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4話 曲がった事が大嫌い。

「297、298、299……300! スクワット終了、次は背筋300用意!」


 私は毎日夜明け前に起床し、ストレッチをしてから筋トレをしている。

 ロードレーサーたる者、常に自身の体は鍛え続けなくちゃならない。アンジェリンはゲーム上じゃ深窓のお姫様だったけど、私は違う。根っからの体育会系よ。

 だからこそ、自己鍛錬は怠らない。ここに居るのは小坂渚の魂が宿った悪役令嬢、アンジェリン。私は私の道を行くわ。


「失礼いたしますアンジェリン様。モーニングをお届けに参りました」

「ありがと。丁度筋トレ終わり、いつもの事ながらベストタイミングね」


 私がトレーニングを終える頃には、エヴァがいつも濡れタオルと食事を持ってくる。

 食事と言っても軽い物よ。生卵五個と蒸した鶏ささみ、これが私の朝の定番。


「卵をジョッキに割りましてー♪ 一気に飲み干すプロテイーン♪」


 中世にプロテインなんてないから、その代わりに毎朝とれたての生卵を一気飲みする。続けて蒸したささみをぱくり。味付けは塩のみ、汗で失ったミネラル補給のためね。

 筋トレ後三十分はゴールデンタイムと言って、その間にタンパク質を取る事で筋肉を育てる事が出来るの。卵とささみは低カロリー高タンパク食品、筋トレ後の筋肉にはご馳走ね。


「……女を捨ててるなぁ……」

「捨ててない。私これでも年ごろの乙女よ」

「乙女は朝っぱらから筋トレしないし生卵を一気飲みしないと思いますが」


 うん、確かに私のやってる事ほぼロッキーよね。

 ともあれ日課は終わったし、さっさと朝食済ませて支度をしますか。

 昨日まで学院の長期休暇中だったし、今日から新学期なのよね。そしてそれは、彼女の登場を意味している。


 奇しくも、まさかの先行顔合わせをしてしまったばかりなのだけど……ま、なんとかなるかー。


  ◇◇◇


 セントレア学院、これが私の通う学院にして、やっていたゲームの舞台でもあった。

 貴族や士族を教育する施設として設立された共学の教育機関で、二百年の歴史があるとか言うお高くとまった学校だ。


 この学院に所属する事が一種のステータスとして扱われており、貴族階級の親は子を躍起になって入学させようとする。エレボニア王国でも有数の学習院だから学生のレベルも高く、多分日本の偏差値で換算すれば72はあるかもしれない。

 ……今思えばよくここに入れたものだわ。気合で勉強した甲斐あったわね。


「ここに入らなければ勘当するとか言われたしなぁ……大貴族の看板あると何かと便利だし、利用できる内は家に居たいものね」


 でもって私は知っている。二学期目に当たる春から、この学園では珍しい編入生が入ってくる事を。その編入生こそが主人公である……。


「ああっ、貴方はまさか……あの時の!」

「ははは……ハロー、レミリア」


 そう、先日私が助け出したゲーム主人公、レミリア・ツヴァイその人である。ひったくりに盗まれたのがこの学園の入学書類だったというわけだ。

 レミリアは女の私から見ても可愛い女の子だと思う。セミロングの茶髪に控えめな体付き、丸くて緑色の瞳を持った目元。少し内気そうな表情も庇護欲をそそられるわね。

 まさしくヒロインって感じの女の子、間違っても朝から筋トレして生卵を飲み干すような真似はしない、清楚なお姫様なのである。


「……あれ? 私の女子力低すぎ?」


 今更か。現に私の女子力は完全物理方面へ傾いてるし。


「あ、あのっ、隣いいですか?」

「ああ、ここが貴方の席だったわね。どうぞ」


 レミリアは一応貴族だ。と言っても男爵家、貴族階級としては最下級に当たるわね。メイドではなく自分で書類を出しに行った辺りに、彼女の事情が垣間見えるでしょう。

 貴族だけどあまり裕福とは言えない家系で、しかも彼女は妾の子。男爵家の子供が急死してしまったから、急遽彼女を男爵家の子として招いたという設定よ。


 だけど男爵家に招かれても当然居場所はなかった。だから彼女は自分の居場所を手に入れようとこの学院に入ったってわけね。


 そのせいで彼女はアンジェリンだけでなく、周囲の生徒からも敵意を向けられる事になる。前も言ったけど、貴族は縄張り意識が強い。特に途中から編入してきた部外者なんていじめの格好の的。それを起点にして男キャラとの接点を作っていくのだけどね。


「先日はその、ありがとうございました。貴方が助けてくれなかったら私……」

「女の子が困っていたら助ける、当然でしょう? もしまた困った事があったら私に言いなさい、地の果てだろうと、空の彼方であろうと、貴方を助けに飛んでいくから」


 それでも私は曲がった事が大嫌い、身分の差如きで人を差別するなんて許さない。


「安心しなさいレミリア、私が貴方の騎士として、必ず守ってあげるわよ」


 レミリアは絶対、私がこの手で救ってみせるわ!

 ……あら? なんで彼女顔を赤くしているのかしら。変なの。


  ◇◇◇


 今日は新学期の最初って事で日程はすぐに終わったけど、私の日程はまだ終わっていない。レミリアを助けに行かなければならないからだ。

 教師や取り巻きやらに足止めされてる内に、レミリアはどこかへ居なくなっていた。前世の記憶を思い返すに、間違いなく彼女は物陰へ連れていかれたはず。


 オープニングで彼女はモブ生徒からいじめの標的にされていたのを覚えている。悪役令嬢って立場上無視すべきなんだろうけど、やっぱり出来ない。見て見ぬ振りは人として許されない。

 それに約束してしまったから、貴方の騎士になるって。ならば私は守る! レミリアをこの身に変えても助けてみせるわ!


「どりゃああああっ!」


 記憶が正しければ、彼女がいじめを受けているのは校舎裏! って事でハリウッド張りのアクションで三階廊下の窓をぶち破り、受け身を取って着地。ド派手な登場でモブの目を引かないとね。


 我ながら、よくこの高さを飛び降りれた物だわね……。


「きゃああっ!? あ、アンジェリン様!?」

「なんで窓を破ってここへ!?」


 予想通り、レミリアはモブ生徒に取り囲まれている。今助けるわ、レミリア!


「回り込んでいたら助けるのが間に合わなくなるでしょう、貴方達からレミリアをね。私は約束したの、彼女を守ると! さぁ、レミリアから離れなさい!」

「ですけど! この子は絶対許せないんです!」

「そう! だって……この子はやってはいけない事をしたのですから!」

「何かしら。素直に申しなさい」

『抜け駆けしてアンジェリン様と親し気にされていたのが気に食わなかったのです!』


 ……うん、まぁそんな事だろうと思ったわ。

 なぜか私、セントレア学院の女子生徒全員からその……恋愛対象として見られているみたいなのよね。

 別に特別な事はしてないのだけど。虐めを受けた子を助けたり、怪我した子をお姫様抱っこで医務室に運んだり、倒れた子に人工呼吸したり、女を泣かせた男子生徒をキン○バスターで制裁したり……普通に人助けをしてただけで、いつの間にか人気者になっていたの。


 そのせいなのか、私が話しただけで嫉妬する子が居て困るのよね。


「どれだけ身の程知らずな事をしたか、この子に身分の違いを教えてあげようと……!」

「そうよ! 男爵家の妾なんてこんな所に居る事自体が間違いで」

「人の価値は身分で決まる物じゃないでしょう」


 この世に生まれ落ちた命である以上、皆平等に生きる権利がある。

 その権利を踏み躙るような奴を、私は絶対許さない!


「人の価値をつけるなら、貴方達はとても安い人間よ。だってそうでしょう? 自分の身分をひけらかして、弱い立場の女の子を寄ってたかって虐める奴に価値なんか無いわ。そんな格好悪い奴、私大っ嫌いなの」


 脅しの意味も込めて、近くにあった樹木に右拳を一閃! 木が折れたのを見て、モブ生徒は黙った。

 私は悪役令嬢、悪い人よ。弱い人を守るためならこの程度の悪事、いくらでもやってやる。


「文句があるならいつでもいらっしゃい、拳で思う存分語ってあげるから」

「も、申し訳ありませんアンジェリン様! 二度とこのような愚行は致しません!」

「でも怒ったアンジェリン様も素敵……なんて美しくも逞しい方なのかしら……!」


 モブ生徒が去っていく。レミリアは余程恐かったのか、小さく震えていた。

 可哀そうに……慰めてあげないとね。って事でレミリアを抱き寄せ、頭を撫でてあげる。


「よしよし、もう恐くないわよ。……頑張ったわね」

「あ、あのあのそのその……!」

「大丈夫、私が傍にいる。言ったでしょう? 貴方を必ず守るって。例え相手が神であろうとも、貴方を救うためなら私は命尽きるまで戦い抜いてみせるわ」

「あ、アンジェリン様……いえ、お姉さま……♡」


 あら? なんでこの子目に♡を浮かべてるのかしら。うーん、きちんと貴方を守るからって言っただけなんだけどなぁ。


「ははは。相変らず元気だね、アンジェリン」


 げっ、面倒な奴が来たわね。

 レミリアの攻略対象の一人、エドワード。本来モブ生徒から彼女を助けるのは彼の役目なんだけど、こいつの本性を知っている以上、レミリアに近づかせるわけにはいかないわ。


「そちらの子は? もしかして今日編入してきた?」

「は、はい……あの、貴方は……」

「ああ、自己紹介が遅れたね。僕はエドワード……」

「一つ上の学年で先輩よ。もしすれ違ったりしたら適当に挨拶しとけばOKだから」

「ってアンジェリン、なんでそんな雑な紹介を……もっとちゃんと紹介してほしいな。だってこんな可愛い子に近づけるなんて、そうない事だしね」


 壁ドンでもしようとしたのか、エドワードがレミリアに手を伸ばした。そうはさせないわよエドワード。

 奴の腕を取り、逆に壁へ追い詰める。後は壁をドグァ! っとぶっ叩いて、エドワードを黙らせてやるわ。


「ごめんなさいね、もうこの子には先約が居るから手を出さないで頂戴」

「あ、ああ……凄いね、大理石の壁がめり込んでるよ……」

「鍛えたもん。それに忘れたわけじゃないでしょう? 貴方が前にした事を」


 こいつは過去に酷い事をした男、レミリアに近づかせたくないのよ。


「さぁ行きましょうレミリア。もしよかったら今度の休日私の家に来ない? 貴方にいい物を見せてあげたいの」

「はっ、はい! お姉さまのお誘いなら喜んで!」


 さっさと会話を切り上げて、エドワードから離れる。私彼の事嫌いなのよね。

 ……それよりなんでレミリアってば、私の事をお姉さまって呼んでるのかしら。

 校門前で別れると、エヴァが迎えに来てくれていた。口は悪くても、仕事は出来る女性なのよね。


「お待ちしていました、アンジェリン様。また一人信者を手に入れたようでなによりです」

「信者? やぁねぇエヴァ。私をそんな悪徳商法の親玉みたいに言わないでよ。さ、帰りましょ」


 勿論ランニングでね。

 エヴァから運動靴を貰って走り出す。登下校でも鍛練よ。


「ロードワークは体幹を鍛えられるからね。しっかり走ってバルクアップしないと!」

「やっぱ思考が令嬢と言うよりゴリラですよねアンジェリン様って。しかし、あの男の視線……」


 エヴァにつられて、私もつい振り向いてしまう。

 そこには、物寂しそうにエドワードが立ち尽くす姿が見えていた。


  ◇◇◇


「俺に対し辛辣な壁ドンをするとは……アンジェリン……また俺に酷い事をしてくれたんだな……!」


 姿が見えなくなった彼女に俺は声をあげる。しかしこれで何度目だ? いくら近づいてもアンジェリンは、俺に振り向く気配すらない。


 この俺エドワードはアルジャーノン家の長男だ。容姿に恵まれ、頭脳も明晰。言い寄る女は数知れず、順風満帆な人生を歩んでいたはずなんだ。


 なのにアンジェリンと出会ってから、俺の人生は全部が覆された。


 事の起こりは去年。俺が二股をかけていた時の事だ。


 俺に言い寄ってきた女を、俺の好きなように扱っていただけだ。適当に遊んで、飽きた所で捨てるつもりで付き合っていた。

 そして一方の女に飽きたから捨てた所、アンジェリンが怒り狂って現れた。そして謎の技、キン○バスターとやらで俺を叩きのめしたのだ!


 それ以来俺はアンジェリンから目が離せなくなった。なぜか分からないが、奴を見るたびに胸が締め付けられるように痛くなり、顔が熱くなって仕方がなくなる。

 そして冷徹な目を向けられたり、殴られたりするたびに、俺は強い興奮を受けていた。特にキン○バスターを受けた時、激痛を喰らいながら大勢の前で股間を晒し物にされる屈辱ときたら……このうえない快感だった。


 これらの経験を通して俺は理解したんだ。殴り嬲られる事こそが……男が受けるべき真なる愛なんだとな。


「俺より強い女、それが俺の伴侶に相応しい。アンジェリン……必ず俺の物にしてやるぞ! そして毎日……お前の足に這いつくばって頭をハイヒールで踏みつけてもらうんだ!」


 そのために改心したふりを続けているというのに、一向に関係が進まない。無視される快感も気持ちいいが、それとこれとは話が別。

 今学期で勝負をつけてやるぞ、アンジェリン!


 今回、演出のためヒロインに生卵を飲ませましたが、実際は火を通した方がタンパク質の吸収率が上がります。具体的に言うと生卵だと51%、加熱された卵だと91%が吸収される計算です。

 また、生卵をそのまま飲むと食中毒のリスクも非常に高くなります。

 今回の話は生卵を食べる事を推奨しているわけではございません、くれぐれも真似をしないようお願いいたします。

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