三.リーマンたちは出会いを思い出す(後編)
普段よりも文字数二割増しでお送り致します。
※序盤一部と後半に不備があったため修正しております、申し訳ございません。
『大丈夫かい?』
流れ星みたいな光の矢が、通路の奥へ消え去ってから少し後。地面に這いつくばったまま呆けていたクーナの頭に、再び〝念話〟もとい〝伝達〟の声が届いた。
「あ……」
ありがとう、と声に出す寸前。クーナは慌てて自分の口を手で塞ぐ。
すぐ側にいるのに〝伝達〟を介してきたということは……別の魔獣が近くをうろついており、声を発することで、こちらの存在を気取られたくないからだ。
さらに口を手で塞いで見せたことで、声を出しませんと主張してみた。自分の考えが正しければ、相手から何らかの反応があるはず。
そうして顔を上げると、目の前に立つ人物がふっと笑った気がした。
『察しが良くて助かるよ。来るのが遅くなって悪かったね』
どうやら正解だったらしい。不安と恐怖、とめどない後悔によって冷え切っていた心が、ぽかぽかと暖まるような声だった。
この人が、あえて〝念話〟よりも魔力コストが高い〝伝達〟で安否の確認をしてきたのは……こちらが〝念話〟を送信するだけの魔力がない、または〝魔力枯渇〟を起こす可能性を考えて開設者だけが魔力を負担する〝伝達〟に切り替えてくれたのだろう。だとしたら、相当に熟達した救助員だ。
クーナは慌てて頭の中に感謝の言葉を形作る。
『そんなことない! ありがとう、助けてくれて。もう、だめかと思った』
『意識はハッキリしているな。動けるかい?』
『歩くだけならすぐにでも。走るのは、少し休めばなんとか。けど、サティ……仲間が〝魔力枯渇〟で気絶したままなんだ』
そう返し、後方にある瓦礫を指差した。何も知らずにそれだけ見たら、人間が押しつぶされていると勘違いされても仕方の無い状況である。しかし、件の人物は慌てることなく、クーナへ確認してきた。
『瓦礫の影に隠しているだけで、埋もれてはいないようだね?』
『うん、崩れないように細工もしてある』
『だろうね。君の立ち位置からして、そこに何かあると思ったから〝魔力の光弾〟を当てないように気をつけていたんだけれど、正解だった』
言い置いて、ローブ姿の男――中肉中背で背丈は六十八、九インチくらいの救助人は、ポケットから小さな玉を取り出すと、親指に乗せてピンと真上に弾いた。
……次の瞬間。とさりという軽い衣擦れの音と共に、男の両腕にぐったりとしたサティアが抱きかかえられていたではないか!
「……ッ!?」
クーナは手で口を塞いでおいて良かったと、心の底から思った。そうでなければ間違いなく、大声で叫んでいたことだろう。
『も、もしかして、転移の魔法?』
『正解。〝交換転移〟で入れ替えたんだよ』
本人は何でもなさそうに言うが、転移系魔術は移動を司る魔法の中でも、特に難易度の高い魔術だ。使うだけでも相当苦労するはずなのに、儀式なしの無詠唱で、さらっと成功させたばかりか、息ひとつ乱していない。
さっきの〝光の魔弾〟のような仰々しさはないけれど、いや、だからこそ動作が自然で、洗練されていて、洒落ているというか……デキる大人感が半端ない。
(か、かっこいい……)
これまで、派手な動作や煌びやかな魔法に対してのみ「格好良さ」を見出していたクーナの価値観を、根本から覆す衝撃的な場面であった。
……もしも、カトゥに他者の心を読める力があれば「やべぇ、厨二病罹患させちまったかも」などと、頭を抱えていたことだろう。
当然ながらカトゥにそんな力はないので、サティアの首筋に手を当てて脈を測るなど、普通に救助活動を続けていた。
『念のため確認させてもらうよ。助成組合に〝念話〟で救助依頼をしてきたのは、十二歳の操作系魔術師と、同い年の軽装魔法戦士で構成された二人組の探索者だ。これは、君たちのことで合ってるかな?』
新たな価値観を目の当たりにしてしまい、どぎまぎしながらも頷くクーナ。
『それじゃあ、俺に掴まってくれるかな。腰でも足でもどこでもいいから』
『もしかして〝転送〟してくれるの?』
『ああ。とりあえずこの層の〝安全地帯〟に跳躍する。そこで君たちの応急手当をしてもらってから、各層伝いに〝次元転移〟して塔を降りる』
『直接、塔の外に行くんじゃだめなの?』
『できなくはないけれど、外壁に魔力障壁が施されているから、身体にかかる負担が大きいんだよ。特に転移慣れしていない人が塔の外壁を越えようとすると、ほぼ間違いなく〝転移酔い〟でふらふらになる。それでもいいなら……』
『各層伝いでお願いします』
『了解、任された』
男の腰にしがみついた途端、目の前の景色がブレる。まるで、これまでクーナが閉じこもっていた狭い世界が――歪み、壊れていくかのように。
◇
次にクーナが彼を見かけたのは、それから一か月後。同盟を組んだ別パーティと共に、第六層の入り口へ差し掛かった時だった。
「あ、またカトゥさんが〝階層の門番〟単独狩りしようとしてる」
同盟者の一人が指差した方向に視線を遣ると、あの時助けに来てくれた救助員が〝階層の門番〟がいるフロアに続く階段を登っているではないか。
「あっ、あの人!」
「ん? なんだクーナ、知り合いか?」
「知り合いっていうか、前に七層の迷宮で助けてもらって……」
「うわあ、キミたち運がいいね! カトゥさんに救助に来てもらえるとか!」
どういうことかと目で問うと、相手はあっさりと答えを口にした。
「あの人、探索者じゃないのに組合から補助員の依頼受けてるんだよ。でも、本業が別にあるから、塔で巡回してるのは月に三、四回あるかどうかでさ」
「じゃ、オレたち偶然その巡回日に当たったってことか」
「そういうこと」
確かにそれは、運が良かったと言わざるをえない。
あの局面、入り組んだ迷宮の中でピンポイントに掬い上げてもらえたのは、助けに来てくれたのが転移系魔法の使い手だったからだ。改めて考えてみるに、他の救助員では間に合わなかった可能性が高い。
あれは、本当に紙一重での救出劇だったのだ。振り返ってみて、ぞっとした。
クーナは思わず、サティアと視線を交わしてしまう。そうこうしているうちに、階段途中の踊り場で何やら観察していた男……カトゥと呼ばれていた人物が、ふっと姿を消してしまった。
「始まった!」
同盟者が声を上げた直後だ。この階層の〝門番〟である牛頭半人の大魔獣・ミノタウロスの後方、頭上八十インチほどの高さにカトゥが唐突に現れたかと思うと、怪物の脳天に飛び蹴り――地球での名称・ドロップキックをかました。
「は!?」
呆けている暇もなく、今度はミノタウロスの姿が見えなくなり……少しして。
ズズン、という地響きと共に、目の前の石畳に〝門番〟が墜落した。頭が半分めり込んでいる。ピクリとも動かないことから、どうやら絶命しているようだ。
(え? え? ミノタウロスを階段の上から蹴り落とした!? いや違う、蹴った瞬間に〝転移〟でぶっ飛ばしたんだ!)
クーナの推測を裏付けるかのように、哀れにも墜落死した〝階層の門番〟の真横へカトゥが音もなく現れた。
「相変わらず派手な真似しますね、カトゥさん」
「済まない、驚かせてしまったかな?」
「いいえ、もう慣れましたから」
そう言って笑う同盟者と、困ったように頭を掻くカトゥ。
「ところで君たち、コレ、いるかい?」
その発言に、クーナとサティアは目を丸くした。中層で大量に狩れるため、ミノタウロスの素材はさほど珍しいものではないが、自分たちのような駆け出し探索者にとっては数日分の稼ぎに相当する。
そんなものをあっさり譲ってくれるとは、いったいどういうつもりなのか。
(もしかすると、何かの試験だったりするのかな?)
クーナが思考する間にも、両者の話し合いは進んでいく。
「またそんなこと言って、解体が嫌でボクたちにやらせたいんでしょう? わかってますよ、少しだけお肉欲しいんですよね」
(は!?)
解体作業と引き換えに、素材をくれるというのか。本人が良いならそれでもかまわないが、取引としては肉だけでは大損のはず、訳が分からない。ところが、そんな交渉を持ち掛けてきたカトゥはというと、困ったような顔で笑っている。
「ハハハ、バレたか」
「バレバレです。血抜きだけはお願いしていいですか?」
「もちろん。入れ物は?」
「持ってきていますよ。大型魔獣の血は、触媒として売れますからね」
同盟者は、背負い袋から大ぶりの空き瓶を三本取り出すと、カトゥに手渡した。受け取ったカトゥは、その中にクーナが前回見たのと同じ、小さな玉を一つずつ入れていき……死んだミノタウロスの背に両手で触れると、呪文を唱え始める。
そして数節ほどの詠唱が終わると、瓶の中になみなみと赤い液体が溢れていた。表面には、例の玉がぷかぷかと浮かんでいる。
(も、もしかして〝転移〟でミノタウロスの血を抜いたの!? えええ、そんな血抜きとか聞いたことないよ!)
クーナは こんらんした!
(て、転移魔法を、魔獣の解体なんかに使うだなんて……!)
サティアは こんらんした!
サティアは わけがわからなくなって クーナに しがみついた!
そうこうしているうちに、カトゥの作業が終了したらしい。
「はい、おしまい。モモの肉だけもらえるかな? 十ポンドほど」
「え、それだけでいいんですか?」
「ああ」
「その肉どうするんです?」
「親父さん家におすそ分けして、残りは馴染みの店で焼いてもらう」
ミノタウロスの肉は、牛肉に近い味わいだが家畜のそれよりも滋味が濃く、脂が乗っており、串焼きやステーキ用の食材として広く大衆に親しまれている。この肉を贈られたご家庭は今夜、焼肉祭りになることだろう。
ちなみにだが、アルバ国の畜産業は酪農や採卵が主流であり、肉を得ることを目的とした業者は全くといってよいほど存在しない。ご覧の通り、塔の魔獣から獲得できてしまうからだ。そのため、普通(?)の肉は他国からの輸入がほとんどで、一種の珍味扱いされている――閑話休題。
「それじゃ解体するぞー。クーナ、悪いけど手伝ってくれるかい?」
「あ、う、うん!」
同盟者に乞われて作業に取り掛かる。綺麗に血が取り除かれていて、服をほとんど汚さずに解体できたのはありがたい。
と、ここでカトゥがクーナとサティアに声をかけてきた。
「やあ、もう探索を再開したんだね。身体の具合は大丈夫かな?」
二人は、弾かれたように顔を上げた。
無理もない、救出された時は〝転移〟後すぐに気を失ってしまい(サティアに至っては、ずっと気絶したままだった)治療院で目覚めた時には、彼はとうに去った後で……クーナはともかく、サティアは感謝の言葉すら述べられなかったのだ。
クーナとサティアは揃って頭を下げる。
「あの時は、ほんとにありがとうございました! 気が付いたらおっちゃん、じゃなかったカトゥさん? いなくて全然お礼できなくて、あの……」
「お話は伺っておりますわ。おかげさまで、怪我もすっかり良くなりました。カトゥ様は、私たちの命の恩人です」
「仕事だから礼金は助成組合から出ているし、俺も君たちの様子を最後まで見ないで治療院に置いていっただけだから、別に気にしなくていいよ。元気になったみたいで本当に良かった」
――ミノタウロスの解体が終わり、革袋に肉を詰めてもらったカトゥが〝転移〟でその場を去った後も。
クーナは仲間たちに声をかけられるまで、その場から動けずにいた。
◆
縁とは誠に不思議なもので、それから先も、二人はちょくちょくカトゥを見かけることになる。
そのほとんどが他の誰かを救助する場面だったのだが……彼ときたら、やることなすことぶっ飛び過ぎていて、目撃するたびに唖然としたものだ。
なにせ、実際に見たのが、気絶した探索者を両脇に抱えて壁(床ではなく!)を垂直に駆け抜けていく姿だったり。
流れの早い川の水面をひょこひょこと飛び跳ねながら、中州で孤立していたパーティのところへ向かう途中だったり。
塔内で火事があった時に〝流水〟の魔法を行使するのではなく、どこか別の場所から〝転移〟で大量の水を持ってきて、問答無用でぶちまけた挙げ句、そのまま〝物体移動〟で火が完全に消えるまで操作し続けてみたり。
かと思えば、別の場所で起きた火災時に、火そのものを〝転移〟でどこかへ飛ばしてしまったり。もっとも、この手法は残念ながら失敗だったようで、一瞬火の勢いは衰えたものの、再び燃え始めてしまった。
ところが本人曰く、
「うまくいけば御の字だったが、さすがに無理があったか。そうだよなあ、このくらいで収まるなら、残り火からの再出火で火事が起きたりしないわな」
と、懲りずに今度は目標周辺を〝魔力の壁〟で密封し、中の空気を全て〝転移〟することで火を消すという荒技に出た。
周囲から酸素とやら(外精とは違うようだ)が無くなれば、火は燃え続けることができなくなる = 火が消える、という理屈らしい。
「あとは発火点以下になるまでこのまま冷ませば、依頼完了だな!」
なんて、からからと笑っていた。端で見ている第三者からすると、正直笑い事ではないのだが。
毎度こんな調子なので、彼の魔法の使い方は「非常識」などという表現では足りない。ハッキリ言って常軌を逸している。少なくとも、魔法塾で読んだ教本には書かれていないものばかりであった。
とはいうものの……。
「カトゥのおっちゃん見てると、ほんと飽きないな」
愉快げなクーナの呟きに、サティアは同意せざるを得ない。
カトゥは魔術師にとってのびっくり箱、いや、おもちゃ箱のような存在である。
「手元にある魔法という名の道具を使って、君ならどう遊ぶ?」
彼を見ていると、常にそう問われているような気になるのだ。
だいたいにして、自分たちを助けてくれたときに使ったという手法も普通じゃなかった。〝浮遊〟で浮かせた何枚もの鏡を〝転移〟で通路に配置し、それ目掛けて〝魔力の光弾〟を撃ったのだとか。
最初に聞いたときは、どうしてカトゥがそんな真似をしたのか、サティアには全然わからなかった。後に『魔力反射理論』について教わる機会を得たことで、ようやく彼の行動の意味が理解できたのだが。
彼女は間違いなく天才、神童と呼ばれて遜色ない存在だった。なんといっても、たった十二歳で中級レベルの弱体・操作系魔法を行使できるのだから。そんな子供は国中を探し回っても片手に余る。
けれど、そんな彼女でも『魔力反射理論』は知らなかった。
当然である。上級魔法魔術学院が発見し、未だ研究中の理論など、魔法塾を卒業したばかりの駆け出しが読んだとして、到底理解できるようなシロモノではない。それ以前に、見せてすらもらえないだろうが。
そんな最先端の知識と、魔法を覚えたての幼児でも操れるような呪文を組み合わせて新たな戦術を作り出したのが、カトゥという人物なのだ。
この時期になって、ようやくサティアもクーナと同様、自らの驕りを自覚する。首都とはいえ、街の片隅にある魔法塾と、その周辺に住まう子供たちのグループという狭い集団の中で、ずっと一番だったからとうぬぼれていたのだ、と。
二人揃って熱心に進学を勧められていたにも関わらず、そんなものは不要だと、塔に挑んでしまった。だって、自分たちは「デキる」のだから。
彼女は下だけを見て、自分の地位は安泰だと、安心しきってしまっていたのだ。外の世界では――それこそ、天辺すら見えない塔のように、本物の天才たちが鎬を削っているのだ……目の前にいる、カトゥのように。
(今、気付けて良かった)
もしもカトゥと出会わなかったら、サティアは確実に第七層の迷宮エリアで命を落としていただろう。
幸運にも命を拾うことができていたとして……自らの愚かさに思い至らず、高みを知らぬままであったなら。幼さ故の無知からくる万能感に支配されたまま、やがて塔のどこか――中層にすら至れぬままに、屍を晒していたはずだ。
幼なじみで、大切な友人でもあるクーナを巻き添えにして。
――そうしてカトゥとの出会いを重ね、親しくなっていくうちに、二人は彼の店舗兼住居へ遊びに行くようになった。
もちろん、仕事の邪魔をするような真似はしない。手土産を持って、空いている時間に顔を出すと、シュワシュワする不思議な口当たりの甘い飲み物と、見たこともない美味しいお菓子を出して歓迎してくれるようになった。
「姉さんのところにいる甥っ子たちと丁度同じくらいなんだよなあ、お前ら。それなのにもう働いてるとか、偉い偉い」
なんて笑いながら。
いつの間にか、カトゥのよそいきな口調……本人曰く「仕事用の言葉遣い」も、どこかへ消え去り、それと同時に三人の距離も縮まってきて。
さらに、荒唐無稽に思えた彼の魔法の扱いについても教えてもらえた。なんと、毎回あえて違う手法を試し、実践することで経験を積み〝魂の水晶〟に触れることで能力の底上げを図っているのだとか。
例の血抜き処理ですら、カトゥは練習の一環だと言う。
「反復練習も大切だけど、新しいことへの挑戦も評価されるみたいだからな」
これを聞いた二人は、心底慌てた。
「こんなことが同業者に漏れたら、競争相手が増えて困りませんの!?」
「ま、周りの人たちがみんな強くなっちゃうんだよ!? 教えてもらえたのは嬉しいけどさ、オレたちに話しちゃって良かったの?」
という叫びにも似た問いかけに対し、
「論文に纏めて、役所だとか学院に提出してる内容だから今さらだな。それにだ、外から来た俺が本気で困ってた時に、この街の人たちは親切にしてくれた。そのお返しだと思えば、なんてことないさ」
などと男前な台詞を吐く。
こんな調子で何年も扱われ続けたら、情が沸かないほうがどうかしている。
出会った当初は「命の恩人」で、それが「魔法の扱いがおかしな変人」になり、そのうちサティアの中で「変わり者だけど優しいおじさま」から「尊敬に値する、大人の魔術師」的な認識に変わっていった。
物心つく前に、事故で両親を失っているクーナに至っては、
「もし親父が生きてたら、こんな風に話したり、遊んでくれたりしたのかなあ」
なんて、ぽろりと漏らす始末。
もっとも、カトゥ本人には間違ってもそんなことは言えないが。こんなのバレたら恥ずかし過ぎて、二度と店に顔を出せなくなる! とはクーナの弁だ。
カトゥ自身がどう感じているのかはわからない。だけど、クーナとサティアにとって、彼はもうかけがえのない存在になっていた。
特にクーナは、探索者としてのスタイルに多大なる影響を受けている。鍛えてこそいるものの、相変わらず一撃が軽いことに悩んでいた魔法剣士は、カトゥのように手札を増やすことで状況に対応する術を編み出した。
剣だけでなく投げナイフや投石具にブーメラン、挙げ句の果てに絞殺紐にまで手を出し、持ち前の身軽さも相まって「お前は暗殺者にでもなるつもりか!」などと揶揄される程、戦術の幅が広がった。
それが〝軽業師〟を自称することになった理由でもある。剣士でありながら初級までの魔法をなんなく操り、接近戦はおろか中・長距離戦にも対応可能。偵察も巧みにこなし、罠外しや鑑定もできる。これまで探索者それぞれに当てはめられてきた〝役割〟〝一人一芸〟の常識を逸脱し過ぎているのだ。
もちろん、本人の努力と才能があればこそ、そのような存在に到ってしまった訳だが、それほどまでにカトゥと出会った際の衝撃が大きかったとも言える。
なればこそ〝魔獣の暴走〟事件後にカトゥが倒れ、十日も店を閉めていた事実は二人の顔色を失わせるには充分で。
特に、無茶な提案をした(と、思っている)クーナが恐慌状態に陥り、カトゥの姿を見た途端、側から離れなくなってしまったのは当然の帰結であった。
誰かの死や、それに準ずる危機は、クーナにとっては己の命を失う以上の、最大最恐のトラウマなのだから。
◇
――焼きたてあつあつの貝の串焼きをほおばりながら、サティアは思う。
(おじさま。これからも、変わらずにいてくださいましね……)
あれから三年の時が流れた。今やクーナとサティアはいっぱしの探索者となり、中層上部での調査を行えるまでに成長した。
にも関わらず、カトゥは未だ自分たちを幼子のように扱う。恥ずかしいので、本人の前では「もう大人なんだから!」などと反発して見せているが、実際に大人扱いされるようになったら、それはそれで寂しくなることだろう。
二人だけの居場所にカトゥが加わって。ほんの少し、世界が広がった。
先ほどから、サティアの目の前で「焼いた貝に合うのは特製のタレか塩か」なんてくだらないことで言い合いを続けているクーナとカトゥは、同じ黒髪であることも相まって、本当に親子のようだ。
(せめて成人するまでは、このままでいたいものですわ……)
食堂を包む喧噪の中で、少女は目の前の光景を愛おしげに眺めながら……一人、心の底から思った。
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