌道エレベーターみたいなモノを想像してもらえるか? それでだいたいあってる。


 この塔の中は、外とはまた別の生態系が出来上がっててな。外にはいない動物(魔獣って呼ばれてる)が棲んでいるし、採取できる植物なんかも違う。こいつが、アルバを豊かたらしめている最大の理由だろう。


 まず、さっき言った探索者たちが中にいる動植物やら魔物からはぎ取った素材なんかを持ち帰ってくる。そいつを塔の外にある産業系組合が買い取って加工し、商業系の組合に売る。商人たちは、買い取った産物を抱えてあちこちで商売するって流れがもう完全に出来上がってるんだよ。


 そもそもアルバ国は、塔から出た素材を買い取りに来た商人たちが何台もの馬車で乗り付け、テントを張り、そのうち仮設の店を立ち上げ……ってのを繰り返すうちに拡大していった街をまとめるために作った枠組みが始まりなんだそうだ。


 天の先まで伸びる長大な塔は、探索者たちを魅了してやまない。今の段階で調査が済んでいるのは、第四十二階層まで。ひとつの層の高さはだいたい二十メートル(こっちの単位だと約八百インチ)。そうだな、五階建てのビルがすっぽり収まるくらいの高さがある。広さのほうは、某夢の国をイメージしてくれ。関東のテレビでお馴染みの東京ドーム単位だと、十個くらいかな?


 ……でかすぎだろ。誰だよ、こんなもん建てたの。神様か?


 超古代の建造物、おまけにまだ誰も最上階まで到達していないとくれば、冒険心・探求心がくすぐられるのもわかる。


 ゲーマー的にも「探索者」って響きに、こう、心揺さぶられるものがあったんだが、役所で俺の保護を担当してくれてた担当者さんから止められた。


「カトゥさんの〝体質〟では、職業探索者は危険、と言うより無理です。決まった時間帯のみ、サポートとして付くのはありだと思いますが」


 曰く〝塔〟の探索を主とする職業探索者は最短で一週間、長ければ一ヶ月ほど塔の内部に留まり、調査・冒険を続けるんだそうだ。用心のために夜通し見張りに立つ、なんてこともあるらしい。なるほど、これじゃあ俺には無理だ。


 〝越境体質〟のせいで、夜更かしはできない。仮眠したら、その場から消える。想定外のトラブルで気絶した、なんて状況でもやっぱりいなくなる。


 ……こんなヤツが仲間になったら、絶対ギスギスするだろ。命の危険がある場所でパーティ全体が人間不信に陥るとか、冗談じゃない。そんなの、俺にしても仲間にしてくれた探索者たちにとっても不幸だ。


 納得の上で、俺は職業探索者を諦めた。


 けど、担当者さんは俺が塔に興味津々だったことを覚えていてくれたんだろう。それからしばらくして、俺がアルバ国での生活にだんだん慣れてきた頃。とある仕事を紹介してくれた。


 それが、第一階層での荷物運びだった。ある意味、この仕事が俺のその後を決定づける契機になったのは間違いない。



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