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5話 チャーハン作る貴族令嬢はありなのか。

「あっ……いけませんお姉さま、私もう……」

「あら、もう音を上げるの? 本番はこれからだというのに。だらしないのはどのお口かしら」

「そんな、私もう限界で、あっ、あっ……」

「もっとリラックスしなさい。ほぅら、ちゃんと足を高く上げてごらんなさい」

「だ、だめっ……いじわるしないで、お姉さまっ……!」

「何アホな事してんですかあんたら」


 エヴァにたしなめられ、私はレミリアを自転車から下ろした。

 レミリアは約束通り、シュバルター家の邸宅に遊びに来てくれた。なので……自転車仲間を捕まえるべく、庭でレミリアにクロスバイクを貸してみたのである。

 にしても……いやー、レミリアってばセンスあるわね。一発でクロスバイクを自在に乗れるようになるなんて。自転車なんて乗った事が無ければ転倒必至なのに、あっという間に自分の手足のように操っちゃった。


「それでどう? クロスバイクの乗り心地は」

「想像以上でした……! 足に伝わる激しいバイヴル、グリップを通して感じる一体感……こんな乗り物があるなんて、全く知りませんでした!」

「でしょうでしょう! 自転車は人類が生み出した至高のマシンよ、はい復唱!」

「自転車は人類が生み出した至高のマシン!」

「新手の宗教? 架空の神ほど面倒な物無いんで変な組織立ち上げないでくださいよ」


 エヴァ、お願いだから冷たい眼差しで私を見ないで。貴方のその視線結構心にくるのよ。

 クロスバイクを片付けていると、くぅ~って音が聞こえた。レミリアのお腹の音みたい。


「はうぅ……すみません、なんだか急にお腹が……」

「いいのいいの、むしろ健康な証拠よ。自転車ってのはカロリースポーツだからね」


 自転車は体を支えるため、全身の筋肉を使う。他のスポーツに比べてカロリー消費が非常に激しいのだ。

 だからロードレースでは、自転車に乗りながら食事をして栄養補給をしないとハンガーノックを起こして倒れてしまう。私も中学時代、体調管理を怠ってよくぶっ倒れてたわ。


「よし、じゃあ私がひと肌脱いで差し上げよう。美味しい昼食を作ってあげる」

「お姉さまの手料理!? そんな勿体ない!」

「いいからいいから! ほら来て!」


 って事で厨房に突撃!

 上級貴族はお抱えの料理人に食事を作らせているから、料理なんか作らない。と言うより料理は召使がやる物って認識があるから、まず厨房に入れてすらくれない。入ろうとしたら使用人に止められちゃうしね。

 でもそれが何?


「おやめくださいアンジェリン様! また貴方が厨房に入ったなんて知られたら……!」

「諦めた方がいいですよカリーナメイド長、アンジェリン様を止められた事ないじゃないですか」


 私の肩を掴んで止めようとするカリーナに、エヴァが哀れみの視線を送ってる。そう、私は悪役令嬢。つまりは悪人。私が料理をしたいと思ったら、制止を振り切り突っ走るだけよ。

 悪人が悪事を働き何が悪い。私は私がやりたいと思った事を、槍が降ろうが隕石が落ちようがやり通すと決めているの。道理や理屈はぶっ壊してなんぼのもんでしょ。


「エヴァ! 貴方なら説得できるでしょ、どうにかして頂戴!」

「屋敷の衛兵百人掛かりで掴みかかっても止められないオーガを私如きが止められるわけないじゃないですか。最終的に全員ぶちのめされたの、忘れていませんよね」


 前にどうしてもラーメンが食べたくて、作ろうと厨房に入った時の事ね。

 あの時は激怒したお父様から実力行使をされたけど、ラーメンスイッチ入った私はブラッド騎士団長直伝の戦闘術で衛兵全員を拳で黙らせたのだ。

 悪者だったら別に衛兵殴り飛ばして構わないでしょ。それに私より弱い奴が衛兵名乗ってんじゃないわよ、腕を磨いて出直してきなさい。


「スイッチ入ったアンジェリン様は一個旅団並の戦闘力持ってるんですよ。諦めて通した方が長生き出来ます」

「私をハンス=ウルリッヒ・ルーデルみたいに言わないで頂戴。それとカリーナメイド長」


 ずっと気になってたのよね、メイド達の手が荒れているの。

 掃除洗濯の水仕事が多いから、どうしてもあかぎれとかが出てしまうのよね。だから少しでも軽くするために、ちょっとしたプレゼントを用意しているの。


「これをメイド達に支給してあげて、ゴム手袋とハンドクリームよ。エヴァ」

「承知しました」


 エヴァがどこからともなく出したプレゼントに、カリーナは首を傾げている。そりゃハンドクリームはともかく、ゴム手袋なんて見た事ないわよね。


「これはいい物ですよメイド長。先行して私が使っているのですが、見てくださいこの手を。一週間であかぎれがなくなったんですよ」

「あら、本当……どうしてこれを」

「何言っているのかしら。貴方達メイドの麗しい手が、鞭打ちのような赤い筋で汚されるなんて我慢ならないの。女たる者、常に自身の美には気を払うべき。お分かり?」


 カリーナの顎をくいって上げて、ちょっと悪役っぽく言ってみる。自分が悪い事してるみたいでドキドキするわね。


「私は貴方達が傷つく姿を見たくない、そのための鎧を渡しただけ。どうか有効活用して頂戴、カリーナメイド長」

「は、はい……! ありがとうございます、アンジェリン様……!」


 カリーナは顔を赤くして居なくなった。これで邪魔者は居なくなったわね。


「それとはい、レミリアも。貴方も家事してるんでしょう?」

「どうして私の事を?」

「あら? 貴方の事は全てお見通しよ」


 レミリアは家事上手で健気な女の子って設定だった。いつも水仕事で手が傷ついているのを見て、痛々しい気分だったのを覚えている。

 だから、この子にも手を保護するゴム手袋をプレゼントしてあげたかったのよ。


「貴方の美しい手が傷つくなんて、思うだけでも胸が張り裂けそうになるの。どうかこれを使って。レディがざらついた手でいるなんて、私我慢ならないのよ」

「お姉さま……一生ついて行きます!」


 なんかわかんないけど喜んでくれたみたいね、よかった。

 って事で、早速料理開始! ちょっと場所開けてくれるかしら料理長。


「シモン料理長、フライパンを貸して頂戴」

「御意に。して食材は」

「米と卵、ネギに塩コショウ。あとそうね、ごま油と鳥ガラも用意してもらえるかしら」

「承知!」


 そしてごめんなさいねメイド長、前に私の料理を見せたら、シモンも感じる所があったみたいでね。今じゃ時々賄いを作り合う、大切な料理仲間になっているのよ。

 まずはご飯を炊いて、同時に鳥ガラ出汁も用意する。その間に卵を割り溶いて、ネギも刻んでおいて、準備は万端。一瞬で終わらせる!


 カンカンに焼いたフライパンに油を引いたら香りつけのネギに火を通して、素早くご飯と卵を投入。後は火柱が立つほどの大火力でフライパンを振りながら、鳥ガラスープと塩コショウで味を調え、はい出来上がり!


「アンジェリン特製チャーハン、出来上がり!」

「流石ですアンジェリン様! 米が輝く素晴らしい出来栄え、完璧です!」


 分かっているわねシモン、って事でがっちり握手。


「……なんで料理も無駄に漢前なんですか貴方は」

「お黙り。ほら食べましょレミリア」


  ◇◇◇


「お、おかわりいいですか!?」

「勿論。多めに作っておいたからいっぱい食べて。ほらエヴァも、どうかしら」

「頂きます。……漢前な料理なのに美味しいとか反則でしょ」


 だから漢前言うなし。

 レミリアはチャーハンが気に入ってくれたみたいで、何度もおかわりしてくれた。

 しかしこの子、意外と食べるわね。自転車乗ったせいかより食欲が増してる感じ。


「お米がパラパラで、舌の上でほぐれていく食感がたまりません。それに塩コショウだけのシンプルな味で、いくらでも食べられます。それに心が籠ってて、あったかくて……」


 レミリアはぽろぽろ泣き始めた。この子の境遇は、涙なしには語れないわ。

 妾の子って事で孤児院に預けられていたけど、その孤児院は決していい環境じゃなかった。まるで子供を召使のように扱っていて、食事だって粗末な物しか与えられてなかったの。

 そして孤児院を出た後も住み込みで牧場で働いていたけど、そこでも扱いが悪くて……それでも優しい心を失わずに育った芯の強い子なのよ。


「私、お姉さまに会えて本当によかった……初めてなんです、こんなに人から優しくされたの……!」

「涙をお拭き、貴方の綺麗な顔が台無しになってしまうわ」


 ハンカチで涙を拭いてあげる。全く、泣き顔すら可愛くて仕方ないわね。

 ほら、抱きしめてあげるから。落ち着くまでこうしてあげる。


「私、お姉さまに一生ついて行きます……あぁ、お姉さま、おねぇさま……どこにも行ってほしくない……はぁ……地下室に縛り付けて一生私の傍にいて欲しい……」


「ん?」


「どしたのエヴァ」

「いやあの、今凄まじい言葉が聞こえたような」

「そうかしら? 別に変とは思わないけど」


「お姉さま、お姉さま……くんかくんか、ああいい匂い……好きです大好きです愛しています……誰の手にも渡さない、私だけの愛しい人……もし他の人に靡いたりしたらどうしよう……そうだ、その時はいっそお姉さまを殺して私も死ねば……名案だわ、そうすれば一生お姉さまと一緒……でも死ぬ前に一度全身ばらして匂いを堪能して……うふふふふ……」


 よしよし、貴方は愛情に飢えているのよね。私でよければいくらでも体を貸してあげるわ。


「明らかにヤバいでしょその子。目がカニバル民族めいていますよ彼女」

「可愛らしくていいじゃない。ねぇレミリア」

「ええお姉さま……ふふふふふ……柔らかくて気持ちいい感触……ふふふふふ……」

「……今の内に葬式の手配済ましておくか」


 あら、どうしたのエヴァ。そんな精神を魔改造されたような生気のない顔をして。


「さてと! 腹ごしらえも済んだし、ツーリングとしゃれこみましょう。貴方のために用意しておいた自転車のカスタムパーツがあるの」

「私のために……っ! 幸せすぎてもう、だめ……!」


 あっ、レミリアが鼻血吹いて倒れちゃった。

 もう、ちょっと興奮して鼻血を吹くなんて。嬉しいのは分かるけど感心しないわよ。


「……転職したい」

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