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3話 溢れんばかりの女子力(物理)

「う、うわああああ!? な、なんか変な乗り物に乗った変な女が変な速度で追いかけてくるぅ!?」


 変な乗り物とは失礼ね、クロスバイクよ! 私は確かに変態だけど、自転車を変って言うのだけは許さないから!


「って誰が変態よ!」

「貴方ですアンジェリン様」


 そこは否定しなさいよエヴァ。

 ともあれ私とエヴァはクロスバイクでひったくり犯を追いかけている。ロードほど速度は出ないと言っても、ちょっと回せば30km/hで巡行するくらい余裕よ。


 人間の足で千切れるはずが無いけど、一応念には念をいれておこうかしら。


「エヴァ、私の後ろについて。そしてタイヤをぶつける寸前まで寄せてきて」

「しかし、それは危険では?」

「いいからやる!」


 エヴァは渋々と言った感じで指示に従ってくれた。そしたら表情が変わった。


「これは……風の抵抗がなくなって、漕ぐのが楽になった。アンジェリン様が風よけに?」

「そう! ドラフティングって技術よ」


 縦一列に並び、前の走者が風よけになる事で、後続の負担を軽減して速度を出す技術。スピードスケートやF1等でも使われるテクニックよ。


 これは前走者の背後に出来る低気圧を利用した現象で、空気は低気圧に吸い込まれる性質を持っている。その吸われる力を利用して、前走者について行けるの。

 前走者は後走者が風の流れを滑らかにしてくれるから後ろに引っ張られる力が薄まって、より加速できるようになる。これにより通常よりも遥かに速く、そして楽に進む事が出来る。


 自転車競技ではメンバーのスタミナ管理が重要になる、そのためには体力を極力温存しながらスピードを出さなきゃならない。この技術が無ければ、ロードレースで勝つ事は不可能なの。


「さぁグイグイ引くわよ、着いてきなさい!」

「え、ええ!」


 前傾姿勢になって、全力のケイデンスでひったくり犯を追いかける。現役時代、私はエースだけでなくアシストを務めていた事もあったわ。


 その苛烈な引きを見て、皆は私のアシストをこう呼んだの。「日本の重装歩兵」とね!


 かなりの距離を離されていたけど、私の驚異的な追い上げで、あっという間に潰してやったわ。まずは逃げ道を塞いでやらないとね。


「エヴァ、突撃!」

「らじゃ!」


 ドラフティングは後続の速度を上げる作用がある、って事は前の走者が道を開ければどうなるか。

 より加速して走る事が出来る! エヴァはあっという間に回り込んで、ひったくり犯の逃げ道を塞いでくれた。


「な、なんだお前達は!? なんだよその、変な馬は!?」

「私達は通りすがりのライダーウーマン、そしてこれは変な馬じゃない、クロスバイクよ!」

「アンジェリン様。頭がいかれた奴の仲間だと思われたくないので帰っていいですか?」

「ダメ。そのまま道塞いでいて、私が倒すから」

「ち、畜生! どけぇ女ぁ!」


 元ロードレーサーとして、日々の鍛練は怠ってないわ。

 毎日五食をきっちり食べて、朝夕晩の筋トレをばっちりこなし、さらには屋敷の兵に混ざって訓練を受けたりと。自転車競技のための体づくりをしてきたの。

 そして何より、護身のために格闘術をマスターしているのよ!


「ふんっ!」


 ひったくり犯の腕を掴んだら、肘寄せで無理やり引き寄せる。バランスを崩したら首を掴んで持ち上げ、そして!


「せいやぁ!」


 力を込めてぶん投げる! 樽の山に直撃し、ボウリングのような小気味よい音を立ててひったくり犯が樽に埋もれていく。でもってそのまま失神、泡吹いて倒れちゃった。


「全く、情けない奴ね。女如きにやられるなんて、男の風上にも置けないわ」

「アンジェリン様は世界観のジャンルが違うレベルで漢になってますけどね」


 それは性差別よ。男だろうが女だろうが、人間心に一本の芯を持っていないとダメなの。

 この社会は弱肉強食、優柔不断で居る奴に生きる価値なんかない。女であっても強くなければ生きていられないのよ!


「おっと遅かったか。君達が解決してくれたんだね」

「あっ、ブラッド騎士団長♡」


 噂をすれば、私の愛する人が来てくれたわ。

 三人の部下を引き連れて、早馬に乗ってやってくる姿はまさしくナイトオブナイト。私の心に決めた、憧れの男の人よ。


「ありがとう、君達のお陰で助かったよ。しかし怪我はないかい? 女性に怪我でもさせては騎士の名折れだ」

「……この程度の変装でなんで気づいてないんだこのおっさん……」


 お黙りエヴァ、いい所なんだから。

 そ、実はブラッド騎士団長は天然なの。何度かお忍びで出会ってるのだけど、私達の変装に気付いていないのよね。


「ご心配なさらず……あ、手に怪我が……」

「な、何たることだ……! これを使いたまえ、すぐに止血を!」


 本当はひったくり犯の返り血なんだけど、有効利用させてもらうわ。

 差し出されたハンカチを受け取り、しっかり手に巻き付ける。ああっ、ブラッド騎士団長の温もりを感じる……この私は世界で一番の幸せ者よ……ぶぱっ♡


「鼻血まで出て、なんたる重傷だ……君! 私の馬に乗りたまえ、すぐ病院に連れていこう!」

「は、はい喜んで!」

「はーいアンジュ様ーお届け物があるでしょうから早く行きましょうねー」


 あっ、やめてエヴァ、折角ブラッド騎士団長と逢瀬出来るチャンスなのに!


「頭の中にパンジーでも生やしてるんですか。ひったくられた人に盗品返しに行かないとだめでしょう」

「あ、確かに……ってなんでパンジー? ……一応聞くけど遠回しに私の頭がチンパンジーって馬鹿にしてない」

「そんなまさか。チンパンジーに失礼すぎるでしょう」


 よしあんた後で殴ろう。


「君達! 本当に、本当に怪我は大丈夫か!? 鼻血は問題ないのか!?」

「あ、平気です。発作みたいな物なので。……あんたの方が病院行った方がいいんじゃね?」

「ちょっと、何失礼な事言ってるのよ」

「お言葉ですが、馬と鹿の区別もつかない程目が悪いとか視神経の異常を疑うレベルですよ」

「だから遠回しに馬鹿っつーのやめなさい」


 本当に容赦なく毒で人を撃ち抜くガンマンね貴方。


「それならいいのだが……しかし君! アンジュと言ったか。もし興味があるなら騎士団の戸を叩きたまえ。君程の逸材、いつでも歓迎しよう!」

「だったら今すぐ!」

「今すぐ寄る所あるんだからいい加減来なさい。怒りますよ?」


 エヴァが怒りますよと言った時は、大抵本気で怒る前触れ……ここは大人しく従っておきましょう。

 ブラッド騎士団長のハンカチ……これは墓まで持っていく家宝にしなくては!


  ◇◇◇


 ともあれ、急いで盗品を届けなくっちゃ。

 クロスバイクを飛ばして被害者の所へ行くと、おろおろしながらも待っていてくれた。ちゃんと私との約束を守るなんて、いい子ね貴方。


「あっ、先ほどの……!」

「お待たせ。貴方が落とした物は、こちらかしら?」


 きっと心配していただろうし、少し安心する言葉かけをしてあげないとね。


「あ、ありがとうございます! って、血が……!」

「返り血よ、貴方が気に病む事じゃないわ。貴方の方こそ怪我はない? どこか痛い所は?」

「あっ、いえその、大丈夫、です……」

「よかった。折角綺麗な体をしているのに、傷なんかついたら台無しになっていたもの」

「ふ、ふえっ!? 綺麗な体って……」


「あら? 言葉通りの意味だけど。だって貴方、凄くきれいな肌しているじゃない。帽子でよく見えなかったけど……顔も小顔で可愛らしいし、髪の毛もさらさらだし。もし私が男だったら迷わず嫁にするわよ、麗しい天使様。いっそ私の嫁になっちゃう? ん?」


「あの、その……きゅうぅ……」


 あら、すっかり黙っちゃって。大事な物が戻ってきて嬉しいのね、よかったわ。


「アンジュ様、それ決して演じていませんよね」

「? 当然じゃない。私は常に全身全霊、本音しか言わないわ」

「本音っ!?」

「……全部ナチュラルに言える辺りが色々怖すぎるわうちの主……」


 私何かまずい事言ったかしら。変なエヴァ。


「それじゃ、私達は行くわね。今度は気をつけて歩くのよ」

「は、はい! あの、お名前を!」

「アンジェリン。貴方は?」

「は、はい! レミリア、レミリア・ツヴァイです!」


 ……あら? レミリア・ツヴァイ?


「……レミリア?」

「は、はい! 私はレミリアです!」


 それってこの世界の主人公の名前よね。

 なんかヤバい事をしてしまった気がする。私は冷汗をかきながら、屋敷へ戻ったのでした。

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